第97話 桃太郎クッキング
「恵、料理器具を出してくれ。覚悟は決まった。」
「ほ、本当にいいんだな?後で後悔しても知らないんだな。」
恵はリュックの中から料理器具を取り出し始める。
「ああ、わかってる。花丸百点の最高のエサを作ってやる。」
苔魔猪は雑食性。基本的に何でも食べるはず。だが、ここを縄張りにする理由が未だわからなかったが、もし苔魔猪が安定した食糧補給以外の目的でここを縄張りにするのであればそれは至極単純、ここのぶどうが他の動植物より苔魔猪の舌に合うということ。つまりはやつらは「美味さ」を感じ取る程に舌が発達している。なら、目の前の美味か不味いか不明の人間を見るより、知っている「美味さ」に引かれるはずだ。
「料理人として、人間以外、それもクリーチャーを虜にするほどのとびっきりの料理……」
考えたくもないし、本当ならやりたくもないが仕方がない。
「桃太郎ー!そこら辺にいたミミズありったけ持ってきたよー!」
「ありがとう泡美。お前が昆虫とか触れるタイプで助かった。」
「それはいいからー!早く作ってあげて―!」
「そう軽いノリで言われてもなあ……」
目の前のまな板の上で踊り狂うミミズ。区内で見かけるようなミミズと違う、15cm定規くらいの大きさ。マッドフォレストの土壌には区とは比べようのないほどの栄養があるのだろう。こんなにも大きさが違うとは……
ハッキリ言ってグロい。いや、グロいとか思ってはいけない。これは食材、これは食材、これは食材。俺たちが食う訳じゃないし、食うのはクリーチャーだ。もったいぶる必要はねえ。そうだ。
「よし、始めるぞ。」
下処理はしないつもりだったが、やはり料理人の性と言うべきか、下処理から始めることにする。まずは、ミミズをビニール袋に入れ、そこに塩、日本酒を入れてよく揉み込み、表面のぬめりと泥、ミミズ臭を激的を一気に落としていく。
塩と酒に揉められておとなしくなったミミズを、恵が出してくれたペットボトルの水を使って塩と酒を洗い流し、腹?背中?とにかくハサミを入れて切り開いて内容物をできるだけ掻き出して別皿に移す。
そして、こいつらを親の仇のように包丁でミンチにしていく。
「チタタプ、チタタプ、チタタプ……!!!」
ただひたすらに、両の手に包丁を握りしめミミズを切り叩いていく。そうすると、だんだんとひき肉のように見えてきた。ここまでは順調。あとはこいつを絞り袋に入れる。
「次は肝心のソースだ。」
猪は人間の約1億倍の嗅覚を持つとされる。あの大主もそれと同等の嗅覚を持つはず。料理とは目で、鼻で、口で楽しむもの。そして料理が口に運ぶ前に一番最初に訴えてくるのは嗅覚だ。ただでさえ人間より優れた嗅覚を持つんだ。惹き付けられさも、きっと上がってるはずだ。
食べれそうな野草を摺ってペーストにする。小さめの鍋にオリーブオイルを熱し、半分に切ったぶどうを弱火でゆっくり炒め、取っておいたミミズの内容物、バルサミコ酢、しょうゆ、蜂蜜、野草ペーストを混ぜ入れ煮詰めてソースを作る。
フライパンにオリーブオイルを熱し、ミミズの形になるように絞り袋から肉を絞り出し、整形しながら片面を1分ほどずつ焼くいていく。ミミズの形にする理由は、見た目に反して脳みそが小さい場合も考慮してこれがエサだと認識させるためだ。
木皿にペーストにしたものと同じ野草を敷き詰め、ミミズのハンバーグを乗せ、その上に特製ソースをかけて……
「完成だ。名付けて、「ミミズのハンバーグステーキ~葡萄と野草のソース添え~」だ!」
「ちょー美味しそうな匂いするー!」
「ミミズとは思えない、いい匂いなんだな。これなら確実なんだな!」
「こっちはできた。あとは指定の位置に置いて来るのを待つだけだ……あ、肉余っちまった。恵、これリュックの中に入れておいてくれ。」
「むちゃ言わないでほしいんだな!?せめて包んでクーラーボックスに入れてほしいんだな!」
「いい匂いがしてきたんだーよ。」
「本当ですね……あちらの準備も終わったようですし……そろそろ蟇野さんを呼びに行かないとですよね……」
「三上、よろしく頼むんだーよ!」
