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初めての街、初めての美術館

 今日は、外に出てみることとなりました。

 私にとって『スロープネイト王国』は何もかも未知の国。

 お菓子だけでなくお食事もウィートランド王国とは違いましたし、というか驚くほど美味しい食事が沢山ありましたし。

 甘い物もセシル様がお作りにならないタイプのものが沢山ありました。

 本当に、様々なものの水準が高いのですね。


 それで思ったのです。

 ——食事の水準があのレベルなら、それ以外の文化も高いのでは?


 予想は大当たりでした。


「これは……綺麗ですね」


 好き嫌いの薄い私でも、街中にある宝飾品店に並んだ商品の美しさには、目を奪われます。

 繊細な技術で細かく作られた金細工は、果たしてどれ程の鍛練を積めばこの域に達することが出来るのか、感心するほかありません。

 特に書類整理で他の貴族の貴金属を調べたこともありましたが、やはりその素材の贅沢さと装飾の細かさ美しさは、乗算的に重なり合って価値を高めるのです。


 そんな芸術と贅沢の結晶のような金細工が、お店にいくつも。

 さすがに滅多に売れるような商品ではありませんが、このアクセサリーが平民の手が届く範囲に置いているという事実に驚きます。

 特に贈られた経験もないですが(思えば婚約指輪を一度も見たことがなかったですね)金の指輪はこんな私でも綺麗だなと感じます。


 他、服屋に関しては自分で選んだことがないため、私自身があまり見て回っていないので詳しくないのですが……意外と色とりどりながらも落ち着いた雰囲気です。

 機能性を重視しながらも、お洒落でありたい人達のものでしょう。

 帽子やマフラー、ストールに手袋。そろそろ寒くなる季節だからか、防寒用のものが人気ですね。


「こちら、見て行きますか?」


「あ、いえ」


 私は店員さんに、見ているだけであるとお話しする。

 というのも、あまりにも優雅にお城での生活を堪能しているものですから、私自身お金を持つ必要がないのです。

 ふらっと出てきてしまったので、今持ち合わせがありません。


 なお、セシル様はお部屋にいらっしゃいませんでした。

 どうやら私と同じように外を見ていらっしゃるようです。


 ふと、以前セシル様とお話しした時に話題に出た美術館の方へと足を運びます。

 行くとはいえ、近くで見るだけになるとは思いますけどね。


 ——そんな予想は、まさかの理由で裏切られました。


「えっ、入っていいのですか?」


「そうですよ? 珍しいことをお聞きになるご夫人ですね。美術館は初めてですか?」


「はい」


 話を聞くと……なんと、この美術館は完全無料で平民に開放されていたのです。

 信じられません。

 私は表情に感情が表れないながらも、とてもわくわくとした心持ちで美術館に入りました。


 中は……もう、凄かったです。


「これが、この国なのですね」


 まず正面に入って現れたのは、女神像です。

 石膏で出来たものらしいですが、正直実在した女性が石化魔法を受けたのかと思うぐらいには精巧でした。

 大陸から島をまたいでも、女神様のモチーフはウィートランド王国と同じようですね。


(女神様、良い国に送って下さりありがとうございます)


 その女神像に祈りを捧げると、『いいってことよ』と頭の中で声が聞こえた気がしました。

 ……いえ、私の想像の女神様、かなりフランクですね。

 すみません、訂正します。多分もう一人の私の声です。気さくに話すことに憧れている私です。

 そういうことにします。


 他の絵は、巨大な油絵で描かれたアートです。

 この、細い葉っぱがずらっと並ぶ絵は……何なのでしょうか?

