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王国からの船出と、最後の蜂蜜

 翌日、引き継ぎも何も間に合わない状態で、私は王国南端に連れられました。

 目の前には、辺境伯領にある『魔石ボート発着所』があります。

 王子にとっては、下手なことを喋る前にさっさと私にいなくなって欲しいのでしょう。


 周りを見ると、囃し立てるように私のことを言う人達が集まってきていました。


「……あれが、『蜜の聖女』様?」


「がめつい無能の聖女って聞いたけど」


 ……無能、ですか。


 散々魔力の基となる蜜を制限された結果が。

 それでも、無理をして国のために尽くした結果が、これとは。


「でもよ、言った通りだったな」


「ああ。聖女アンバーは『無糖の聖女』だって」


「金髪で琥珀の目、ただし全く表情が動かねえ。やっぱ『蜜の聖女』って感じじゃないよな。全く甘そうな感じがしないっつーか」


 すっかりその言葉も定着したのですね。

 広めたのは王子かもしれません。




 それにしても……甘くない聖女、ですか。

 私だって、思ったのです。


 ――『蜜の聖女』って何なんですか?


 あまりにも、その属性が自然界のものとはかけ離れています。

 魔力の補充のため、私は蜂蜜を要求する必要があるのです。

 どうにも聖女としては少しがめつい感じがしますし、要望が幼いような気もします。


 ……きっと、私がもっと可愛げのある女でしたら、ラインハルト王子もそう思わなかったのでしょうね。

 笑わない、愛想を振りまかない、自分に好意を見せない女が称賛を浴びる。

 それは王子にとって、耐え難い苦痛だったのだと思います。


 王国で初めて現れた『蜜の聖女』というもの。

 一体なぜ、こんな天恵が似合わぬ自分に降りたのでしょうか。




「準備は出来たな」


「ラインハルト王子、見送りですか」


 王子は、腕を組んで私の正面に立って。


「お前が島に向かったと確認しなければならん。だが、これで最後だ。話ぐらいは聞いてやろう」


 珍しいですね。

 それとも、多少は罪悪感が……いえ、あるはずないですね。これだけ堂々としていると。


「では、そうですね……。私の聖女としての給金は、どうなるのですか」


「実家のソノックス家に全て送ってある。尤も、弟に全額使って全く残っていないらしいがな!」


 そうですか、あの人達らしい。

 私の働いたお金は、全くないらしい。そんな家族は、見送りにも来ていません。

 もう本当に血の繋がった家族なのかと疑問にすら思います。


 それにしても全部とは。

 私が去った後に生活水準を急激に下げ……考えないようにしましょう。

 弟ももういい歳なので、さすがに我慢も覚えていると思いますし。


 財産、家族、それぞれナシ。

 ならば……残したものはないですね。


「では最後に。蜂蜜の瓶を下さい」


「……ふん、最後までそれか」


 王子はつまらなさそうに言うと、鞄から蜂蜜の瓶を取り出して投げて寄越した。

 小さな小瓶。その残りは、半分以下まで減っています。


「これでようやく、お前ともお別れだ。『花の聖女』ティタニアは凄いぞ、自らの強化魔法を『七』と言っていたからな。しかも、近くに花さえあればいいという」


 七、ですか……ティタニア様と私には、それほどの差があるのですね。

 私は、蜂蜜を全ていただいても三倍に届くかどうかでした。


「ようやく俺に相応しい、可憐な花のような美しい聖女が王妃となるのだ。よく笑い、よく話す。お前とは全く違う」


「そこに関しては、全く異論はありません」


 結局のところ、王子にとって一番重要なのはそこなのです。

 ティタニア様がラインハルト王子をどれぐらい立てるかは分かりませんが、少なくとも会話で笑わないということはないでしょう。


「さらばだ、『蜜の聖女』アンバー・ソノックス。二度と会うことはないだろう」


「そう願います」


 私達の十数年は、たったそれだけの会話で終わりました。

 船の機関部が動き、私を乗せた大型ボートが、行き先をロックされた状態で発進しました。


「ククク……これで終わりだな」


 最後に小さく呟いた声も、よく聞こえておりますよ。


 




 多少大きめ程度の小舟が留まっています。

 柵木を使った推進力で、正確な方向へと向かうためのものですね。

 これで確実に、私を『魔王島』へ送るのでしょう。


「魔王島、ですか」


 数十年に一度、王国では南からの災厄が襲ってきます。

 その為、王国では南端に辺境伯を置き、戦いに備えているのです。

 完全に処刑宣告ですよね、これ。


 ——でも、今はそんなことより。


「久々、ですね」


 私は手元にある、蜂蜜の瓶を開けます。

 中にはたっぷりの、蜂蜜が入っておりました。


 私の瞳と同じ、透き通る琥珀色の液体。

 下の方には、僅かに結晶が見えます。

 純度は高いようですね。


 それでは、一口。


「……。……!」


 口の中に、甘さが広がります。

 頭にも蜜の甘さが巡り、今までモヤがかかっていたような視界が急にクリアになるような感覚。

 今日、久々にこの目が覚めるような感覚を覚えました。


 二度目の強化魔法の時のことです。

 王子は私に、とても多い量の蜂蜜を食べさせました。

 王子は当然のことながら強化魔法用に量を増やしたのですが、問題は私がその魔力を次の遠征まで持ち越したことです。

 言うまでもなく、三回目の強化魔法からは、再びギリギリの量になったのでした。


「本当に、制限されてばかりの人生でしたね」


 食事に甘い物があれば、王子がシェフに次から止めさせました。

 発酵したパンは、いつの間にかライ麦パンに、そしてオートミールに。

 最後は、肉と野菜以外全くメニューに並ばなくなりました。


 考えながら、私は蜂蜜を全て食べ切ります。

 どのみち節約しても食べ切っても、私の魔力の限界値を超えることはないでしょう。

 ……いえ、そもそも限界まで魔力を溜めたことが一度もないのですが。


「あら……?」


 空になった瓶をボートに置き、進路の先を見ます。

 薄らと水平線の先に、目的地が現れ始めました。


「あれが、魔王島ですか」


 住めば都、とは到底思えない、私が次に住む場所です。

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― 新着の感想 ―
きっと花の聖女の強化魔法は七『割』なんでしょうね。
>どのみち節約しても食べ切っても、私の魔力の限界値を超えることはないでしょう。 >……いえ、そもそも限界まで魔力を溜めたことが一度もないのですが。 瓶にたっぷりの蜂蜜でも限界に行かない? 限界値どんだ…
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