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ラナ1

 討伐を専門とした魔法兵団は、スロープネイト王国を守る要。

 それをとりまとめる私は、今日も瞑想後、一人で想像上の敵と模擬戦をする。

 こういう訓練は――ハッキリ言って役に立たない方がいい。


 小さな穴の開いたスティールターゲット。

 先程まで魔法を受けまくって表面は真っ赤になり、周囲は炎と煙で大変なことになっている。

 とはいえ、二つ目の穴はどう頑張っても開きそうにないなー、と思いながら私は魔法を止めた。


 事件なし、平和が一番。それがスロープネイト王国で最強と呼ばれる私、第一王女ラナの本心。


 そんな私の平和な日常に、すっごい事件が起こった。

 これがもうびっくりもびっくりで、ちょっと退屈気味だった私はかなり楽しくなっちゃってます。


 え? 平和が一番?

 こういう面白い系の話題にはすぐに飛びつきますんで。


「アンバー!」


「ラナ様。おはようございます」


 この、メチャメチャ綺麗な女の子、アンバーがやってきたのだ。

 しかも幻の北の大地からやってきて、到着したのがあの魔物だらけの浜辺というのだから驚き。


 話を聞けば聞くほど、アンバーの中身は驚きの連続。

 伝説の聖女の一人『蜜の聖女』にして、ソノックス公爵家のご令嬢。

 魔法に至っては無詠唱なのに私より遥かに高性能。


「担当のメイドに髪をくよう頼んで良かったわ。アンバーは今日も可愛いわね」


「手配の件、ラナ様だったのですか。このように可愛げの無い女にも丁寧に接していただけて、本当に光栄な限りです」


 ただし、この異様な自己評価の低さはいただけない。

 セシルも気にしていたようで、どうやら『婚約者か家族の刷り込み』と苦々しい顔で言っていた。

 マジか、信じられん。その婚約者見たら、顔面グーで殴ってしまいそう。

 ちょっと手加減して生かした状態にする自信がないぐらい。

 まあ私が殴らなくてもセシルが殴るか。


 アンバーは、本ッ当に綺麗なのだ。金の長い髪、金の美しい瞳、完璧な顔立ち。欠点がない。

 表情のなさも、それで冷淡や辛辣なら可愛げがないかもしれないが、アンバーはむしろ素直なのである。

 これで無表情でも、小動物的な可愛らしさか、高級人形ドールのような魅力にしかならない。


「昨日は悪かったわね。お詫びにクッキー食べる?」


「むしろ全く悪くないというか、問題を解決していただいて感謝しています。それはそれとしてクッキーは欲しいです」


「素直!」


 私はクッキーをアンバーの口元に持って行く。

 意図を感じ取ってか、口でかぷりと咥えてから両手で大切そうに支えた。


 サクサクサクサク……。


 小動物的か人形的か、その可愛さは外目には後者でも、付き合うと前者になる。

 サクサクとクッキーを食べる姿、餌付けしてるみたいでめちゃめちゃ可愛い。

 こんな妹が欲しかったという妹そのものである。

 両親に妹をねだって困らせた、過去の無知だった黒歴史の自分さようなら。


「魔法の調子はどう?」


「そうですね。維持できてはいますが、強度はどれぐらいか分かりません。軽く耐久実験をしてみてもいいかもしれません」


「それ、何度も魔法を使う羽目になるけど消費魔力は大丈夫?」


「セシル様がお菓子をくれれば」


 これがまた面白い。

 アンバーの『蜜の聖女』という謎の能力は、甘い物全般によって魔力補充をするというもの。

 食べても食べても太らない上に、まだ限界が見えないぐらい魔力を大量に補充出来るらしい。

 羨ましすぎる……スイーツのデメリットを全てメリットにしてしまうとか、それだけで女性にとっては最強能力に等しい。


 あと……セシルのお菓子作りが、こんなに重要になるとは思わなかった。

 アンバーは間違いなく、最強の魔道士である。

 もしもこのレベルの魔道士をずっと城で雇えといわれたら、ハッキリ言って給料をどれだけ出していいか分からない。

 だって、夜までずっと防御魔法を張り続けるなんて、本来ならば数十人の熟練魔道士を、しかも昼と夜でシフト組んだ上で十二時間という重労働をさせないと維持できないのだ。

 単純計算で、一気に予算が消し飛ぶ。


 ところがアンバーは、要求するものがセシルのクッキーとかケーキとかアップルパイとか、甘い物だけなのだ。

 アンバーにそのことを聞いてみた。


『第一王子の手作りお菓子を独占するなんて、贅沢すぎて申し訳なく思ってしまいますね……』


(——違うっ! めっっっっちゃ安上がりっ! クッキーで国防予算が浮くなら、こんなに安い給料はないっ!)


 さすがにこれは悪いと、セシルだけでなく両親とも話した。

 二人とも積極的に乗ってくれたし、なかなかいい金額の——仕事内容から考えるとまだまだ安い——お金を渡すことに決まった。


 同じ魔道士としても、同じ貴族としても、同じ女としても。

 アンバーは、その生い立ちから能力に至るまで、尊敬できる人物だ。

 自分が彼女の立場だとして、耐えられるだろうかと思う。

 何より本人が、それを苦労として考慮していない。故に、この地でもあれだけの魔力を行使してなお『もうちょっと仕事ありませんか』と声をかけてくるのだ。

 未だにアンバーは、自分が仕事をしていない、ただ居候している人だと思い込んでいる。


 アンバーは、女神から力を授かったから聖女なのではない。

 根っから性格が聖女なのだ。


(——それにしても、昨日はいい情報を聞いた)


 アンバーの胸の痛み。

 私とセシルがいる時だけ現れるもの。


 自分が妹であるという情報を開示しただけで、アンバーから痛みが抜けた。

 そんなの、原因は何であるかなんて、誰でも分かってしまう。


 誰でも……いいえ、一人、分からない子がいる。

 それは、周りの者によって感情を完全に塞がれてしまい、何より自分の感情の機微に全く気付けなくなったアンバー自身。


(一方、セシルの方の確認もいるわね)


 自分の、少しなよっとしながらも誠実な兄の顔と、最近のアンバーへの接し方を思い出す。

 これは面白いことになりそう。


 平和が一番。だけど、停滞はダメ。

 このスロープネイト王国で、その停滞していた部分が動き出しそうな予感を私は感じた。

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