第69話 人で無しだからこそ
大蝦蟇の蹂躙は、すぐに終わった。
大蝦蟇の生み出す毒は抗体を作るのが非常に難しい。EDEN財団の技術力をもってしても、大蝦蟇の生み出す千変万化の毒の全ての抗体を作ることは不可能。モノノケ及びEDEN財団が製作した人造人間は最低限の抗体しか保有させていなかったが故に蹂躙は、すぐに終わった。しかし、閻魔の検査が終わるには十分の時間は潰せていた。動きを封じられ、首から下が動かなくなったモノノケたちを部屋へと運んだ大蝦蟇は、再びトレーニングルームに戻り、閻魔を待つ。
「ようやっと来よったか……」
「王に向かって無礼であるぞ。身の程を弁えろ。」
「何が王じゃ笑わせんなよ若造。ちいと殺したるから、そのご尊顔貸せや。」
「この俺に向けて「殺す」か。生憎地獄の王たる俺に言うとは、罰当たりにもほどほどしい。貴様は、よっぽど地獄に落ちたいらしいな。」
「貴様やと?先輩には敬語使えや……いや、ええわ。先に貴様を地獄に送ったる。そないすればあんさんが先輩や。このワシに教えてくれや、地獄の景色とやらをなあ……」
「貴様を……」
「お前を……」
「「ぶち殺す!」」
次の瞬間には、トレーニングルームは混沌と化していた。閻魔が初手で放った炎の熱により再現された地形はぐちゃぐちゃとなり、海の隣に草原があってその隣には砂漠があるという天変地異もびっくりなレベルでバグり散らかす。
「(前の火野はんとの戦いはドーピング有りきの戦いやった。せやから火野はんの炎攻撃には耐性があったが今回は違う……火野はんとの戦いを見る限り、あの若造の火力は火野はんと同等と考えてええ。無理に近づいたら焼け死ぬのは必然……だが、ワシは治まらへん。煮えたぎっとんねん。お前という存在を殺しゅうて殺しゅうてたまらへんのや!)」
大蝦蟇は多少の熱に耐えるため、その体の表面を毒でコーティングし、閻魔に殴りかかる。しかし、その拳はいとも容易く受け止められる。
「その程度か雑種。」
「自分が純血とでも言うセリフやな。殺す。」
受け止められた拳を、足を一歩踏み出した勢いでさらに押し込み攻撃を行う。そして弾け飛ぶ衝撃が発動すると今までとは有り得ないレベルの速度で閻魔の体を吹き飛ばされる。そして吹き飛ばされる閻魔を追いかけると、そのまま体の上から握り拳を叩き込み、地面へと叩きつけると下から蹴りつけ空中へと打ち上げる。弾け飛ぶ衝撃の衝撃にまるで跳ねるスーパーボールのように翻弄される閻魔は思うように体を動かせない。
「効かんな。この俺に傷を付けれんから、貴様は雑種なのだ。」
「喋んなや、クソガキ。まずは貴様の下から抜いたる。」
「なら、それをそのまま返してやろう。」
閻魔は、大蝦蟇の攻撃を炎で薙ぎ払い一瞬の隙を作ると、釘抜きとハサミ合わせたような禍々しく燃え盛る赤黒い武器を取り出し、大蝦蟇へと向ける。
「何やその武器は……?」
「まずは地獄の一丁目だ。殺生鬼に殺され、互いに殺し合い、生き返ってまた殺される。これよりここは、等活地獄。」
トレーニングルームのバグり散らかされた地形は一瞬にしてその様を地獄へと変える。マグマが煮えたぎり、冷たい岩肌が露出する。文字通りの地獄がトレーニングルームを本物のそれへと変えた。そして、大蝦蟇の視界に広がるのは大嶽丸と同等の体格の鬼たちだった。
「な、なんやこれは……」
「俺が君臨する地獄。文字通りその一丁目だ。ここに解き放たれた鬼どもは殺生鬼。永遠の殺し合いを行うこの地獄の番人だ。」
「遊ぶつまりはあらへんが、これは少し厄介やな……」
大嶽丸が餓者髑髏のように大量に存在する状況には、流石の大蝦蟇も頭が冷え正気に戻り、冷静に殺生鬼を弾け飛ぶ衝撃を使い距離を保ち、隙を見て毒を打ち込みながら対処していく。閻魔は玉座に座り、大蝦蟇が殺生鬼と対峙するのをポップコーン片手に見物し楽しむ。
「いいぞ雑種、もっと踊れ!」
「貴様ァァァ!!!」
