第75話 プレゼントと謎のしっぽ
ガマがいなくなった後のこと、星谷世一は体育館へと移動し、自らの体と対面という名の筋トレをしていた。少しの休憩によって冴える頭と、何故か超速回復している自らの肉体を再度痛めつけるように、懸垂と自らに起こった体への考察を同時並行で進める。
「264...…265……266……」
あの時、俺の体に何が起こったんだ?意識を手放して、目覚めた時。俺の体の中から重りのようなものがスゥーッと抜けていったような。感覚がある。感覚といっても、あの感覚は物理的なものじゃなかった。例えるのなら、ミントタブレットを食べて深呼吸して鼻から突き抜ける空気のような感じだ。この感覚がいいものか悪いものかはわからないが、ごちゃごちゃしたものが上手く纏まった達成感のようなものが残り続けてやがる。
「311……312……313……」
それに、神楽坂か言っていた「白亜の恐竜」この言葉にどれほどの意味が籠っていたかわからないが、俺にとって重要な何かであることは事実だ。あの言葉から来た体の拒否反応がそれを物語っている。10年前以前の記憶と関わりがあるのか?
「489……490………491……」
そもそも、なぜ俺には10年前の記憶がない?余程のデカいショックがなきゃ普通は記憶障害にはならない。逆に言えば10年前に相当ショッキングなことが俺の身に起こったんだろう。そのことについて知りたいが、知った直後に精神崩壊起こしそうなのが怖い。
「565……566……567……」
もってきた漫画もあとで読まないとな。一度目を通してから売らないと転売みたいで気が引けるんだよな。ナンデモートは24時間営業だから今からの時間でも行けるか?ってか今何時だ?そろそろ止めるか。
「600.……601……602…….」
優に世界記録を超えた当たりで星谷は懸垂をやめ着地する。
「ふぅ……いい汗かいたぜ。」
そのまま星谷は風呂場へと移動し、脱衣所で服を脱ぎ、風呂場の鏡で自分の裸体を確認する。傷跡だらけの筋肉質な屈強な体がそこにはあった。先の戦いで受けたであろう傷口は既に傷跡へと変わっていた。
「前々からタフネスだと思ってたが、この回復速度はどうなってんのかねえ。」
至る所にある傷を眺めていると一際目立つ傷を見つける。
「心臓辺りの傷、やけに古いって言うのか?というよりも、こんな傷受けたことあったか?」
まるで銃でも受けたかのような丸い傷跡がそこにはあった。興味本位でその傷部分に触れると、なぜか心の奥底がメラメラと燃え上がる。闘志が漲ってくる。
「こんなに傷が新しくできちまったら、またキリエたちに心配されちまうよな……」
俺が無茶しているせいではあるが、キリエたちが俺のことを心配してくれる気持ちは嬉しい。だが、現状心配されてばかりだ。俺があいつらを安心させてやるためには一体何をすればいいんだ?家事洗濯風呂掃除?狩高でいい成績を取る?
違うだろ、星谷世一。お前はハンターを目指してる。じゃあ、なぜハンターを目指した?力ある名の名乗れるハンターを目指す?その動機は何だ?何をもってそこに至ろうと決心ついて、自然界に旅立って火野さんの下で修業させてもらってんだ?
ここまでの間に熟考したことは何度かあったが、はっきり言ってわからない……体に突き動かされて勉強して、自然界に出て、気が付いた時にはここまで来ていた。「力ある名の名乗れるハンターになりたい!」とかいう空っぽの動機でよくここまでこれたな?呆れて笑えて来るぜ。
だが、昔はどうであれ、今の俺には守りたいものがある。あいつらを、この区を、今生きるこの俺の世界を守りたい。今はそう思えてる。
「あいつらが俺を見て安心できるくらいに強く、この世界を守れるほどに強く、だから、俺の今の目標はもっと強くなることだ!」
とりあえず決心が付いた俺はシャワーを浴び、パパッと着替えた後に再び布団に入る。時間的に1時間くらいの仮眠を取ろう。そう思いながら沈みゆく眠気に身を任せる。
体を揺さぶられ、意識が冴え始める。どうやらあの後結構ぐっすり寝てしまったらしく、結構腹が減っている。柔らかいベッドの感触と、ほのかに漂う洗剤の香りが、まだ頭がぼんやりしている中で再び睡眠へと引き戻そうとするが、聞き慣れた声が耳に飛び込み、意識を完全に目覚めさせる。
「ちょっと、起きなさいよ」
キリエの声だ。少し焦ったような、でもどこか楽しげな響きが混じる。キリエの声には、いつも人を引き込む不思議な力がある。素直に従おうと思ったが、ちょっと抵抗してみることにした。
「う、うーん……まだ寝たい……」
目を閉じたまま、わざと声を低くして呟く。シーツを握る手に力を込め、眠気を装うのがちょっと楽しくなってくる。
「渡したい物があるの」
渡したい物? キリエの言葉に一瞬興味が湧くが、眠いふりを続ける誘惑には勝てない。まぶたの裏に心地よい暗闇が広がる中、さらに抵抗を続けてみる。
「後で……」
「ご飯の時間よ?」
「まだ寝る……」
頭から布団をかぶった。ふわっとした布団の感触が顔を覆い、まるで世界から隔離されたような安心感がある。だが、次の瞬間、揺さぶりがぴたりと止まった。ん? 何か様子がおかしい。ベッドがわずかにきしむ音がして、片側に重みが加わる。キリエがベッドに乗ってきたのか?