声が届く、桃太郎と績の準備が終わった合図が出た。ここから、どこまでガマがあの猪を遠ざけてくれたのかはわからない。作戦を伝えた後、ガマの戦いの痕跡を全力で追ってはいるが、未だ遠くから衝撃音と猪の咆哮が聞こえるのみだ。
未来視で確認しようにも僕の未来視は右目を閉じて目の前の光景の未来を見る未来視と、左目を閉じて特定の人間の未来の動きを見る未来視の二つ。前者は論外、後者はその特定の人物を視界に収め続けなきゃいけない。だから、未来視を使ってガマの追跡はできない。ただ地道に痕跡を全力で追う他ない。
「食らえや!このデカブツがァ!!!」
走って数分。ガマのドスの効いた声と共にけたたましい衝撃音を立てながら猪を吹き飛ばし、木々がミシミシと音を立てて猪の巨体に薙倒れるのを目にする。
ガロウや冰鞠さんに隠れているが、ガマの戦闘力の高さは俺らサポート班抜きにしてもクラスの中で群を抜いているように感じる。まるで、まだ本気を出してないみたいにいつも余裕ぶっている。本当はもっと強いんじゃなからろうか……
「ガマ!準備ができた!ぶどう園の方までそいつを連れてきてくれー!!!」
「準備できたか!ええ感じに弱らせておいたから、その策を使わせてもらうで!付いて来いや!この間抜け!」
ガマは、僕を抱えると適切な距離を保ちながらぶどう園の方へと猪を誘導していく。だが、このままでは作戦が上手くは行かない。ぶどう園が見え始めたあたりでガマに耳打ちをし作戦を伝える。
「なるほどな。そいつは名案や。」
苔魔猪の大主がぶどう園へと辿り着く。大主は消耗していた。一人正面から殴り掛かって来た人間に完膚なきまでに力負けをした。突進は躱されるか、向こうの拳か蹴りで逆に吹き飛ばされ、向こうの攻撃にはお手玉のようにあしらわれるばかり。いつ体に注入されたかわからい猛毒に体力を奪われながら、戦いを継続していた矢先、もう一人の人間が現れると何と逃走を始めた。あれほどまでに、自分が劣勢を強いられた強者が、背中を向けて逃げ始めたのだ。
そこで大主は、やつが演技をしていたのに気づいた。やつは自分を追い詰めるばかりか体力が底を突き逃げたのだと、そしてこれはやつを殺すチャンスなのだと大主は確信して奴らを追い始めた。臭いは覚えた、容姿はなんとなく覚えた、この速度なら必ずやつに追いつけると大主が走ったが、やつらを見失ってしまった末に辿り着いたのがぶどう園だったのだ。
大主はやつらを探そうと周囲を見渡し、鼻を聞かせて見て回るも、やつらは見つけることはできなかった。これでは仕方がない。次に見た時、必ず食ってやろうと鼻息を荒げ、大主がぶどう園を後にしようとするも、それを阻むものがあった。
それはミミズだ。しかもただのミミズじゃない。表面は少し焼け焦げ、茶色く染まり。その上にはぶどうと野草の香りを漂わせる液状の何かが掛かっている。とても良い匂いに大主の鼻は魅了され、釘付けとなった。ポツンと木々の真ん中に鎮座するミミズ、これを食したいという衝動に駆られる大主であったが、大主は考えた。もしや人間の罠なのでは?と。
大主は再び周囲を観察するも、幸い、周りにはぶどうの芳醇な香りで満ち溢れ、人の臭いこそ残っていたもののそれも薄れ、それらしき影も形もない。ただ、ぶどうの香りで満ちている。危険はなく、今の自分は人間にボコボコにされ体力が限界。この美味そうな飯を食して体力を回復させ再び、人間どもを追い回してやろう。そう合理的な判断の元、苔魔猪の大主はミミズのある方へと駆け寄っていく。
そして、苔魔猪の大主が皿に食らいついたそのたった一瞬だった。大主の頭部から四肢に至るまで全ての動きが止まる。まるで時で求められたように身動きが取れなくなった大主は暴れ回るが、何かが硬い皮膚に食い込んでくる。
糸だ。それも、とても細く目をよく凝らしてそこにあると認知してみない限り見ることができないほどに細い髪糸だった。動くたびに深く鋭く肉を切って食い込んでくる。近頃廃校に住み着いた蜘蛛の仕業かとも大主考えたが、蜘蛛の巣のように粘着質ではない。そしてこの時、大主は悟った。自分は人間共に捉えられたのだと。
あと3話で100話行くってマジ?まだ作中的にまだ5月の初めなのに?物語の進み悪すぎないか?
大学で書いた登校予定の小説は大体純文学になるかも




