甘すぎた婚約破棄
「『蜜の聖女』アンバー・ソノックス。君との婚約を破棄させてもらう」
目の前にいる男――婚約者であるラインハルト第一王子――の言葉を、頭の中でゆっくり咀嚼します。
……こういった場面では、どういう反応が正解なのでしょうか。
人生においてかなり厳しい場面であるというのに。私の表情はいつものように変化しませんでした。
王子はワンテンポ遅れて眉を顰め、その感情もすぐに見えなくなります。
そんな彼に、私は。
(……豊かな表情ですね)
と、普通の人なら場違いな感想を抱いていました。
「理由を、お聞かせいただいてもよろしいですか?」
「君が聖女としても、王妃としても私の隣に立つに相応しくないからだ」
分かるだろう? とでも言うかのように堂々と言い放つ王子。
反論したいものは幾つもあれど、そのうち一部は確かに自分のせいなのです。
だから私は、何も言えません。
私は、普段から表情が全く動かないのです。
人前であっても、目上の人であっても、うまく笑顔というものが出てきません。
愛想笑いも出来なければ、サロンでの冗談にも反応を返せません。
事情を話して理解はしてもらっているのですが、どれほど受け入れていただけているのか、分かりません。
皆様は、本当に良くしてくださるのですが……。
巷では、男性陣から『蜜の聖女という名前の割に、全く甘みを感じない女」とまで揶揄されています。
まあ、概ね事実ではあるので私も何も言えないのですが……。
自分の事を振り返り、ラインハルト王子に疑問を投げかけます。
「婚約破棄とのことですが、陛下からの許可は得ているのでしょうか?」
「陛下から言ったんだよ、君が王子の婚約者に相応しくないと。特に先日の出来事は酷いものだった。我が国の損害も甚大だ」
嘲笑と侮蔑を隠しもしない表情で、私を見ています。
国王陛下は悪い人物ではないのだけれど、子煩悩すぎるのが玉に瑕だと思うのです。
最後に行った伯爵領は、確かに王国にとって大きな打撃でした。
貴金属を中継する拠点であったため、私の結界魔法が発動しなかったことにより魔物が目についた宝飾品を壊して回ったのです。
私の能力が及ばなかったこと。
もちろんそれには、理由がありますが……いえ、やはり自分の責任です。
もしかすると、彼の行いへの対応が甘かったのかもしれません。
どうしても、気後れしてしまいますから。
王子が手を叩き、「入って来い!」と叫びます。
合図とともに扉から現れたのは、ピンクゴールドの髪をした綺麗な女性。
この方は、見たことがあります。
「紹介してやろう。新たな聖女として迎え入れる――」
「――『花の聖女』のティタニア様ですね。お久しぶりです」
「ええ、お久しぶりですね。アンバー様」
あちらも私のことを覚えていたようで、ティタニア様は薄く笑います。
「何だ、知っていたのか」
「半年ほど前、商業施設への遠征でお会いしました」
「なら話は早い。このティタニアを次の聖女として、俺と新たに婚約することとなった」
ティタニア様が王子の隣に座ります。
既に話は通っているのでしょう。
そのことに関して、今はもう何とも思いません。
元々、愛情はなかったのですから。
ただ、次の言葉は予想外でした。
「よって、正式にお前の国外追放が決定された」
「……。国外、追放。ですか?」
一瞬呆然とした私の表情がそんなに嬉しいのか、ニヤリと笑って王子は足を組んだ。
これは、口封じも兼ねているのかもしれません。
私が魔法を満足に使えなかった原因が王子にあることは、私と王子と、王族に近しい者しか知りませんから。
元々ソノックス公爵家から嫁いで来ましたが、全く笑わない私に対して両親共々、あまりいい感情を抱いていません。
一方、新たに生まれた弟は天真爛漫で表情豊かです。
物心ついた頃には、両親の愛情は弟が独占していました。
だから、聖女だと判明した時は、すぐに王家へ推薦されました。
今更あの家に帰るのも難しいでしょう。
考えても、仕方ありません。
大丈夫、私はこれでも聖女。
一人でもやっていける、と思います。
どこか遠くでやり直すことも……と思っていた私に対し、王子はとんでもないことを言いました。
「お前は後日、『魔王島』へと追放する」
追放は追放でも、私にかけられた刑は島流しでした。
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