第92話 命を運ぶと書いて運命
ステージ上、俺と殺取の距離は近い。やつが、どれだけ慢心しているのかは、さっきのでわかった。こうも本体を俺の目の前に差し出すのなら、殴るのが定石。
俺は箭疾歩でヤツとの間合いを詰めながら、左手のマンティスガントレットから電気を放出する。パージボルト30%、さっきの雷翔拳をもう一発ぶち込もうと、やつの顔面を目掛けて左腕を伸ばす。やつに防御されても構わない。一番の最優先事項は、天野たちの開放。それがやつの戦力を削るうえで、一番有効!
「また同じ手か、懲りぬなあ。」
そう言い放つと、殺取は防御姿勢ではなく、やつは箭疾歩を使い、俺と同じように左腕を伸ばすと、その拳には氷のガントレットを作る。そして、お互いの拳がぶつかり合って相殺する。
こいつ、いつから箭疾歩を使えるようになったんだ!?
俺はバックスタップで距離を置きながら機械剣を鞘から引き抜き、炎描く居合軌道による攻撃を行う。
そして、それと同時にあるものを見た。殺取がバックステップで俺との距離を取ると、手には俺の機械剣に似た、二振りの剣があった。そして、居合斬りのような動作をした後、弧を描くように剣を振り上げると、その軌道に沿ったような氷の刃が発射されていた。
「氷描く居合軌道。」
そして、互いの斬撃は、空中でぶつかり合い、水蒸気となって蒸発していった。
嘘だろ……氷バージョンの炎描く居合軌道を使ってきやがった!?というよりも、技を盗まれたのか?まさか、佐々木が!?
一瞬だけ視線をガロウたちのいる方に向けるが、そこには、子蜘蛛たちを殲滅しているガロウと佐々木の姿があった。佐々木が捕縛され剣の達人が使えているわけじゃないらしい。
「何をよそ見している。己の命より、友の命の方が心配か?」
「そんなんじゃねえ!」
俺は機械剣の凹凸部分を合わせ、大剣モードへと変形させ、殺取に斬りかかる。変形機構までは真似されないと思っていたが、またしても殺取は俺と同じ動作をして氷の大剣を作り、俺と肉薄してきた。
何でこいつは俺と同じ動きができるんだ!?思考を読まれているのか?いや、それはない。俺は、まだ殺取に直接触れられていない。網玉のZONE:サイコメトリーは手で直接触れた相手の思考を読んだり、他者と思考を繋げたりできる能力だ。やつの蜘蛛の足は手じゃない、あくまで人間の手で直接手で触れない限り発動することのない。
それに、ここまでの戦いの中で、俺は直接触れるようなヘマをしていない。唯一やつと触れた時は、二回目の雷翔拳の時だが、その時には既に俺と同じ動きをしていたとなると、何かカラクリがあるはずだ。
「解せねえな。俺の真似事をするには、条件が足りないだろ。」
「肉薄しながらの質問とは、余裕だな。」
「お前のZONEは、糸で捕縛した対象の特徴や能力を得るんだろ?だが、この状況は捕縛と言うには些か緩すぎる。まだ、ZONEを隠し持ってやがるな?」
「いい洞察力だ。だが、それが割れたとて、貴様らにはどうにもできん。」
氷の矢が空中から俺の顔面目掛けて飛んでくる。俺はそれらを避けながら殺取と肉薄する。
「くっ……ん?」
肉薄する中、殺取の後ろ、ステージの奥、バックステージと呼べる場所に光る物を見たそれを見て俺は確信する。
まだ手はある。この作戦の実行にはある程度の時間がいる。現状の戦力、ガロウと佐々木のペアだったら時間稼ぎはできる。あいつらがまだ戦闘しているかどうかはわからないが、行ってみない限りわからない。まずは、ここから一度離脱するためにも、殺取から距離を離さねえと。
「いたっ!?」
俺の頭に小石程度の氷が落ちる。先ほどまでの殺取の攻撃とは違ったその攻撃は、俺の注意を完全に上へと向けた。そこには、捕らわれた冰鞠がいた。冰鞠は、何かを訴えるような目で俺の方を見ていた。
「なるほど……マジで勝機が見えてきたぜ。」
「勝てぬと悟り、ヤケになったようだなあ。我に勝つだと?」
「ああ。お前らが絶対零度を使ってくれたおかげで、ようやく凍りついてきたみたいだぜ?」
挑発的な目を殺取へと向けながら、俺は機械剣を空中へと投げる。空中へと投げられた機械剣は、回転しながらキンッ!と音を立てる。そして、髪の毛のような細い糸を巻きつけて俺の手元に戻る。
「隠していた糸が……!」
「俺とお前は糸で結ばれてた。だから、俺の動きに連動した動きができてたって訳だ。粗方、お前が上から降りてきた時に、俺に巻きつけたんだろうな。」
「小癪な……」
「小癪はそっちだろ。さあ、種明かしは済んだ。こっからは容赦しねえ!」
俺は自らステージから飛び降り、大漁の子蜘蛛たちを相手するガロウたちの所へと走り、子蜘蛛共をぶっ潰し、一連の不可解すぎる俺の行動に、唖然とする殺取の姿を横目に二人へと話しかける。
