ウィートランド王国3
ウィートランド王国剣術大会!
それは各地の領主や代役の領地騎士によって、力を競い合い国力の確認を行う、王国の平和を守るための由緒正しき大会である!
「——とは、よく言ったものね」
そんなものは表向きのお題目で、本心は男達のプライドをかけた、要するに剣術でのマウントの取り合いであった。
男爵家出身の令嬢であるティタニアは、チラシに書かれた勇ましい文章を指ではじいてテーブルに落とす。
給金の高いところに優秀な戦士が集中し、優秀な領地ほど聖女を囲える。
つまりは文字通り、金貨の量を比べ合っているようなものだ。
とはいえ、賄賂が許されているわけではない。
忖度抜きで八百長なしのこの大会で、ラインハルト王子は前回の上位者であった。
公爵家の騎士団長にテクニックで遅れは取ったものの、相手を大きく苦戦させたことにより称賛の声が上がった。
その侯爵騎士団長は、王国を代表する騎士団長に敗れたことにより、王家の面子は保たれることとなったのである。
この剣術大会において、代表の剣士は強化魔法等に関する全ての補助を許可されている。
それら全ての総合的な能力によって、魔物を討伐する真の実力としているのだ
――こちらも表向きのお題目。実際のところ、聖女を擁している上位貴族が圧倒的有利に戦えるためのルールであった。
言うまでもなく、忖度抜きなど表向きの理由。ルールそのものが、上位の貴族に忖度しているも同然であった。
中庭の小部屋に降り注ぐ日の光を浴びて、花からの魔力を体に蓄えていた。
体内に貯蔵された魔力は、そのまま外に出た時も存分に聖女としての能力を発揮出来るようになる。
だから、花の中にいることが、『花の聖女』ティタニアの一番の仕事であった。
ティタニアの強化魔法は、無論他の魔道士と一線を画している。
それは一般的に知られていたことではあるが。
(王子の実力は、果たしてどれぐらいかしら)
ティタニアは、ここしばらくの王子の様子を見て、どれぐらい王子が活躍できるのかということに疑問を持つようになっていた。
というのも、政務に関しては殆どのことが出来ないと分かったのだ。
出来ないというか、やっていないというか……勉強はしていないことはないが、話をしても他の政務官が皆口を揃えて『アンバー様に』と言うのだ。
一度、向こう側へ書類を返却に乗り込んだ際に、『ラインハルト王子に書類を回したことがある人は?』と聞いてみたところ、誰も手を挙げなかった。
つまり……丸投げである。
こんな王子でも、剣が得意なら威信は保たれる。
国の運営を王族が他の者に任せてもいいし、その分誇れるものがあれば問題はない。
ないのだが。
(王子って、訓練所に顔を出す姿も見たことないのよね)
基本的に王子は、優雅に他の貴族とティータイムを楽しんでいたりする。
勉強のために読書をしているのかと思いきや、過去の英雄の物語だったりする。
一応家庭教師が来た時だけは真面目であるが……。
ティタニアがそこまで考えたところで、ラインハルト王子が部屋の扉を開けた。
「くそっ、先日渡したばかりだというのに……!」
何やら愚痴りながら室内に入ってきたラインハルトであるが、愚痴を言いたいのはティタニアの方である。
「ラインハルト様、ドアを開ける際はノックをしてください」
「外から見えているし、構わないだろう」
「外から私が確認できても、私は心の準備が出来ていないのです」
ラインハルト王子は、基本的にデリカシーがない。
長い間一緒に過ごさなくても、すぐに分かることであった。
(見た目は金髪碧眼の、大変に麗しい王子様であるのですが……それは遠くのバルコニーで手を振っていた時まででしたね)
しかし、お互い一緒になるとはそういうもの。
そう頭を切り替え、ティタニアは諦めにも似た溜息を吐きます。
「で、今度はどうなさったのですか?」
「ああ、ソノックス家の連中が、金が足りないと」
「……以前のお金は」
「使い切ったと言ってきたぞ、ドレスとアクセサリーを全部一新した姿でな!」
王子からの報告に、さすがにティタニアも呆れていた。
(以前見た時はもっと余裕がある方と思っていましたが、間違いなくアンバーの収入だけで余裕の生活を送っていたのですね。恐らく……戻れなくなったのでしょう)
ティタニアには、その理由がよく分かった。
男爵家として慎ましく生活していたティタニアは、聖女の能力が発現して以降、侯爵家の方で聖女の力を発揮していた。
特に魔物の多い地域だったので、働いた分の給金を実家に送るようにしていた。
久々に帰った男爵家は、色んなものが一グレードほど上がっていた。
派手な散財というほどではないが、極端な安物はもう一つもない。
食卓で、倹約気質だった妹が風化した粉末のペッパーではなくミルの方を挽き始めたのを見て、『ああ、もうそのランクではないんやな』と思った。
全体的に、ちょっとずつ良いものを。
それは豊かな生活を彩る一方で、破滅への産声でもあった。
「そんなに頻繁に買い換えても、足りるわけないだろう! 毎週のように買い換えるな!」
王子の発言に、意識を表に戻す。
自分の男爵家がああなのだ。元々侯爵家であったソノックス家が、王家の専属聖女となった際の『最低基準』とはどの辺りであろうか。
ティタニアは、考えるのをやめた。
テーブルの上を見て、話を切り換える。
「ところでラインハルト様、剣術の訓練はなさっていますか?」
「ああ、ソノックス公爵送り返したらすぐに行くつもりだった。時間がかかったが……やれやれ」
立ち上がり、意気揚々と部屋を出て行くラインハルトの様子を見たティタニアは。
(剣術大会が終われば、実家に帰っておこうかな)
王子ではなく、家族のことを気にしていた。
そしてテーブルのチラシと————その下に積み上がる未処理の書類を見て、大きく溜息をついた。
どうやら帰る日は、まだまだ先のようである。