「起きなさい!」
「痛ったぁぁぁぁ!?!?!?」
突然、脛に鋭い衝撃が走る。思わず叫び声を上げて飛び起きると、目の前には得意げな顔のキリエが立っていた。キリエの足元が、俺の脛を捉えた犯人であることは明らかだ。
「起きたわね」
「蹴る必要はねえだろ! 蹴る必要はよお!」
文句を言いながら、キリエの姿を改めて見る。普段は暗めの服を着ているキリエとは違い、全体的な印象が少し明るくなっている。それに髪を染めたのか?
「あれ、雰囲気変わったか? それにいつもと違う服装だし、髪色もちょっといじったか?」
キリエの目がぱっと輝く。
「おっ、気付いた? 感想は?」
「すごくよく似合ってる。可愛いと思うぞ……何だよ、頬を赤らめやがって。熱でもあるのか?」
「照れてるだけよ。というか、熱じゃないから顔近づけないで恥ずかしいから」
「わりぃわりぃ」
笑いながら少し距離を取る。
「んで、渡したい物ってなんだ? ……まだ誕生日じゃねえぞ?」
キリエは少しもったいぶったように微笑むと、ポケットから何かを取り出す。
「いいから受け取りなさい」
「強引だな。さて、何が出るかな…………半分ハートのペンダント? しかも結構高そうなやつ……お前、まさか盗んだ?」
キリエが目を丸くして、むっとした顔になる。
「そんなわけないでしょ! 貰ったのよ」
「いいのか? お前が貰ったやつなんだろ?」
「じゃーん」
キリエがもう片方の手を広げると、そこにはもう一つ、対になる半分のハートペンダントが現れる。
「もう一つあんのか!」
「ペアルックペンダント。本当は恋人とかに渡すやつなんだけどね。私は、あんたとずっと一緒に居たいし……家族になって一ヵ月記念ってことで私からのプレゼント」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。キリエの真っ直ぐな瞳を見ていると、冗談を言う気にもなれない。
「ありがとな、俺もお前とはずっと一緒に居たいと思ってる……なにそのTポーズ?」
キリエが両腕を広げ、ニヤリと笑う。
「代金のハグ待ち」
「ハグ? まあいいか」
ベッドからゆっくりと起き上がり、キリエに近づく。キリエの背中にそっと両腕を回すと、キリエもまた俺の背中に腕を回してきた。キリエの体温が伝わり、柔らかい髪から漂うシャンプーの香りが鼻をくすぐる。あったけえってのが素直な感想だ。こんな瞬間は意外と悪くない。
「ね、ねえ星谷……」
「ん?」
「これなに……?」
キリエの声が急に小さくなる。キリエの手が私の背中から離れ、何かを探るように動いている。
「これ?」
その瞬間、初めて違和感を覚えた。体が妙に重い。いや、正確には、腰のあたりに何か余計な重さがあるような感覚。お尻の辺りに、まるで腕がもう一本生えたような、奇妙な感触がする。
「キリエ、いったん離れてもいいか?」
「うん……」
そっとハグを解き、キリエから離れる。恐る恐る手を伸ばし、お尻のあたりを触ってみる。
「な、なんじゃこりゃーーーー!?!?!?」
指先に触れたのは、全体的に白っぽく、トカゲのような硬い鱗に覆われたしっぽだった。
「ねえ、星谷。それしっぽよね???」
「これさ、もしかして……」
「もしかして?」
「俺にも遂にZONEが発現したってコトじゃね!?よっしゃぁぁぁぁーーーー!!!!」
別に生やす必要はなかったけど、生やしたかった。
相思相愛の家族だし実質彼女だろ。
主人公がZONEを持ち始めた……ん?これじゃタイトル詐欺じゃね?既出情報だけだとこれタイトル詐欺じゃね?