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セシルとクッキーの話

 セシル様と今後の話をするため、サロンの方へと向かいました。

 どのお部屋よりもここが綺麗に飾られています。

 お部屋にメイドが現れ、紅茶を用意しました。


「予約は必要だけど、ここは自由に使っていいからね」


「まあ、ありがとうございます。ですが自分の部屋だけでも手に余るほどです」


 明らかに過剰ともいえるご厚意に礼をし、早速本題に入ろうと思います。


「まずは確認したいのですが、セシル様は王子でいらっしゃいますか?」


「そうだよ」


 正直、今日ほど自分の表情が変わらないことを実感したことはありません。

 謁見の間の時から、内心かなり驚いています。


 何故なら、自分にとって『第一王子』という冠が付いた人間はラインハルト王子ただ一人。

 あの自信過剰な姿も、一切自分には非がないとばかりに振る舞う姿も、それが当然のことであるからと私自身が納得していたのです。

 第一王子は、次期国王。実際に偉いのは事実なので、偉そうなのは当然のことなのです。


 ところがセシル様は、なんというか……こう言っては失礼かもしれませんが……。


「……なんだか、とてもそうとは思いませんでした。政務官の方とばかり」


「あはは、よく言われるよ」


 照れたように笑うセシル様は、私の失礼な言葉にも怒りませんでした。

 普段から言われ慣れていると言うことは、そう思ったのは私だけではないのでしょう。


「そういえば、お部屋にお邪魔した時に、私は不躾にもクッキーを勝手に食べてしまいました。更に追加でいただいた上、ただ食べるだけの私を女神と」


 自分で自分の事を女神と言うのは、さすがに照れますね。

 全く淀まず言える自分に、我ながら呆れてしまいます。


 むしろこのことに関しては、セシル様の方が照れていらっしゃいました。


「そ、それは……いや、本心なんだよ。本当に。クッキーを作るのが趣味だけど、どうしても作りすぎてしまうから」


 最初は驚きましたが、確かにお城の中ですれ違う女性は、非常にスマートな方ばかりでした。

 細いというだけでなく、全体的に筋肉質な感じです。


「そうなのですね。少量お作りになって、ご自身で食べたりは」


「それが難しくてね……」


 セシル様は、サロンにあった調味料の台から、紅茶用の他にも沢山ある調味料の類いを手に取った。

 白い粒が、皿の上に乗る。もう一つも、白い粒。


「これは砂糖と塩。砂糖を十分の九、塩を十分の一混ぜるとしよう。スプーン九杯と一杯で、その量は量れるね」


「はい」


「ところが、この配分をティースプーン一杯で再現しようと思うと急に難しくなる。百分の一ならもっと。更に、同じ配合で何度もやろうと不可能に近いことが分かるね」


 それは……確かにそうですね。

 何度も同じ分量にするのは、元が小さければ小さいほど難しいです。


「お菓子作りは、この上に水やバターが入ってくる。普通に作るだけでも少量しか使わないから、少なく作ろうとすればするほど難易度が跳ね上がるんだ」


 それを正確に再現するのはほぼ不可能に近いですね……。

 自分でやろうと思っても、ちょっと考えられないです。


「街の中でお売りにはならないのですか? 希望する方が沢山いらっしゃるかと思ったのですが」


「逆に希少性がありすぎて、あくどい業者が現れかねないからって却下されちゃった。紛れ込ませようにも、僕の作るものは個性が強いからバレてしまうんだよね」


「ああ……」


「というか、実際にクッキーとは別の件でそういうのが出ちゃって。そこから慎重になったんだよね。だからいつも、クッキーは僕の仕事のお供」


 なるほど、そこまでお考えになっているのでしたら、私の浅慮な思いつきなどは一通り考え終えていると見ていいです。


「それにしても……何故お菓子作りを趣味にしていらっしゃるのですか? 第一王子なのですよね」


「うーん……逆に聞きたいんだけど、どうして第一王子はクッキーを焼いたらダメなのかな?」


 そう、返されると……何故でしょうか。

 危険だから? いえ、危険を考えたらむしろ魔物相手に剣を振っている方が圧倒的に命の危険があります。

 王侯貴族が下働きの者の仕事を取ってしまうから? 政務官の仕事、王族がやることも多いです。


 では威厳がないから……いえ、それはないでしょう。

 ラインハルト王子を思い出しますが、果たしてセシル様に比べて第一王子として付いていきたいと思える存在だったでしょうか。

 偉いことと偉そうであることは、一致しません。何故偉くないといけないかというと、それは『人が付いてこないからです。

 私は……どちらか選べと言われたら、迷いなく威厳のないセシル様のお力になりたいと思います。私でなくても、そう考えるでしょう。


「ちょっと意地の悪い言い方だったかな」


「いえ、むしろ私の方が失礼を」


「ううん、気にしないで」


 セシル様は、少し照れながら懐のクッキーを取り出した。

 あっ、また違う見た目です。


「クッキーはね、真っ白な粉を練って、薄い色の生地が出来てから火を通すんだ。そうして焼き上がると、いい色になる。ところがほんの一分でも焼きすぎると、苦い炭になる」


 黒焦げクッキーは悲しいですね……。大抵は調理人さんの不注意です。

 私は一度、ラインハルト様に嫌がらせとして押しつけられたことがあります。

 さすがに一口食べた後は、外に崩して撒きました。


「砂糖の分量が多いと、焦げやすくなる。しかし砂糖の分量が少ないケーキなどは、逆に腐りやすくなる。繊細なんだ」


「話を聞けば聞くほど、難しいのですね」


「そう。その難しさと焼き上がりの綺麗さに、幼い頃に魅了されてね。両親はキッチンを見せたのは今でも失敗だったと言っているよ」


 焼き上げる技術そのものは単純でも、その中に含まれる要素は複雑。

 その難しい作業に憧れたのは、セシル王子の意志です。


「だから約束されたんだ。誰にも迷惑にならないよう、しっかり仕事をやりきる。そうすれば、お菓子作りに必要な材料の全てを許可するって」


 なるほど、そのような経緯が……。

 国で一番偉い人が、誰の迷惑にもならない一番やりたいことを理由なく制限されるのは、確かに変ですね。

 セシル様は、なんとなくクッキーを焼いているのではなかったのです。

 自分で考えて、自分で掴み取った自由なのですね。


「アンバーだって、そういうものあるでしょ?」


 ふと、セシル様は何気なくそうお聞きになりました。


 話題を振られましたので、私は先程までと同じように話し始めようと思いました。

 ですが……いざその内容を吟味すると、何も答えられなくなってしまったのです。


 私のやりたいことって……何なのでしょうか。

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>「そ、それは……いや、本心なんだよ。本当に。クッキーを作るのが趣味だけど、どうしても作りすぎてしまうから」 >少なく作ろうとすればするほど難易度が跳ね上がるんだ」 そりゃあいくら食べても太らないアン…
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