第90話 蜘蛛が紡ぐは運命の糸
俺たちは、薄暗い階段を登りきり、埃っぽい廊下に出た。足音がコンクリートの壁に反響し、どこか不気味な静寂が漂う。と、その時、床に一枚の紙が落ちているのに気づいた。俺はそれを拾い上げ、目を凝らす。和紙だ。それも、ざらりとした手触りからして、最近作られたものだと分かる。筆ペンで書かれた文字が、力強くもどこか古風な筆跡で綴られていた。
この置き手紙を拝読した方、拙者ら三人は体育館へと向かうでござる。東雲が残したまきびしを導に進むと良い。佐々木より。
「佐々木のやつ、わざわざ書いたのか。しかも、筆ペン使って書いやがる。」
「だが、目指すべき場所はわかった。急ぐぞ。」
「おう」
廊下の先に散らばるまきびしが、まるで誘導灯のように体育館への道を示していた。細かい鉄片が光を反射し、チラチラと目を引く。俺たちはそのまきびしを頼りに、埃と湿気が混じる空気の中を進んだ。
やがて、体育館の重厚な鉄扉が見えてきた。だが、近づくにつれ、異様な気配が立ち呑め肌を刺す。まるで空気が重く、粘つくような感覚だ。俺がこれまで遭遇してきたクリーチャーの中でも、こいつは間違いなく上位に位置する。ゾクリとするような威圧感に、思わず足が止まりそうになる。
「こいつは、強敵な気がするな……」
俺は喉を鳴らし、ガロウと視線を交わした。体育館の外からは、一切の音が聞こえてこない。佐々木たちが中で戦っているのか、それともすでにやられているのか。考えるだけで背筋が冷えるが、立ち止まっている暇はない。体育館には四つの入り口があった。俺たちは一番近くにあった左から二番目の扉に手をかけた。
扉を開けた瞬間、雷鳴のような轟音が耳を劈いた。続いて、金属同士が激しくぶつかり合う鋭い音が響く。視界が開けると、そこには想像を絶する光景が広がっていた。体育館の内部は、まるで蜘蛛の巣に支配された異世界のようだった。天井から床まで、無数の白い糸が張り巡らされ、薄暗い照明に照らされて不気味に輝いている。
そして、ステージの中央に居座る化け物の姿だった。蜘蛛の身体に女性の上半身。正確に言えば、股関節から上がくっつき、体全体が白く外骨格に覆われ、上半身には赤紫色の着物を羽織っている。瞳は赤く、蜘蛛のように六つあった。簡単に言い表すのなら、和風アラクネーといったところか。
体育館の端では、佐々木が刀を手に奮戦していた。雷を纏った刃が、和風アラクネーから放たれる弾丸のような鋼色の蜘蛛の糸を次々と切り裂く。
「参る!……これは!?」
接近を試みるも、佐々木の足元に展開された蜘蛛の巣に足を取って動きを封じ、踏み込む隙を与えない。そこに和風アラクネーは、容赦なく糸を射出し、佐々木を追い詰める。
「しまった!?」
佐々木が叫んだ瞬間、鋼色の糸が佐々木に迫る。
「危ねえ!」
ガロウが飛び出し、拳で糸を叩き落とした。俺は機械剣を引き抜き、炎描く居合軌道を使って足元の蜘蛛の巣を焼き、拘束を解除する。
「佐々木!応援隊のご到着だ!」
「星谷殿!ガロウ殿!辱いでごさる!」
「それはいい。それよりも、他の二人は?」
「あそこでござる。」
佐々木が刀で指し示す方向を見ると、亀甲縛り状態の女子たちが蜘蛛の巣に捕えられていた。いや、その、なぜ、亀甲縛りなんだ?もっと効率のいい結び方あっただろ。
「お前らー!大丈夫かー!」
大声で声をかけるも反応が無い。ぐったりとしている。死んでは……なさそうだ。一人だけ頰赤らめて「み、見ないでおくんなし……♡」と甘い声を出しながら胸揺らすミス・ビューティがいる。あの調子なら抵抗ができずに立ち往生してるって見方の方が正しいか。
「佐々木、やつの弱点とかわかるか?」
俺は声を張り上げ、アラクネーに視線を戻す。佐々木は刀を構えたまま、苦しげに答えた。
「拙者、ここまで生き残っているが、見当がつかぬでござる。何せ、攻撃の手数に圧倒されまだやつの懐に行くことができたのが二回しかごさらん。天野殿たちは、遠距離から攻撃を行って確実に削っていたものの、体力が底を尽き、蜘蛛に捕らわれてしまったでござる。」
佐々木でさえ、和風アラクネーに近づくことができないのか。やつのZONEが何かわからない以上、確かに迂闊には懐に入りたく無い。だが、今の俺らには近距離攻撃以外の手段がない……いや、あるぞ!?