押し寄せる殺生鬼に押し潰されながら大蝦蟇は叫ぶ。その表情は怒りと憎悪に満ち満ち、歪み、そして悔しさから瞳の端に涙が溜まる。他の人造人間には到底辿り着けないであろう境地に至っていることをトレーニングルーム内に設置されたカメラから監視する虚淵の目に映った。
「他の人造人間と比べ基礎スペックが高いのもありますが、想定以上に成長が早いですね。やはり放し飼いが正解でしたか。」
空になった砂糖入れの隣に置かれたコーヒーを口にしながら、虚淵は研究レポートを書き込む。そしていると監視室の扉が開く。
「ご機嫌よう虚淵君。珍しく筆が乗っているな。何か面白いことでもあったのかな?」
そう言い扉から入って来たのは、EDEN財団の白衣に身を包み金色のバッチを付けたアルビノ個体ように白い、成人男性ほどの大きさ孔雀だった。
「真白さん来ていたのですか。珍しいですね、A-Zと人造人間開発の第一人者である貴方がこんな所に何用ですか?」
毒を塗った鋭利な剣のようなねっとりとしながら鋭い声で孔雀真白は話す。
「うんそうね、暇だったから……と言うと嘘になる。行方不明になっていたモノノケが、現状最強の人造人間とバトってるなんて聞いたら、見てみたくね。」
「なるほど、貴方にとっては息子同然。動機は理解しました。」
「研究の成果を目で見て実感できるのは、研究者冥利に尽きるからね。わたしが言うのもあれだが、子供は大切にしなくちゃ。特に自分の子供には。」
「五区で暴虐の限りを尽くし、七区襲撃にも参加した貴方が発するセリフとしては、非常に皮肉が効いてますね。流石は、次期支配者です。」
「わたしは、出来の良い弟の言葉を信じ、脅威となる悪い芽を積んだだけだ。未来とは、一番脅かされてはいけないものだ。そうだろう?それはさておき、どうやら、画面の中はすごく面白くなってるようだぞ。」
「貴様が、ワシのことを雑種やと……ふざけんなや。貴様が、貴様のような擬者が語るなや!!!」
大蝦蟇、いや、ガマはキレた。閻魔の雑種という言葉が、ガマの地雷を踏み抜いた。ガマは自ら生成した毒を再び体内へと取り込むと、肉体は回復し、全身の筋肉が膨れ上がる。そしてガマは、殺生鬼を吹き飛ばし、閻魔の元へと直行する。
「ほう、だが地獄巡りは始まったばかりだ。これよりここは黒縄・針山地獄。」
閻魔への道を遮るように、黒い縄と針山がガマの行く手を阻み、殺生鬼たちがガマを追う。
「邪魔や。」
ガマの髪が伸びる。それはまるでカエルの伸びる舌のように一本に纏まると、それをまるで鞭のようにしならせ、黒縄、針山、殺生鬼を壊しながら、閻魔への道を確保する。
「なぜだ、なぜ俺の攻撃が効かん!?」
それに答えるようにガマは、即座に閻魔の首元を掴み持ち上げる。
「貴様のように、何の努力もせず、生まれ持った能力に頼り切った芯のない攻撃が、ワシに通用するとでも思っとるんか?」
「貴様!この俺を誰だと心得ている!」
「ホンマな舐めた態度やな。まだわかっとらんのか?貴様は、オルキスはんの劣化コピーや。」
ガマは、首を絞めながら閻魔に向かって淡々と話しかける。
「俺が…劣化だと……」
「貴様を最初見た時から、ずっと思っとった。どないな方法で採取をしたかは知らへんがなあ。匂いがするんや、オルキスはんと同じ匂いがな。人造人間は、元となった素体の影響を色濃く受けるんや。そして、一番遺伝されやすいのは体から発せられる匂いや。貴様みたいな存在が、オルキスはんから生まれた事実に吐き気が止まらへん!」
そう言ってガマは、閻魔を壁へと殴り飛ばすと、閻魔は壁へとめり込む。そしてそこに追い討ちをかけるように、閻魔に対してラッシュを行う。
「オルキスはんは、道端でまいっとったワシに声をかけてくれた。ワシのことを思って連れて行ってくれた。ワシをモノやなく、一人の人間として接してくれたんや!」
一発また一発と閻魔の体に拳が叩き込まれる。
