セシルとアンバーの剣技試合
スロープネイト王国・剣技試合トーナメント!
それは国中の腕自慢が集まり、剣技の腕を競い合って一番を目指す、王国最大の大人気スポーツイベント!
上位入賞者には豪華賞金と、実践でも使える盾付き!
「――文字通りの意味で、間違いなさそうですね」
表も裏もなく、書いてあることがそのまま実行されるのだと分かります。
いえ、それが普通なのでしょうね。
私は会場のチラシを視界に収め、セシル様の方を向きます。
「アンバーってもっと控えめな感じかと思ったんだけど、時々押しが強いところがあるよね」
「お嫌ですか?」
「むしろ、もし自分を抑圧して感情を出さないのなら何とかしようと思ってたぐらいだから嬉しいよ」
「まあ」
嬉しいことを言って下さいます。
普段より幾分か無骨な控え室ながら、心が躍ってしまいますね。
現在私達は、剣技試合の控え室にいます。
予選を勝ち抜いたセシル様が、今日は王子ではなく選手の一人として出場なさるからです。
発表してからというもの、観客席には興味津々といった様子でいろんな方が集まりました。
ちなみにラナ様は、前回優勝者として今回のトーナメントを勝ち抜いた人と戦うようです。
「それじゃ、お願いしてもいい?」
「はい、お任せ下さい」
私は集中して、強化魔法を使います。
項目名……ではなく詠唱魔法のストレングスですね。
細かい条項があって、数字を重ねれば重ねるだけいいと書かれていたのですが、刻み方が細かいなと思って省略しておりました。
私はセシル様への強化魔法が成功したので、一歩引いて聞いてみます。
「如何でしょうか?」
セシル様は自分の手を見て、武器を持って……軽く振ります。
あくまで試合なので木の剣なのですが、それなりに硬さも重さもあります。
その剣からすさまじい風圧が出て、控え室にあった遠くの観葉植物を揺らしました。
「……これは、凄まじい……。アンバー、今までこれを向こうの大陸の王子に使っていたのか?」
「はい、討伐隊に入っていた頃は必ず」
「これは……向こうは大変なことになっていそうだ。同情はしないけどね」
セシル様が苦笑しながら、片手を上げます。
「勝利を約束するよ」
「はい。出来ればラナ様まで倒してくださいませ」
「無茶言うなあ!」
最後に明るく大笑いすると、セシル様は試合会場の方へと進んで行きました。
セシル様の剣技は、それはもう対戦相手に同情してしまうほど圧倒的なものでした。
単純に力が強いだけでなく、動きが洗練されています。
あれは、ラインハルト王子とは全く違い、私の強化魔法だけでは説明が付かない強さです。
一朝一夕で身につけたものではないのでしょう。
さすがに私も、この剣技を見れば、あの頃のラインハルト王子がどれほど拙い技術だったかが分かります。
あの方のは剣術ではなく、まるで剣を持ったばかりの巨人が力一杯振り下ろすような強さでした。
それは武技や学術といったものから最も遠いものでしょう。
まあ、今は花の聖女がいらっしゃいますし、大丈夫でしょうね。
トーナメントではどうしても時間がかかるので、次の試合までのインターバル中はセシル様と街へ出ました。
そこで、国の中でも有名なスイーツ店に入ったのです。
「街の人に聞いたら、ここが好きと言っている人が多くてね。僕としても楽しみだよ」
「そうなのですね」
私は事前にお伝えしたとおり、一通りのケーキをいただきます。
周りの女性の方々がちらちら見てきますが、気にしません。
糖分摂取は、次の試合のために大切ですからね。
まずは、目の前のケーキを一口。
これは……なるほど、とても美味しいですね。滑らかなチーズケーキの甘さと、それだけじゃない美味しさが口の中に広がります。
次は、黒いケーキ。チョコレートはセシル様にもいただきましたが、やはりとても美味しい。また舌触りが滑らかで、舌の上で粘度の高いチョコレートが主張します。
フルーツのタルト。シュークリーム。他にはバニラ、ミント、メロン、クランベリーなどのアイス……。
「少しお腹が冷えてしまいますね」
「そうだね、なかなか温かいお菓子ってないし」
追加の紅茶をいただき、全てを食べ終えました。
体の中に、もちろん魔力が……。
……。巡ってはいるのですが。
「それじゃ、そろそろ」
「はい」
セシル様の言葉にはっとし、試合会場の方へ向かうこととしました。
先程は何かと思っていたのですが……結果的に、この影響は無視できないものでした。
確かに強化魔法を使いました。相手も強化魔法を使っていたので、私の魔法の出来がかなり左右されると思います。
試合は、圧勝ではありました。
ただ、何度も受け止められたり、自分の剣を制御しきれなかったり……明らかに一戦目よりも精細を欠いていたように思います。
原因があるとしたら、セシル様ではなく私にあると考える方が自然です。
試合後、勝利の右手を突き上げたセシル様へと声をかけます。
「セシル様。すみません、強化魔法が……」
「気にしないで、元々他の人よりも圧倒的に強い強化魔法だ。……でもそう言うこということは、アンバー自身が自分の魔法があまり上手くいっていない感覚があった?」
「そうですね……」
自分の強化魔法をセシル様の背中を押すことで、自分の力の証明をしようと思ったのですが、上手くいかなかった場合のことを想像していませんでした。
自分の不調が原因でセシル様が負けてしまうことがあれば、過去の克服など無理でしょう。
……浅ましい欲を持ってしまったから、でしょうか。
「とにかく、第三試合も出るよ。大丈夫、上手くいくって。気負わないで」
「はい、ありがとうございます」
セシル様に気を遣っていただき、第二試合よりはすぐに訪れる第三試合に臨む事となりました。
心配をしている中、セシル様は……なんと、一戦目と同じぐらいの圧勝をしました。
その後調子を崩すことなく、最終試合まで行きます。
最後は相手の剣士の攻撃を全て目視で避けてしまい、その手から木剣を撃ち落とすように、派手さはないものの非常に軽やかに勝利してみせました。
第二試合のあれは何だったのでしょうか、というぐらいの圧勝です。
「決勝を制したのは、セシル様とアンバー様です!」
そうしてセシル様は、最後まで全く危なげなく勝ち進みました。
ん? 何故私の名前も連名なのでしょうか?
ウィートランド王国では……もしかして、普通は名前を一緒に並べるのが普通なのでは?
そうかもしれません。
歓声が沸き上がる中、観覧席にいらっしゃった国王陛下の隣にいたラナ様と目が合いました。
ラナ様は、嬉しそうにウィンクをして親指を立て、陛下の隣を離れます。
恐らく控え室に行ったのでしょう。
——ここからが、本番です。