「ガロウ、佐々木、俺は援護射撃を行う。お前らはやつの懐に飛び込んでデカいのかませ!」
「心得た!」
「了解!」
ガロウたちが、鉄糸を叩き落としながら和風アラクネーの方へと走っていく。順調に中央まで戻って行くと、天井から四体の蜘蛛が落ちてくる。大きさはアンディーたちが相手をしてくれているものよりデカい。
やはり、あれが親で間違いないらしい。群れというより忠実な僕って感じか。だが、そいつらを野放しにしておくほど、俺もバカじゃ無い。追撃を与えようとする和風アラクネーに銃口向ける。
「食らえオラッ!」
トリガーを引く、白いビームライフの銃口から放たれた赤いレーザーは、一直線に和風アラクネーの右肩に被弾し、被弾した箇所の着物には穴が開き、外骨格が露出する。
「……?」
マジかコイツ、何か当たったか?くらいの反応しかしなかった。やっぱり、弱いよビームライフル。だが、こっちにヘイトが一瞬でも向かった。鉄糸もこっちにも飛ばすようになって、ガロウたちの負担が減っているのが目に見える。このまま、ヘイト管理をしながら立ち回れば...…
「食らえ!もう一発!」
ビームが発射されると突如、体に殴られたような衝撃が走り、俺の体はそれを抑えようと後ろに仰け反る。発射されたビームは、容易に和風アラクネーの外骨格を熱で赤く染めた。
なんだ!?反動!?さっきの射撃では反動なんて無かった……まさかな?
俺は、今度はトリガーを押しっぱなしにして数秒待つ、すると徐々にギュインギュインと明らかに何かを溜めている音を発しながらビームライフルの銃口が赤く光出す。
「デカいの行くぜー!!!」
トリガーから指を離す。溜められていたエネルギーが加算されたビームは、普通に射撃したものより二回りほど太い。そして、そのまま蜘蛛の巣を焼く。
やっぱりそうだ。あの時、俺は状況確認をしていて気づいていなかったが、ビームライフルのトリガーを押しっぱなしにしていた。そして、このビームライフルにはタメ攻撃が存在する!悪かったカウザー先生!これ強いわ!
俺は和風アラクネーの注意を俺に向けながら、鉄糸の弾幕を避け、ガロウたちを取り巻く子蜘蛛を射撃する。このローテーションを繰り返し、確実に蜘蛛共の体力を削っていく。
「模倣剣「居合一閃」」
俺のビームライフルとガロウの攻撃で蜘蛛共を追い込み、佐々木の超高速の居合斬りが、直線上に並んだ蜘蛛たちの頭を跳ね落として仕留める。
「ガロウ殿!今でござる!」
ガロウは、それを見て一気にステージへと向かう。拳に闇を纏わせ、ステージに繋がる蜘蛛の巣の縦糸を走り抜け、軟性を生かして踏み台にして高く飛び上がり、和風アラクネーの正面まで接近する。
「黒条流・一式――」
ガロウの使う黒条流は、ハンターであり武闘家であり父から伝授された黒条家が使う異色の流派...…らしい。教えてもらったことは覚えているが、詳しい修行内容とか、いつ教えてもらったとか覚えてないが、使えるなら使うスタンスの本人にとっては特段に気にしてはいないらしい。
黒条流の最大の特徴。それは、ZONEにも引けを取らないほどの不思議な力だ。おいおい、ガロウが使ってるからそう見えてるんじゃないかって?それは違う。一度、メイにハイウェイオアシスのコンクリ壁を黒条流・一式を使って殴ってもらったんだが、一撃で粉砕していた。あの非力なメイが使ってそれだけの威力が出る黒条流をガロウが使ったらどうなるか……
「破壊!」
黒い闇に包まれたガロウの拳が和風アラクネーの腹に直撃した。次の瞬間、アラクネーの巨体は蜘蛛の巣を突き破り、ステージ奥の壁に激突。体育館全体がその衝撃で揺れ、埃が舞い上がった。
「やったか!?」
ガロウが叫ぶ。だが、その言葉が終わらないうちに、異変が起きた。まだ空中にいるガロウが、突如氷の柱のようなものに弾かれ、ステージから体育館の端まで吹き飛ばされた。
「ぐっ……!」
ガロウが壁に叩きつけられ、呻き声を上げる。
「ガロウ!大丈夫か!?」
俺は慌てて駆け寄ろうとした。
「俺は大丈夫だ……それより、やつの姿を見てみろ。」
ガロウは苦しげに言いながら、ステージを指差した。
「んな!?うそ……だろ?」
俺は目を疑った。
「星谷殿、これは……」
佐々木も言葉を失う。埃が舞い、陽の光に照らされたステージの上に、そいつは立っていた。――人間だ。