第91話 蜘蛛が紡ぐは命を運ぶ糸
異様な光景が、俺たちの目を釘付けにする。先までの和風アラクネーの姿が消えた代わりに現れたステージ上に立つ人影。あれは正しく人の姿。それも、ただの人じゃなかった。天野、網玉、東雲、冰鞠、松本の姿に酷似している。言うなれば、彼女らの良いだけを吸収したかのような、美しいを通り越した悍ましいほど美貌を持っている。
「なるほど、なるほど、このような感覚だったか、人の姿をとるのは実に久方ぶりよなあ。」
喋っている。それも五人の声をぐしゃぐしゃに混ぜ合わせた後に乱雑に一つにまとめたような声だ。
「貴様、人か……?」
佐々木が質問を投げかける。女は、ケタケタと笑いながら答えた。
「我は、人にあって人にあらず。だが、名はある。我は殺取……ヤツからの精神、肉体の支配から逃れたとはいえ、自らの情報を吐くのは怖いなあ。」
そう答えた殺取は、手から糸を出すとそのままあやとりを始める。まるでリハビリとでも言わんかのように軽々と連続で技を決めながらドヤ顔をする。
「こいつの匂い、どこかで嗅いだことがある……」
「まあ、あるだろうな。我らは至る所にいる。一度遭遇していても何ら不思議ではない。それはそうと、貴様ら、よくも我が家を荒らしてくれたな。我が子蜘蛛を蹴散らすに飽き足らず、生きた屍などにするとは、不敬、不敬、不敬である。」
「クリーチャー如きが、デカい口叩くんじゃねえ気持ち悪りぃ!そういうのはもう間に合ってんだ、早々と退場してくれや!」
密かにトリガーを長押ししていたビームライフルを殺取へと向け、発射する。不意打ちの一撃、当たると思っていた。
「遅い」
氷の柱がそれを阻む。着弾したレーザーは、氷の柱を水蒸気を上げながら溶かし穴を開けるが、それでも殺取の体までは届かなかった。
「感謝するぞ、ここには少々湿気が足らんかった。」
殺取は、天に向かって手を伸ばしくるくると回し始める。そうすると、徐々に殺取の手が次第に雲がかり渦巻いていく。
「轟け」
その一言言い放ち指を鳴らすと、先まで渦巻いていた雲が黒く染まり、俺たち三人の頭上へと移動しバチバチと音を立てる。そして、数秒も経たずに雷が俺たちへと落ちてくる。
佐々木は、避雷針代わり武器を頭上へと投げ雷を交わし、俺はガントレットで受けながらガロウの頭上目掛けて機械剣を斧モードに変形させ投擲する。ブーメランのような軌道を描きながらガロウから雷を受け、俺の手元へと帰ってくる。
「すまん星谷、助かった。」
「それはいい。一番ヤバイのは、あの殺取とかいうやつのZONEだ。天野の天へと祈れ、冰鞠の絶対零度。きっと、網玉、東雲、松本のZONEも……」
「奪っていると。」
「ああ。こいつは、縛った相手の特徴を得る可能性が高い。身体的特徴もあいつらに似てるから間違いない。だから、あいつをぶっ倒すにはステージから引き剝がさないといけない。」
「だが、あそこでふんぞり返っているあの野郎をどうやって引き離すつもりだ。力押し以外に作戦はあるんだろうな?」
「それ言われちゃうと困るなあ。」
氷の柱と天候操作による撹乱攻撃は、止まるとこを知らない。体育館内の気温は徐々に下がり、吐息が白く変わる。いつからここは冬になりやがった。機械剣の炎がこれほど心地良いとは思わなかった。
左手でビームライフルを打ち氷の柱を溶かし、右手の機械剣:斧モードで飛んでくる鉄糸と道を塞ぐ蜘蛛の巣を叩き切り、雷はマンティスガントレットで吸収し無力化。対処はできても近づくまでは至らない。
そんな長期戦を繰り広げている俺たちに、殺取は高笑いをしながら、話しかけて来た。
「中々に良い動きをするやつらよのお。だが、戦って小一時間、貴様らは我に指一本と触れることはできなんだ。だが、そこそこは楽しめた。先の無礼を帳消しにし、さらに褒美を与えてやろう。」
攻撃が止まる。そして、殺取がこちらに手招きするように鉄の蜘蛛糸で補強した氷で道を作っていく。俺は機械剣を鞘へと納め、氷の道を歩いて行く。
「ほう、向かってくるか。愛いやつなあ。素直な子は好きだぞ。さあ、くるしゅうない、近う寄れ。我の美貌で堕とし、貴様の一生を子蜘蛛のようにこき使い、可愛がってやろう......」
「星谷殿!?」
「「星谷君!?」」
佐々木と囚われた女子達の驚く声が聞こえる。まあ、無理はないか。ここから先は、どれだけ殺意を殺しながら殺取に近づくかの我慢勝負。魅了は大丈夫だ。心配すべきは、やつの洞察力と反応速度だけ。やつに見えてるのは、機械剣とビームライフルだけだ。
「さあ、ハグしてやるよ。ビリビリするくらいに凄いやつをな……」
「こ、この我にそっちから抱擁だとっ……!?」
あ?何でこいつ照れてんの?