「せやのに貴様は!ただひたすらにワシの仲間を蹂躙し、モノノケを無茶苦茶にしおった。挙句の果てに、オルキスはんの能力は劣化し、技術もあらへん傲慢だけのゴミクズときた。」
深く打ち込まれる拳に、閻魔は口答えもできず、ただ口から血が混ざった胃液を吐き出す。
「大口叩く割に合わないほどに弱いなあ、生きるのやめたらどうや?努力を怠り、才能も無い、成長しなければZONEの進化も無い、強い願いもあらへん。生まれながらの完全劣化のお前に生きる価値はあらへん。ワシが殺す、いや処分したる。貴様に対して、人のための言葉を使う必要もあらへん。」
ガマは毒蛙魔槍・周防を取り出し、ボロボロの閻魔の心臓部分に向ける。そして、言葉もなくただ思いっきり槍を突き刺そうと構えると、待ったをかけるように槍が掴まれる。
「ワシの邪魔をするつもりか、虚淵はん。相当な出来損ないを作ったもんやなと、処分してやろうと思ってな……その手を離せや。それとも、こんな不良品でも利用価値があるとでも思っとるんかいな?」
「当たり前です。こうなってしまっては研究の成果が台無しです。」
「研究の成果にしては、酷い有様やな。最新の人造人間が、旧型の人造人間に負けるなんてのお。」
一触即発の雰囲気に、短剣を投げ、真白が割って入る。
「久しぶりだな、大蝦蟇。覚えているか?」
「貴様は、孔雀真白……」
「何だ覚えているじゃないか。大蝦蟇、離してやりなさい。君の言う通り、まだ閻魔は成長途中。君が呆れるのも仕方がない。君は暗殺専用人造人間として運用されていたが、親元の遺伝子が優秀なおかげで成長スピードは他の人造人間の比ではなかった。そこを見込んで私がA-Zをいくつか組み込み君はモノノケの大蝦蟇となった。そうだろう?」
「そうやったな、だが、それがどないするちゅうねん?ワシが、閻魔を殺さないための理由付けにもならへんで?それとも開発者である貴様の言うことを聞けちゅうんか?生憎、今は反抗期や。言うことを聞く気はあらへんで。」
「察しが悪いな、言っただろう。いくつかのA-Zを組み込んだと。君の体には、自爆用のA-Z:Bombを組み込んである。」
「な、なんやと……!?」
「君が下手な行動をすれば、君の中にあるA-Z:Bombを瞬時に爆発させることもできる。君たち人造人間には標準搭載されている機能だ。それに君には、大蝦蟇としての戦闘能力を底上げするために、他のモノノケとは違い、寿命も設けさせてもらっている。」
「ワシに寿命やと……?」
「そうだとも。詳しい資料は、閻魔が暴れた時に研究室と共に燃えカスになってしまったが……君に自爆装置と寿命が搭載されているのは紛れもない事実だ。暗殺を繰り返し、外を知って学習をしてきた君にとって自らの死がどれほど恐ろしいか、そろそろ気付いてきた頃じゃないかな?」
ガマの手が震えだす。それは死というものを宣告された小動物のように、恐怖に打ちひしがれる。初めて実感する死というものに、その場に膝を着いて思考を放棄するほど、ガマの頭は真っ白になる。
「予想通りの反応、よちよち歩きの雛のようだ愛らしい………私は研究に戻るとするから、虚淵君。閻魔の回収は任せる。」
「わかりました。大蝦蟇の方はどうします?」
「放置で構わないよ。目立った外傷もないし、モノノケ内随一の戦闘能力を持つだけある。こんなにも素晴らしい人造人間を作ったやつの顔が見てみたいよ……おっと、私が開発者だったな。どうりでハンサムなわけだ。」
「それを自分で言いますか。」
「脅威は排除、利用できるのなら徹底的に、ボロ雑巾のようにこき使って、最後はゴミ箱に捨てるみたいにポイッ。それが私の政策だよ。」
10歳の上澄み(最強の劣化遺伝子+大量のA-Z+傲慢+慢心+大器晩成型)VS17歳の上澄み(作中最強格の傭兵部隊で一番強い+インチキZONE+対戦相手にご立腹+早熟)
同年生きて実戦詰めば、圧勝レベルではある。それ以上に閻魔の慢心が凄いのだけれども。




