優勝後の祝賀会、勝利の条件
「それでは、優勝者を祝して……乾杯!」
私の隣では、ラナ様がとても嬉しそうに声を上げていました。
何か声をかける間もなく、手元の赤ワインを一気に飲み干し、次の一杯を自分で注ぎに行ってしまいました。
そのテーブルには、色とりどりの料理が並んでいました。
食事に参加しているのは城で働いている方だけでなく、剣技試合の予選を勝ち上がった参加者と、更にその家族もいます。
そんなスロープネイト王国の剣技大会トーナメント祝賀会は、随分と賑やかな様子で始まりました。
無礼講の立食パーティーも、一〜二ヶ月ぶりでしょうか。
私の近くに控えている、担当のメイドの子が声をかけます。
「アンバー様、何か料理をお持ちしましょうか?」
「あなたはこの国、この城の料理に慣れていますよね。自分が食べるとしたらこれ、というものを二人分選んで、持ってきて下さい。そうですね……隣の席に座るのは、命令、としておきましょう」
「……! そういうことでしたら是非!」
普段から一緒にいるけどなかなか会話しないメイドの子に、料理を選んでもらうことにしました。
折角なのでこの機会にと誘ってみたら、随分と嬉しそうな様子でしたが……。
「こちらです! まずこのチーズとトマトのカプレーゼは前菜の中でも本当に大好きで」
解説を聞きながら、一緒に食べます。
なるほど……これは美味しいです。オリーブオイルの若干の辛さと味の濃さが、また良い感じに合いますね。
その次に持ってきた魚のムニエルも、仔牛のシチューも、どれもとても美味しいものでした。
思ったよりもガッツリ食べる子だったようで、普段お世話になっていこの子のことを私はどれだけ知っているのだろう、と思ってしまいました。
彼女自身もそれなりに良い家の出身とのことで、幼い頃から王城で働くことは憧れていたみたいです。だから、こういった王城の方で働けるのは大変名誉なことだとか。
ラナ様のメイドだった複数人のうちの一人で、私がこの国に来た時に転属となりました。
普段髪を梳いていただき、いつも紅茶を注いで下さるこの方も、いろんな経緯があるのですね。
「王女ラナ様より私の方に転属になって、何か不満はないでしょうか」
「最初は何かやらかしたかなって思ったのですが、初日から『とても重要で、あなたにしか頼めない』って念を押されましたから」
「納得したのですか?」
「したというより、するようになったという方が近いです」
いろいろお話をしているところで、セシル様がようやく会場に入ってきました。
「おや、一緒に食事をしているのかい」
「セシル様!」
メイドの子が慌てて立ち上がろうとするのを、私は手で止めます。
「いいのよ、折角ですしまだ座っていて」
その様子を見たセシル様が、興味深そうに私のことを見ていた。
「もしかして、ナタリーと話を?」
「こういう機会でないと、相席してくれませんから。お話しを聞いてみたいなと思ったのです」
「へえ……」
セシル様は、私とメイドの子改めナタリーを交互に見て、何やら嬉しそうに微笑みました。
何故かナタリーも嬉しそうにしていましたが、何かいいことでもあったのでしょうか?
「どんな話をしていたの?」
「私がアンバー様に配属されて良かったなって思った話を」
……そんな話だったかしら? まあ、受け入れてくださっているようですし、私としても嬉しく思うので訂正はいたしません。
しかし、ラナ様から私に転属になったことを喜んでいただけているなら、私としても嬉しいことです。
「ところで、セシル様はこの時間まで一体何を?」
「何って、あれだよ」
セシル様はそう言うと、会場の裏口付近を指した。
そちらを見ると、準備室のドア——が、ちょうど開きました。
中から現れたのは、なんと……いくつものホールケーキです。
「まさか」
「うん、作ってた」
なんと、このトーナメント優勝者にして第一王子であるセシル様は、自分の祝賀会のために自分で準備作業をしていらっしゃいました。
「頑張りすぎではないですか? お疲れでしょう」
「ま、確かに頑張りすぎなんだけどね。でも、今回の勝利のことを思うと、これは必ず必要だと思ったから」
必要というのは、どういうことでしょうか。
セシル様は、ナタリーに「全種お皿に盛ってきて」と伝え、ナタリーが頷いて立ち上がります。
その様子を見ながら、セシル様は仰いました。
「今日の勝利は、誰の勝利だと思う?」
「セシル様では」
「単純に考えたらそうなんだ。でも、アンバーの力なしじゃ絶対に勝てていない。じゃあアンバーの魔法があれば無条件で勝てたのか」
「それは絶対に違います」
私も、セシル様の言いたいことが分かりました。
ナタリーが、ケーキを持って私の席に来ました。
意外なことに、このケーキは固そうです。
期待と好奇心を胸に、口へと入れます。
——甘い。
だけど、ただそれだけじゃない美味しさがある。
セシル様の作るものは、どれも素晴らしいものでした。
白くて固いケーキは、口に入れると意外と食べやすい柔らかさになり……中には蜂蜜の味が少し見え隠れします。
食感が、少し不思議ですね。ただのクッキーでも蜂蜜でもありません。
「巣蜜を中に仕込んでいるんだ。かなり蜜の味が強いと思う」
「これは……想像以上に甘さが強くて美味しい。それに……体に力が漲るようです」
目を閉じ、体中の魔力を感じます。
食べれば食べるほど、体に馴染む。
そう。
セシル様にとって、これが一番重要だったのですね。
「無駄な趣味かと思われていたお菓子作りが、僕を試合の勝利に導いた。だから、僕と君と、このクッキーは切っても切り離せない」
私はそのクッキーケーキを、また一口食べます。
ああ……そうですね。
間違いありません。
私だけでは、きっと無理でした。
セシル様の剣技だけでも無理でした。
この勝利は『セシルのクッキーを食べた蜜の聖女アンバー』という組み合わせで、掴み取ったものなのですね。