「われ、私が我色に染め上げるのであって!貴方色に染まるのは、わ、私の癖じゃないわわわわ」
こいつ、アレか。言葉責めが弱いのか、それとも松本の特徴が反映されているのか、ただ変態なのか。どちらにせよ、殺取の意識が俺の想定しているところに向いていないのことは好都合。
「何だよ、可愛いところあるじゃねえか。(棒読み)」
氷の道を渡り切り、ステージの上に降りて両手を広げながら、ゆっくりと近づく。できる限り、自然な笑顔を作り、殺取からの警戒心を最小限に抑える。
マンティスガントレットは、ブレード状態を基本とした斬撃攻撃が主な戦い方だ。だが、斬るだけが、ガントレットの攻撃手段じゃねえ。むしろ、こっちが本命だろう。それは、単純な物理攻撃強化!
「さあ、すごいの行くぜ!」
右手のマンティスガントレットに蓄えられた電気を開放する。先の雷の直撃で電気は溜まっている。狩北の時の奴らには「100%の威力を見せてやる」とか言ったが、厳密にはアレの威力は100%じゃなく、人が死なない程度の電気しか浴びせてない。
ハンターがハンターを殺すのは重罪。いや、人は人を殺してはいけない。だが、こいつは自らを人ではないと言った。なら、遠慮はいらない。パージボルトは、ガントレット内に貯めた電気を放出する機能。ブレードじゃなく、ガントレット全体に電気を纏わせ、斬るよりも早い打撃を繰り出す!
「食らえ、クソ蜘蛛野郎……」
ハグをする姿勢から、そのまま一気に右腕を伸ばして殴る動作へと変え、無防備な殺取の左頬目掛けた雷纏ったストレートパンチが向かう。
100%のパージボルトは、普通にこっちが感電する恐れがある。それに、この一週間の中で早々に壊れるのもごめんだ。それらを加味した現状出せる全力のパージボルト。
「パージボルト30%・雷翔拳!!!」
確実に入ったと思った。その証拠に、目の前にいたはずの殺取の姿はなかった。だがしかし、あまりにも手応えがない。当たった感触すら、そこには無かった。俺の雷翔拳は、空を切っていた。
「残念だったなあ。それは分身よ。」
そう言って、ステージの天井から、背中から生える蜘蛛の足を器用に使い、糸を伝って降りてくる。
「マジっ……!?」
殺取は、ゆっくりと拍手しながら俺に近づく。
「東雲のZONEも使えるのか……」
「もちろんだ。貴様が言ったように、我のZONEは糸で捕縛した相手の特徴を得る。ガロウとか言うのに殴り飛ばされた後、そこの東雲とやらのZONEで分身を生み出し、時間を稼いで体力を回復させてもらった。」
「くっ……つまり、振出しに戻ったってわけか。」
「さあ、どうする?このまま我の慈悲を受け、その一生を傀儡として生き続けるか、それとも子蜘蛛共のエサになるか。星谷とガロウは側近として使ってやらんでもないぞ?」
「はあ?馬鹿言え、誰が人でなしの下に就くかよ。なら、死んだほうがマシだ。」
「その誘い、丁重にお断りするでござるよ。」
「右に同じだ。テメェのような人でなしから、慈悲を受けるとか死んでもごめんだ。」
「そうか、我の慈悲は受けずばかりか、乙女心も傷つけるか……ならば、今度は趣向を変えよう。我自らが貴様らを屠ってやろう!」
殺取は性根が変態だし、松本の星谷大好き特性と冰鞠の特徴である押されると弱い特性が追加されてます。つまりこいつは、作中1のド変態の素質がある。