第93話 魔狼は咆哮し、蜘蛛はもがく
魔狼が吠える。それは雄々しく、恐ろしく、猛々しく。ガロウの体が闇に包まれ、その外殻を形成していく。漆黒く、漆黒く、漆黒く。美しく艶やかな漆黒の毛並みが、体育館に僅かに差し込む陽の光を取り込むように靡く。
ガロウの体はみるみるうちに変貌を遂げ、ついに体長3メートルほどの巨大な魔狼、フェンリルへと姿を変えた。その姿は、まるで神話から抜け出したかのような威厳を放ち、鋭い牙と爪が鈍く光る。体育館の壁に反射するその姿は、まるで闇そのものが実体を持ったかのようだった。
その変身を目の当たりにした殺取は、一瞬、怪訝な表情を浮かべた。眉をひそめ、鋭い眼光でガロウを観察する。しかし、その表情はすぐに変わり、殺取の唇がわずかに上がる。まるで、大きくなった親戚でも見るような、興味深そうな笑みに。
「ほう、それが噂に聞く魔狼、フェンリルか。」
一方、ガロウのそばに立つ佐々木は、フェンリルへと変貌したガロウの姿を凝視し、あることに気づいた。彼の目は、驚きと同時に深い観察眼を湛えている。
「(ガロウ殿の目が、人の目をしているでごさるな……)」
佐々木の心の中で、その発見が静かに響く。フェンリルの獣のような姿にもかかわらず、その瞳には人間の理性と感情が宿っている。それは、ただの獣ではないことを示していた。佐々木は刀の柄に手をかけ、戦場での冷静さを保ちながらも、ガロウの人間性を確かに感じ取っていた。
「何を見てやがる。さっさと片付けるぞ!」
「しゃ、喋れたのでござるか。」
その驚きに、ガロウは鼻で笑うような仕草を見せ、巨大な体を軽やかに動かした。その巨大を活かし体育館内を縦横無尽に駆け回る。その牙で喰らい、足で押し潰し、子蜘蛛共を蹴散らしていく。殺取は、攻撃の密度を上げ、ガロウへと集中的に氷の槍を向かわせるも、その槍はガロウの毛並みに弾かれ、逆に砕け散っていく。
「ふん、こんなものか!」
ガロウが低く唸りながら、さらに速度を上げて子蜘蛛の群れを蹴散らす。その動きは、まるで嵐が体育館を席巻するかのようだった。床に散らばった瓦礫がガロウの足元で跳ね、蜘蛛の巣が絡みつくも、それをものともせず突き進む。
ガロウの猛攻に引けを取らず、佐々木も善戦する。模倣剣「居合一閃」で子蜘蛛の頭を刎ね、「飛翔斬」で広範囲を薙ぎ払い、着実に頭数を減らす。
「ウォォォォォン!!!!」
ガロウが咆哮を上げると、体育館の四方に黒い竜巻が吹き荒れる。子蜘蛛と蜘蛛の巣を取り込みながら徐々に膨れ上がり、ガロウたちを囲む分身たちを薙ぎ払う。
「さあ、雑魚は片付いた。次はテメェだ。」
ガロウの声には、確かな殺意を帯びていた。フェンリルの瞳が殺取を捉え、その眼光はまるで獲物を仕留める猛獣のように変わり始める。体育館の空気が一気に重くなり、緊張感が張り詰める。殺取は、ガロウの圧倒的な力に押されている状況を肌で感じていた。額に汗が滲み、苦しそうな顔で独り言を漏らす。
「ぐぬぬぬ……やつがここまで成長しているとはな……いや、それもやつらの計画の範疇だろうな。だが、よもやこのような形で足を引っ張ってくるとは……だが」
その言葉には、どこか焦りと苛立ちが混じっていた。殺取の瞳には、計算が狂ったことへの苛立ちと、しかしなお余裕を失わない狡猾さが垣間見えた。
「何をゴタゴタ言ってやがる。」
ガロウが一歩踏み出し、床が軋む。フェンリルの巨体が動くたびに、体育館全体が震えるようだった。その威圧感に、殺取の表情が一瞬引き締まる。
「はっ!その人間性を捨てきぬかったが運の尽きよ!」
殺取がそう言い放つと、佐々木の周囲が氷で覆われる。刀で突破しようにも、連戦に連戦によって付着した結露と子蜘蛛の体液が凍りつき、凄まじいほどに切れ味が落ちていた。
