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剣術大会への疑問

「そういえば、そろそろ剣術大会の季節ですね」


 私がスロープネイト王国のお部屋に住まわせてもらうことになって、半月ほど。

 あれから特に魔物の襲撃もなく、とても悠々自適とした日常を送っておりました。


 ふと一階サロンから窓の外を見ると、コスモスの花畑がお城の近くに見えたことで思い出しました。

 あの花は、ウィートランド城の中庭にもありましたね。


「剣術大会?」


 一緒のお席にいたセシル様は、緊急で入って来た書類を片手に紅茶を飲んでいました。


「はい。ウィートランド王国では春と秋に、剣の腕をその土地の代表者で競い合う、『ウィートランド王国剣術大会』というものがあるのです」


「へえ、不思議な大会だね」


 セシル様は、手元の書類にささっと訂正線を引いて置き、瓶の中にあるものをビスケットに塗り始めました。

 黄色くて、どろっとしていて。

 何でしょうかあれは、見たことがありません。


 じーーーーっ……。


「不思議、と仰いますと?」


「それはね…………あっ、これ気になる?」


「はい」


 私が会話しながらも、セシル様の手元ばかりを見ていたせいで苦笑されてしまいました。

 感情を露わにするのは苦手なはずなのですが、何だかスロープネイト王国に来てからは『アンバーは分かりやすい』と言われることが多くなりました。

 不思議です……。


「これはね、マンゴーのジャムなんだ。僕のじゃなくてお店のだけどね。まあ作り始めたのが僕という意味では、僕の作ったものかな」


 セシル様はそう言いつつ、ジャムを塗ったビスケットをこちらに渡しました。

 お店のと言いつつ、それを載せるビスケットはご自身でお作りになられてるんですよね。

 というわけで、今日も王子様にお菓子をご用意してもらっています。


 遠慮なくいただくと……。


「……!」


 何でしょう、この特徴的な甘さは。

 凄くみずみずしく、甘く、それでいて……滑らかといいますか……。

 とにかく表現しようがないぐらい、また新しく美味しい味です。


「そういえばマンゴーは知ってる?」


「いえ……」


「そこからだね。アンバーには、この国のフルーツを一通り食べてからいろんなものを紹介してもいいかもしれない」


 自分のビスケットにジャムを塗り、「うん、いい出来」と満足そうにセシル様は笑います。


 それにしても、お店からということは、これが一般販売商品なのですか。

 この国に生まれた者は、幸せ者ですね。

 ……いえ、襲い来る魔物の強さを考えると、安易にそうと言い切っていいものではないと思います。


 スロープネイト王国は、聖女の力なしでウィートランド王国より遥かに強い魔物を倒し続けてきた歴史があるのですから。


 そうでした、国の戦力の話でした。

 剣術大会の話題、思いっきり腰を折ってしまっていました。


 まあ、今の私にとって剣術大会の結果自体が、目の間にある未知のフルーツジャムを知ることよりも優先順位が低くなっているので仕方ないですね。


「それで、剣術大会の件ですが」


「うん。国の代表だけで競い合うんでしょ?」


「はい」


「参加したい人は全員参加でいいんじゃないかな?」


 セシル様は、淡々と疑問点を語ります。


「魔物と戦うのなんて、騎士団長だけじゃないだろうに。既に代表の地位にある団長より、一般の兵士が活躍した方が盛り上がるよ。『自分も大会で活躍したい』と思う兵士が増えれば、全体的に強くなる。魔物に対しても安全になるね」


 そう言われると……実にその通りです。


 ずっとウィートランド王国にいたから、剣術大会は『そういうもの』という認識でした。

 これは貴族の財力や権力の差が如実に表れる、言わばマウンティングとヘッドハンティングの大会のようなものだと。


 セシル様は、権力闘争よりもその先の実用的な未来を考慮して、剣術大会に疑問を持っていらっしゃいました。

 魔物から村人を守るなら、見知らぬ一般兵でも活躍するチャンスがある方が、皆頑張りそうです。


「確かに、その方が自然だし考えだと同意します。スロープネイト王国では、剣術大会のようなものは恐らくないのでしょうね」


「いいや、あるよ?」


 ふと問い返すと、意外な答えが返ってきました。


「あるのですか?」


「うん、多分それと近いものがある。やっぱり強さは一つの象徴だし、剣に限らず競い合うことが上達の秘訣だから。競争心、克己心、嫉妬心……いろいろな気持ちがあれど、淡々と続けるだけで上達するのってなかなか出来ないよ」


「そういうものなのですね」


 セシル様のお話は、大変勉強になります。


 私は素直に感心していたのですが、何故かセシル様は私の返事を聞いて、首を傾げました。


「そういうもの……そういえばアンバーって、魔法はどうやってマスターしたの? 家庭教師とか、それこそ聖女同士で競ったりとか」


「そういう方の方が多かったですが、私は全て自分からです」


 セシル様、再び首を傾げます。


「それって、王家への義務感とかもあったり?」


「いえ。出来ないより出来た方がなんとなくいいかなと思って、独学で一通り覚えました」


「全部? 大変すぎない? やる気とかモチベーションみたいなものは」


「なにぶんそういう感情が薄いため、最初に『とりあえず全部でいいかな』って」


「究極の例外が目の前にいた……アンバーって本当に凄いし偉いね」


「偉いのですか?」


 何とも言えない苦笑をされながら、セシル様に褒められました。

 一体何が凄いのかは分かりませんが、褒められるのは嬉しいです。


「偉い、超偉い。僕からは褒めることとお菓子を出すことしか出来ないけど」


「お菓子を作れるセシル様の方が、私は凄いし偉いと思います」


「本当に? お菓子作って偉いというのは、初めて言われたよ」


 不思議なことを仰いますね。

 こんなに美味しいお菓子を作れる人物が、世界一偉くないわけないと思いますが。


 嬉しそうに笑ったセシル様は、私に「どんどん食べて」と嬉しそうにビスケットを渡しました。

 そういうことでしたら、遠慮なく。


「……しかしそうか、剣術大会か」


 ぼそりと、小さくセシル様が呟きます。

 何か思うことがあるのでしょうか?


 そんなセシル様の顔は、私が三枚目のビスケットに手を出した時にはもう消えておりました。

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