「ガロウ、佐々木、時間稼ぎはできるか?数分でいい。」
「何か思いついたんだな?」
「ああ、とびっきりのだ。頼むぜ。」
俺は鼓舞するように二人の背中を叩き、体育館の扉を開け、外へと走る。
「あそこまで勝ちを確信した顔で、啖呵を切った小僧がこの場から逃亡。矛盾に等しい愚かな行為よのお。それに貴様らも哀れよ、友に裏切られ、その場に残されるとはなあ。」
「誰が裏切ったって?あいつは、そんなことはしねえ。」
「星谷殿は、何も裏切ってなどごさらぬよ。拙者らは、星谷の行動に賭けを打っただけ。ここで貴様を斬ればそれで済む話よ。」
ガロウと佐々木は、体育館の中央で身構えた。
「そこまで、死にたいのなら殺してやろう!」
殺取の放つ無数の氷柱が、まるで生き物のようにガロウたちを狙って伸びてくる。体育館の空気は一気に冷え込み、吐く息が白く凍る。ステージ上の殺取は、妖艶な笑みを浮かべながら、まるで指揮者のように両手を振る。その手の動きに合わせて、氷柱が次々と形状を変え、鋭い槍の如くガロウたちを襲う。
ガロウは拳を握りしめ、身体を低くして氷柱の軌道を読みながら跳び回る。素早い動きで氷柱をかわしつつ、ステージへと近づこうとするが、一本かわしても、次々と新たな氷柱が体育館のいたるところから現れる。
佐々木は刀を構え、氷柱を斬りつける。刃が氷を切り裂くたびに、鋭い音が体育館に響き、破片がキラキラと光を反射しながら散らばる。だが、すぐに新たな氷柱が生成され、まるで無限に続くかのように、二人を追い詰める。
「ガロウ殿!右でござる!」
佐々木の声に、ガロウは即座に反応し、右側から迫る氷柱を拳で叩き砕く。氷を粉々に砕き散らすが、ガロウの腕に蜘蛛の糸のように氷がまとわりつく。
「くそっ、冷てえ!この氷、ただの氷じゃねえ!」
ステージ上の殺取は、嘲笑うようにケタケタと笑う。
「ふははは!貴様らの動き、悪くない。さあ、踊れ踊れ!我を楽しませよ!」
殺取が指を鳴らし、天井に渦巻く黒雲から再び雷鳴が轟く。バチバチと火花が散り、次の瞬間、雷がガロウと佐々木の立つ場所へと落ちてくる。
「佐々木、散れ!」
ガロウが叫ぶと同時に、二人は左右に分かれて雷を回避する。雷は床に直撃し、体育館の床に焦げた跡を残す。回避したのも束の間、間髪入れずにステージ上の繭から新たな子蜘蛛が這い出てくる。数は十匹を超え、体育館の床を這う音が不気味に響く。
「増援かよ!面倒くせえ!」
ガロウは舌打ちしながら、子蜘蛛の一匹に拳を叩き込む。拳が子蜘蛛の頭部に命中すると、グシャリと音を立ててその身体が潰れる。だが、他の子蜘蛛が一斉に襲いかかり、ガロウを囲む。佐々木は刀を振り回し、子蜘蛛の群れを斬り裂く。刃が子蜘蛛の硬い外殻を切り裂くたびに、緑色の体液が飛び散る。
「ガロウ殿、数を減らすでござる!こいつらを片付けて、殺取に近づく!」
「おう!」
殺取はステージ上で優雅に手を振る。殺取の手から放たれる糸が、体育館の空気を切り裂きながらガロウと佐々木を狙う。糸はまるで意志を持っているかのように動き、二人の動きを封じようとする。佐々木は刀で糸を切り裂くが……
「さあ、何と言ったか、忍法・影分身」
殺取の身体がブレると、ステージ上に彼女の分身が四体現れる。分身たちはステージから降りガロウたちを囲むように体育館内の四方へと散らばると、それぞれ氷柱を操り、ガロウと佐々木をさらに追い詰める。
「分身まで出しやがった!星谷の言う通り、東雲のZONEも使ってきやがったか!」
ガロウは苛立ちを隠さず、拳を振り上げて分身の一つに突進する。だが、拳は空を切り、分身は煙のように消える。
「やつの本体はステージの上、分身に気を取られてはダメでござる!」
佐々木の声に、ガロウはハッと我に返る。確かに、殺取の本体はステージ上で動かず、まるで王座に君臨するように二人を見下ろしている。
「(この状況、圧倒的に不利。このまま時間を稼いでも、体力が底を尽きる。くそ……腹が減ってきたぜ……いや、この手なら……)」
ガロウの腹の虫が鳴る。空腹がガロウの思考を支配し、獣としての本能がその内で脈を打ち始める。一度は暴走し、友にその牙を向けた忌まわしい力を、今度は友のために解放すると胸に刻み込む。
「佐々木!俺は内に抑え付けてる魔狼を解放する!」
「ガロウ殿、何を言ってるでごさるか!?」
「少し暴れる。迷惑かかるかもしれないが、やつをぶっ倒すには現状これしかない!」
ガロウは張り詰めた声で佐々木へと訴える。佐々木は、ガロウの苦しくも真剣な顔を見て答える。
「無茶だけはするでないでござるよ。」
「ああ、わかってる……行くぞ、蜘蛛野郎!ウォォォォォン!!!」