「くっ!しまったっ!」
佐々木の声に焦りが滲む。次の瞬間、氷は佐々木を完全に包み込み、球体のような形状を形成した。佐々木は氷の球体の中に閉じ込められ、身動きが取れなくなった。球体の表面は滑らかで、まるで巨大な水晶のように不気味な輝きを放つ。
「佐々木!て、テメェ!汚ねぇ手を使いやがって!佐々木を離せ!」
ガロウが吠え、フェンリルの巨体が殺取に向かって飛びかかろうとする。その爪が床を削り、体育館に鈍い音が響く。しかし、殺取は冷たく笑い、ガロウを挑発するように言葉を投げかけた。
「離す馬鹿がどこにいる!貴様が、我の独り言に構わず、そのまま襲いかかっていれば、このようなことには、ならなかったかもなあ?」
殺取の声には、勝利を確信したような余裕が漂っていた。氷の球体の内側に、突如として棘のような氷が生え始めた。それは徐々に長さを増し、まるで佐々木を貫こうとするかのように迫る。体育館の空気がさらに冷え込み、ガロウの吐息が白く凍る。
「テメェ!!!」
ガロウがステージの上にいる殺取へと飛び掛かろうとする。しかし、四方に再び現れた分身たちから発射された、鎖状に編み込まれた鉄の糸が、ガロウの四肢を拘束し、空中で固定する。
「――なにっ!?この糸は……」
殺取はステージの上から降り、ゆっくりとガロウへと近づき、腕を振り下ろす。そうするとガロウの体は地面へと叩きつけられる。そして、嗜める様にガロウの毛並みを触りながら、話す。
「ふっははは!!!財団が保護対象にする理由が見つからぬなあ。よもやこのような弱点を作り、飼いならすつもりなのだろうが、この者にその役割は些か重すぎるとは思わないか?お前もそう思うだろう、黒条牙狼。」
「何の話だ……」
「答えなどいらぬ。これは我の戯言。死にゆく貴様に最後の情けだ。」
「人間性を捨てきれてないのは、テメェの方だ。蜘蛛野郎。」
「言うじゃないか……なら、その人の目で見物するといい。友が死ぬ様をな。」
殺取が言うと同時に、氷の棘が一斉に佐々木に向かって伸びる。ガロウが止めようと鎖を振り解こうと抵抗するも、力が入らない。ただただ、吠えることしかできなかった。
「やめろー!!!」
ガロウが止めようと走る。だが、それは間に合わない。球体の内側から氷の槍が伸びると思った次の瞬間、佐々木はまだ生きていた。
「な、なぜだ!?なぜ、氷を操れん!?――まさか!?」
殺取は氷塊に映る自らの姿を確認する。足りない、足りない、足りない、足りない。何もかもが足りない。映る姿は本来の自分の姿。老婆のように萎れた白髪にやせ細って引きつった顔の肉。実験動物の如く飼いならされた後に奴隷として生きていた時の姿だ。トラウマとも呼べるような自らの過去を呼び起こされた殺取の顔からは憎悪が滲み出ていた。
「お化粧が取れちゃったみたいだな。殺取。」
「き、貴様どうやって!?」
ステージの上に立つのは星谷の姿。そして、解放された女子たちとアンディー、石田の姿だ。
「お前に言う義理はねえ。人でなし」
「あれが言ってた親蜘蛛?なんか疲れ果てたOLみたいでエッチだな。石田君もそう思わない?」
「それには答えられないが、あれは、クリーチャーなのか?それとも、人間?」
「質問を質問で返すなーッ!疑問文には疑問文で答えろと、狩高で教わってねぇだろッ!まあ、そこらへんは次回で明らかになるでしょ。種明かしもしてやらねえと、読者置いてけぼりだし」
アンディー便利すぎる。
「ありがちょ♡」
やめろ、お前は績とイチャコラしろ。作者に話しかけるな。
「驚いたねえ作者、奇しくも同じ考えだ。」
俺がお前を書いてんだよ。やめろ、唾液腺からゾンビ唾液を出してべっちょりと付けようとするな
「いいじゃーん感謝のお礼は素直に受け取るものだぜぇ!!」
んぎゃぁぁぁぁ