ウィートランド王国5
ウィートランド王国の、城下町にある巨大なコロッセオ。
そこでは、毎年恒例のイベントを今か今かと待ちわびる、多数の王侯貴族が入ってきていた。
周りの観客席は一般人にも開放されている——というのはもちろん建前で、かなりの高額で売られているため、主に有力な商人以外は入って来ない。
剣術大会、その日がやってきたのである。
「俺は第一回戦の最後になる。ティタニアは、今日は頼むぞ」
「ええ……」
自信満々で、自分への不備など何もないと思っているラインハルト。
一方、ティタニアの顔色は優れなかった。
ティタニアが気にしていたのは、庭園でのことだった。
(最近、魔力の溜まりが遅くなっている。どうしてなのかしら……手入れはされていると思うし、私自身も気が付けば雑草を抜いたり水をあげたりしてるのだけど)
ティタニアは、花の聖女。力強い花を育てるために、細かなガーデニングの知識は全て備えてある。
そうして花の世話をするのが、彼女の本来の趣味であった。
アンバーが『蜜の聖女』の特性に見合った性格であるように、ティタニアも『花の聖女』らしい性格であった。
仕事疲れも抜けきらないまま、第一回戦の戦いを待機場所から眺めに向かおうとする。
ところが、ラインハルトは必死になって引き留めようとした。
「い、いや、上まで行く必要はない。下からでも十分に確認出来る」
「しかし、試合は国王陛下と見るのが通例では」
「いいから!」
妙に強く言われたことに、疑問を持ちながらも言う通りに待合室から試合場を見る。
正方形のリング上に、剣を持った騎士が並んだ。
どちらも地方領地の騎士団長らしい。
「赤! フェリングトン伯騎士団長、オーリン!」
強そうな騎士が腕を上げた。壮年の黒髭の男を見て、あれが伯爵領の騎士かとしっかり眺める。
さらに向こうの方で……他の聖女の姿が見えた。
(あれは『風の聖女』様ですね)
風の聖女は、かなり特殊な存在だ。
文字通り風が吹けば力が出るという、考え方によっては物凄く魔力の発生ハードルが低い特性を持っている。
ただ、その魔力発生までの下限値が、かなり高い。
(基本的に、馬の上に乗って風を感じるぐらいでないと、風の魔力にならないのです。反面、寒い冬は厳しいと判断されたとか。故に、伯爵領に落ち着いたのですね)
もう片方は、子爵領の騎士であった。
こちらは更に輪をかけて壮年の年上であり、聖女ではなく普通の神官の子が強化魔法を使っていた。
「双方、剣を陛下に掲げ……始め!」
両者が剣を真っ直ぐ陛下に向け、互いが互いの剣を打ち付け合い、試合が始まった。
花の聖女ティタニアはこれが初めての剣術大会の観戦ではない。
だが、以前はまだ薄ぼんやりと眺めているだけだった。精々ラインハルトの戦いを、恋する乙女の色眼鏡で見ていただけ。
今、改めて二人の戦いを見る。
(強い……! 剣を専門としていなくとも、二人とも強いことがすぐに分かる。その上で……)
両者、両手で剣を握っている。
その姿勢で二人同時に剣を振り抜くと、子爵家の騎士が剣を取り落とした。
最後の決着は単純な力負けであり、それ以上に——魔道士の差であった。
聖女は、王国にとって貴重な存在。
女神からその力を授かったと協会が知った時点で、どこの貴族に配属されるかが最初に決定される。
子爵以下の領主には、余程余ってない限りは聖女が回ってくることはないだろう。少なくとも、ティタニアは一例も聞いたことはない。
(下剋上など夢のまた夢の大会ですね)
ティタニアは自分の男爵領にいた筋骨隆々とした逞しい騎士団長と、若干筋肉量が劣りつつも貫禄のある伯爵領の騎士団長を比べ、溜息を吐いた。
(それにしても)
二人の攻防を見て、ティタニアは思う。
あの剣技の鋭さ、立ち回りの上手さ。
何より、鍛えた肉体に聖女の魔力が乗った、シンプルな強さ。
——ラインハルト王子は、本当に去年この人達に勝ったのかしら?
最終試合、ラインハルトの出番が来た。
結局ラインハルトは、一度も国王陛下のところへと行かなかった。
(明らかに避けている。というか、私も忙しかったのもあるけど、一度も挨拶に行っていない)
ティタニアは疑問に思いつつも、今ではないな、と思って考えるのをやめた。
「ラインハルト様。それでは」
「うむ」
「《ストレングス・セブン》!」
ティタニアは、必死になって魔法を使った。
魔力は枯渇気味であったため、使った直後に椅子へと倒れ込んでしまった。
強化魔法を受けたラインハルトは、剣を持って数度振った。
「……これで、成功したのか?」
「はぁ……はぁ……。はい、少なくとも向かいの侯爵家の『火の聖女』よりは、以前は上でした」
「そうか」
ラインハルトは剣を片手に、出る寸前に首を傾げてから出た。
その姿を見て、ティタニアは若干イラッとしていた。
(気に掛けるぐらいしていただいても……いや、そういう人とちゃうって、もうえーかげん夢から目ぇ覚まさないとあかんな〜……)
ティタニアはそう思いながら、ふらふらと立ち上がって試合場を見た。
相手の巨体の向こう、どうしても視線を向けてしまう。
控え室の中に、松明が燃えている明かりが目に入るからだ。
侯爵家の『火の聖女』は、ティタニアも知っている。
火という自然界に存在しないものを魔力蓄積の特性としている人。
かなり特殊な例であり、維持がそれなりに大変である。
反面、火が近くにあれば他の聖女よりも魔力の蓄積が早い。
「双方、剣を陛下に掲げ……始め!」
それまでの試合と同じように、掲げた剣を下ろした二人が互いの剣を合わせ、試合が始まった。
初手は、ラインハルト王子の力任せ逆袈裟フルスイング。対する侯爵家騎士団長は、両手持ちで体重を乗せた上からの打ち落とし。
双方の剣がぶつかり合い————、
「いッッッたァァァァァああああああ!!」
————王子が一瞬で剣を取り落とした。
(……は?)
その様子と、あまりに力の差がありすぎる戦いに、ティタニアは一瞬何が起こったか分からなかった。
自分でやっておいて唖然としていた侯爵騎士団長も、戸惑い気味に王子の首筋に剣を突き付ける。
王子は呆然としており、まいったの一言も言えないままへたり込んだ。
優勝候補と目されていた、今日の見所であったはずの最終戦は、わずか二秒で幕を下ろした。
会場は、この日一番の大ブーイングであった。