 すごく惹かれてしまいます。


 太陽の女神の恵みを、豊穣の女神の愛を一身に受けたような、そんな場所。

 深い緑。ずっと見ていられます。


「およ、おねーさんこれ気に入ったのー?」


 ふと見ると、隣には少し奇抜なファッションをした男性がいました。


「自分ねー美術館慣れてるのよー。解説できるよー?」


 解説……ですか。

 確かに自分で何も考えずに見るのもいいですが、この絵にはある程度の指標を持っていた方がいいと感じます。


「では、お願いしてよろしいでしょうか」


「おっす。こいつはね、作者名不明の絵なんだ」


 解説をお願いしたら、いきなり解説がない絵が現れてしまいました。


「あ、でもこの絵が出来た経緯は分かるよ。これはねー、食糧難だった世代が、最期に遺した絵だーって言われてんのよー」


「食糧難……ですか」


「そ」


 今のこのスロープネイト王国からは、考えられない話です。


「つまり、この絵に描かれてるのは、お腹の膨れる食料なのですか」


「ちゃうよー」


 正解だろうと思って聞いたら、まさかの間違い。

 今の流れでは、食糧難を解決した絵としか思えないのですが。


 そんな私の考えは、次の解説を聞いて納得しました。


「これはね、通称『幻のサトウキビ畑』って呼ばれてる絵。お砂糖を取るために栽培してるんだ」


「砂糖」


「うん」


 お恥ずかしながら、さすがに内心笑ってしまいました。

 『蜜の聖女』である私、なんと美術館だろうと最も蜜に近い絵に惹かれておりました。

 まあ、確かに絵自体は綺麗なんですが……。


「この絵の人も成人した頃には飢え死にはいなくなってたけど、そこから人々は何を求めたか? うんうん、そだねー味だねー」


 確かに、飢え死にしなくなった後に食事に求めるのは、間違いなくおいしさです。


「裏面に書いてんのよ。『生きる為に食べるのではなく、食べることの為に生きられたら』って」


 食べることの為に生きる。

 それは何とも魅力的な提案ですね。

 今の私が、完全に一番楽しみにしている者が食べることになっているので。


「そういう、願いの絵なんだよ。この絵が完成した当時、こんなサトウキビ畑は存在しなかった。想像で描かれたんだ」


「そうなのですか?」


「うん、だから凄いんだよ、この願いの絵は。だって今、これの数倍の大きさの畑があるからね」


 そうか……当たり前ですが、セシル様があれだけ潤沢にお菓子を作れるのは、砂糖が量産されて節約しなくてもいいからに他なりません。

 それを支えているのが、この美しい砂糖の畑。

 この絵の作者は、いずれみんなが甘い物を食べられる日を夢見て、この絵を描いたんでしょうね……。


「いいお話でした、ありがとうございます」


「いえいえ〜! 美術の良さを知る人が一人でも増えれば、それに勝る喜びはございませんとも! 興味がありましたら是非、画材店へ」


 最後に、男性の目的も分かりました。

 絵を描く人を探して勧誘しているのですね。


 今度は向こうにいた小さな少年に声をかけ始めました。

 こういう人達が興味の芽を育てて、いずれ花開く芸術家を作っているのですね。


 ……本当に、素晴らしい国です。




 一通り流し見して美術館を出た頃には、さすがに外は暗くなり始めていました。

 ただでさえ広いですからね。さすが王城以上と呼ばれただけあります。


「あ、セシ、ル、さま……?」


 ふと街中を歩いていると、セシル様がいらっしゃいました。

 その隣には——ラナ様が腕を組んで商品を指差しています。

 金細工。私が見ていたもの。

 二人は本当によく似ていらっしゃって、自然な様子で私が先程いた宝飾品店を眺めております。


 ————ちくり。


 胸が、以前と同じように痛いです。

 この感覚は病気でしょうか。回復魔法を使っておきましょう。

 なかなか治らないので、根気よく治す必要がありますね。


「あれ、アンバーじゃん。アンバー! うわっ光った!」


 そう考えていると、ラナ様が私に気付いて声をおかけになりました。

 そうですね、私から見えているのに、私より感覚の鋭いラナ様に見つからないわけがなかったですね。


 私は聞こえないように溜息一つ吐くと、ラナ様とセシル様の方へと足を進めます。

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