グスタフの選んだ趣味
祝賀会の翌日、まだどこかふわふわした気持ちで起床し、ふわふわした気分でメイドのナタリーに髪を梳いてもらいます。
櫛が少し頭皮を撫でる感じの丁寧な梳き方で、気持ちいいです。
朝食中もふわふわ、そのまま昼食中もふわふわ。
お部屋に戻って、再びナタリーに髪を梳いてもらいます。
この後サロンに行って……。
……?
よーく耳を澄ませると、音楽が聞こえてきます。
高い音で、特徴的な雰囲気の綺麗な音。
何なのでしょうか。
今日の私は、ふわふわしてます。
ふわふわな気分で、ふわふわな音楽を聴いたら……ふわふわと動く浮き雲のように、吸い寄せられるように音の鳴る方へ足を運んでいました。
一旦サロンに向かうのが遅れそうなので、ナタリーに伝えてもらいます。
その途中で、訓練場で兵士の方々とすれ違いました。
休憩中だったようで、元気よく挨拶いただきましたので、手を振ってお返事いたしました。
その間も、私はふわふわと聞こえてくる音色に吸い寄せられています。
やがて私は、一つの部屋の前で止まりました。
「この部屋の中からです」
三階にある、一階サロンとはまた別の休憩用の広間です。
以前入ったことがありますが、幾つかの椅子とテーブルと、あと小さなケース以外はがらんとしていて何もない部屋でした。
誰か個人の部屋というわけではなく、まだ何の用途もないような空き部屋だったと記憶しています。
音楽を聴きます。
高い……といっても、この音は巷で聞く笛系の楽器の中でも、やや低い方の楽器のようです。
長い音がゆっくりメロディーを奏でており、聞いた限りミストーンもありません。
音は本当に綺麗で、音色一つでも演奏し慣れているのが分かります。
拙い演奏というのは、素人でも案外分かるものですから。
このお城では、専属の楽団があって練習生もいらっしゃるのでしょうか?
あれだけ立派な美術館があるのですから、国が楽団を持っていても不思議ではありません。
そんなことを思いながら、ふわふわと私はドアを開けました。
立て付けが良いのか、比較的分厚い扉は全く音を立てることなく開きます。
隙間が出来た瞬間——音楽が一気に耳へと流れ込んできました。
防音性能が高い扉だったようです。
ある程度、予測を立てていました。
立てていたからこそ……中にいた人物に、驚いてしまいました。
演奏者がくるりと振り向いた途端、音が途切れます。
「うお!? 珍しいお客さンが来たな……」
部屋の中にいたのは、グスタフ様でした。
訓練用の少しくたびれた服を着て、手袋を椅子の上に置いておりました。
窓は全て閉めておりました。それで音が殆ど漏れていなかったのですね。
「聞こえちまったか?」
「私のお部屋がすぐ下ですし、耳がかなり聞こえる方なので」
「ぬおッ、しまったな……ドアと窓はしっかりチェックしたが、そっちは完全に死角だったぜ」
頭を掻くグスタフ様、その手元にある楽器を見て、ひとつの名前を思い当たりました。
「ホイッスルですか?」
「お、分かるのか」
「街中で演奏している方を見かけました。少し大型ですね」
「ローホイッスルだ」
グスタフ様が、小さな穴に指を当てる様を見せます。
演奏する姿勢がしっかりしており、慣れていらっしゃることが分かります。
ふと、入って来た時の反応を見て思います。
「もしかして、知っては拙かったでしょうか」
「いや、別にそういうわけじゃない。ないンだが……正直、どう思う?」
グスタフ様は、自分の体を見せるように両手を広げます。
こうして見ると、本当に大きな体ですね。
「どうと言われましても、演奏しているグスタフ様です、としか」
「そうか。変だったりしないか? 似合っていないとか、思うんじゃないか?」
そこまで言われて、ようやく私にも分かりました。
グスタフ様は、恐らく自分で似合っていないと思っていらっしゃるのでしょう。
見た目は逞しい好青年で、兵士を束ねる身。
口調はやや粗野で、一見文化的な側面は想像出来ません。
ただ、それはそれです。
「似合っているかと言われたら意外ですが、むしろ意外だからこその良さが感じられると思います。少なくとも似合ってないということはないですね」
「……そ、そうか?」
「はい。演奏を聴けば、どれだけ演奏し慣れているかが分かります。兵士の指導をしながらこの腕は、相当な練習量をお積みになったはずです」
グスタフ様の練習量は、単純な技術だけではないように思います。
それだけの時間を続けられるのは、きっと何より楽器が好きだからでしょう。
「それに」
私は、昨日沢山喋った方の姿を思い浮かべながら指摘します。
「不法侵入者の私に対して、自分の作ったクッキーをプレゼントする不思議な王子様がいるんです。それに比べたら、兵士長をしている器楽奏者というのは、かなり常識的な範囲では……?」
いつも通り、表情は変わらず。
いつも以上に、ふわふわとした気持ちで喋ります。
素直な感想でした。
グスタフ様は、ぽかんとした後……少しずつ肩を揺らしました。
やがてそれは、大きな笑い声へと変化していきます。
「ハハ、ハハハ……! そうか、そういやそうだな! 不法侵入者にクッキー、確かにそんな不思議なヤツがトップにいたわ!」
そう仰ると、今度は胸を張って、目の前で演奏し始めました。
扉は開いたままですが……でも、堂々としてらっしゃいます。
演奏の質はそのままに……どこか音程が高い気がするのは、気のせいでしょうか?
演奏を終えたグスタフ様に、拍手を送ります。
「思ったのですが」
「おう」
「むしろ、グスタフ様みたいに体が大きい方が、息を使う楽器や叩く楽器など、演奏の力強さの幅も良くなる気がします。筋肉質な方が向いているかもしれません」
演奏を見ていて思ったのですが、強弱における強の部分が、体格が大きいほど向いている気がしたのです。
その指摘に、グスタフ様は再び笑い出しました。
「くく、それじゃあ楽団がみんなマッチョになってしまうぜ」
「演奏が素晴らしければ、それが標準になるかもしれません。女性もみんなムキムキマッチョ楽団、どうでしょうか」
「ハハハハハ!」
大真面目にお答えしたのですが、笑い声で返事されてしまいました。
いいアイデアだと思ったのですが、何か変だったかなと首を傾げます。
ですが、グスタフ様が楽しそうで良かったです。
今日のクッキーのお供に、いい話題が増えました。
そろそろサロンに向かいましょう。




