『蜜の聖女』アンバー・ソノックスについて
私アンバー・ソノックスは、ソノックス公爵家の長女。
また、今代における『聖女』の一人でもありました。
ここウィートランド王国では、聖女なる存在が生まれます。
『聖女』とは、出産後に行われる洗礼の儀式において、神より力を授かった者のこと。
その聖女一人一人には圧倒的な力があり、その魔法は国を支えると言い伝えられています。
聖女には、それぞれ魔力を得る方法が異なります。
例を挙げると、『火の聖女』は火の近くにいれば魔力が上がり、十全に力を発揮できます。
彼女が嫁いだ伯爵家では、毎晩大きな松明が門の前に掲げられ、伯爵の屋敷も蝋燭の灯りが増えたといいます。
火を使った灯りの雰囲気は伯爵家にも好評なようで、『火の聖女』と次期伯爵も仲も良好とのこと。
もう一例、『水の聖女』は公爵家へと嫁ぎました。
そこは元々水の都であり、水路を使った移動手段なども豊富にある場所。
先代の『水の聖女』も同じ都へと嫁いだらしいのです。
私は、『蜜の聖女』として力を授かりました。
王国としては、『蜜の聖女』なるものは初めてだったようです。
聖女としての力を発揮するのは、その名が示す通り『蜂蜜を食べた時』に発揮されました。
それが私の魔力を溜める条件と、判明するのは早かったです。
――逆に言うと。
私アンバー・ソノックスは、甘い物を制限されるだけで、力が使えなくなるのです。
◇
思えば、それは最初からでした。
「アンバーは、ぜんぜん笑わないな。俺といるのが嬉しくないのか?」
八歳の頃に婚約が決まって、初めて顔を合わせた王子は私にそう聞きました。
子供の素直な疑問だったのだと思います。
「そういうわけではないのです……感情を出すのが、すごく苦手で……」
否定しようにも、取り繕う表情すら出来ません。
全く笑わない私は、第一印象も良くなかったのでしょう。
これに関しては、全面的に私が悪いと今も思っております。
「名前からもっと可愛いのかと思ったけど。なんか、嘘くさいなおまえ」
ただ、理解を示していただけないのは悲しいと思いました。
十歳の日、私は聖女としての力を振るう日が来ました。
王国軍の野営地で、野良の魔物に襲われた人達を治療する仕事です。
最初の地ながら、最も負傷者が多い戦場でした。
『蜜の聖女』という名前が示す通り、大人達は私のために蜂蜜を用意しました。
一口、その琥珀色の液体を口に含めば……口の中に広がる幸せな甘さに、子供の私は幸せを感じます。
続いて、体の中に『魔力』と呼ばれるものが体の内から溢れてくるのが感じられました。
私は、痛ましくも晴れ上がった脚をした兵士に、渾身の治療魔法を行います。
手から光が溢れ……すぐにその足は、元の形へと戻りました。
「凄い……完全に感覚がなくなっていた脚が動く! ありがとうございます、聖女様……!」
「あっ、その、どういたしまして。治って良かったです」
ここまで感謝されるとは思わず、少し驚いています。
相も変わらず、私の顔は変わりませんが……でも、嬉しいと感じています。
治療の評判は上々で、最初の野営地にあった怪我は私が一人ずつ治していきました。
治った人は、みんな私に丁寧にお礼を言って下さいました。
最後まで上手く笑うことは出来ませんでしたが、なるべく丁寧に一人一人と言葉を交わしました。
こんな私にも笑顔で接して下さって、大変有り難かったです。
――ただ、それが王子には気に入らなかったようで。
私が遠征から帰った翌々日のことです。
王子は私の部屋にやって来ました。
「お前の蜂蜜は、俺が管理することになった!」
そう言って、蜂蜜の入った瓶を見せつけてきました。
「……どういうこと、ですか?」
「アンバー、お前が持つと食べ過ぎると父上に言ったら、俺がお前に食べさせる量を選ぶように仰ったのだ。文句あるのか? 父上の指示だぞ?」
「そうではなくて……」
食べ過ぎたことなどないというか、自分から食べたこと自体がないのですが……。
彼は何故そんな嘘を言ったのでしょうか。
当時は分かりませんでしたが、今はそれが私への称賛を見た苛立ちだと分かります。
つまり、彼は私の活躍が嫌いなのです。
王子のやり方は、子供ながら悪辣でした。
ある日、私が王子から蜂蜜をもらい、口に入れて地方貴族の結界を張りました。
結界といっても、魔物が近寄りにくくなる程度の魔法です。
子供の頃で力も弱かったですし、何より……蜜の量が少なかったのです。
それでも結界は十分に機能し、街の人からは感謝されました。
「……これでも十分か」
ぼそっと、王子が呟いたのが聞こえます。
次の結界は、別の地方貴族。
王子が渡す蜂蜜は、以前より明らかに少なくなっていました。
「王子、これでは魔力が足りません」
「可愛げが無い、浅ましい女だ。伝説の聖女なら、これで十分だろ? それとも、出来ないのか?」
「……」
私は蜂蜜を口に含み、結界魔法を使います。
普段より大幅に少ない魔力は当然枯渇しました。
少し無理をして……息を吐ききった後にもう一息吐き出すような、かなり無理をしました。
魔法を使った直後、一瞬意識を失いかけました。
それでも何とか踏み留まり、結界は機能しました。
「まだ多いな」
その言葉に、反論する気力もなく。
だから、破綻するの時間の問題でした。
「――魔物が一向に減りません! 急ぎ応援を!」
私の結界魔法は、発動しませんでした。
今日の蜜は特に少なかった上に、あまり甘くなかったのです。
「王子、このままでは……」
「フッ、無能な聖女では働けなくとも仕方ない。この王子自らが出よう。おい、強化魔法だ」
「……はい」
その要求には、先程よりも明らかに多めの量の蜂蜜がありました。
強化魔法は言葉の通り、その者の能力を一時的に上昇させる魔法です。
強化魔法を受け取った王子は、先陣を切って魔物を倒していきます。
技能的な部分は平凡で、素早く近づいて一撃で袈裟斬りにするという、力に任せたもの。
ただ、それだけでも強化魔法を受けた剣は、他の騎士達のそれとは全く違います。
「王子はこんなに強かったのか!」
いえ、強化魔法を受け取れば、魔力が枯渇気味の私でも大体三倍ほどの力になるので、王子の元々の力ではないのですが……。
……言ったところで、理解は得られないでしょうね。
「俺達も続け!」
斯くして、王子の評判は上がりました。
めでたしめでたし――。
――とはならないのが、この王子でした。
それからしばらく、遠征ではそういう関係が続きました。
こんな状況を何度も何度も住人に見せていると、当然こう言われるようになります。
『ラインハルト第一王子には、蜜の聖女は相応しくないのではないか?』
王子の隣にいる、あまり活躍しない強化魔法だけの聖女。
全く笑わない私のことを、蜜の聖女改め『無糖の聖女』と呼ぶ人もいます。
かくしてラインハルト王子は、自分がそう仕向けたことすら忘れて私を無能と罵り、自分に相応しい聖女を選んだのでした。