第58話 地獄絵図
風景が突如として変わった。その光景は、苦痛に満ちた悲鳴が鳴り響き、空間は絶えずマグマのように融解したようなドロドロとした赤黒い空に薄い灰煙が舞っている。
「何が、どうなってんだ…!?」
全員がその光景に絶句している。空気が澱んでいるせいか呼吸がしづらい。というか、空間全体に重みがあるような気さえする。そして、グラウンドを照らす役割のグラウンドビームの近くに四人の人影が見えた。
「素晴らしい!何とも美しくも悍ましい光景ですね。ムッシュ虚淵?」
「トレビアンとは言えないでしょう。この光景を見てその言葉が出てくるのは、違和感があります。」
「あの、僕は本当にここにいるべきなのでしょうか…?」
「ムッシュ静寂。あなたの試作品の性能テストも兼ねているのですよ。生のデータを見ないのは研究者として勿体無い事です。」
「ですが、彼に任せるのは…」
「不満なのは理解します。ですが、あなたにとっても、うってつけの人物ではありませんか?」
「それは、まあ…」
「データも取れて、最大の敵である狩人育成機構の生きる伝説、オルキスを始末できる。この機会を逃すわけにはいきません。では、頼みましたよ。閻魔。」
そう言いながら、虚淵は長身で赤い短髪のイケメンの肩に手を置いた。男は黒い髑髏柄の和服の上から体全体に鎧を身に纏っており、それらは左右非対称で複雑かつ、ブースターや武器などが不規則な配置となっている。
「触れるな下郎。だが、許す。静寂と言ったな、貴様の作ったオモチャで遊んできてやろう。光栄に思うがいい。この余が許しを与えたのだ。」
「は、はい。よろしくお願いします。」
「それでよい。」
何を話しているんだ…?いや、こっちに向かってくる!?この状況下、デバイスのおかげで肉体的ダメージは無くとも、全員が疲弊してる。まともに戦えるのは演算処理とか、諸々の補助をして体力を使わなかった非戦闘員ぐらいだ。それでもこちらに歩みを寄せる禍々しい何かに勝てるとか、逃げ切れるとか微塵も思えない。
「お前ら、ここから離れろ。」
「でも先生!」
「無駄死にしたいか!」
「「……」」
「私はハンターを育成しにこの学校で先生として働いている。殺されるための教育をしているんじゃない。生きるための教育を、お前たちにこれからもしていくつもりだ。ここで逃げを選択できないなら、ハンターになれる資格は無い!」
「みんな、引くぞ…」
石田が声を上げた。逆らうやつは俺含めていなかった。俺たちはグラウンドから離れ、校舎近くまで移動し、地獄の入り口から澱んだ火野さんの姿を見守った。
「お喋りは済んだか?それが遺言になるのだ、ありがたく思え。」
「お前、何者だ?」
「余の名前は閻魔。」
「狩人育成機構の関係者じゃないだろ?すぐにここから立ち去れ。」
「断ったらどうする?」
「貴様をこの場で処刑する。」
「ほう、であれば…丁重に断る。」
閻魔は腕を振り上げる
「針山地獄」
その直後、地面から針が飛び出す。それも一つだけではない。二つ、三つ、数えきれないほどの巨大な針が地面を突き破り、山を形成するように火野さんへと伸びていく。
「炎魔王の炎柱」
火野さんは魔王剣を地面へと突き立て、そこから直線状に火柱が向かい、針山を溶かし、打ち消しながら閻魔へと直撃する。だが、直撃を食らった閻魔は、不敵な笑みを浮かべながらその火柱の中からゆっくりとその姿を現した。
「地獄の王たるこの余に、炎など効かん。」
降りかかった灰を掃うと、閻魔はアシンメトリーに備え付けられたブースターを使い、火野さんとの距離を一気に縮めて体に触れる。
「灼熱地獄」
触れた個所から徐々に火が燃え広がり、全身火だるま状態になった火野さんの体が焼かれる。
「ほう、やはり火には完全な耐性を持っているようだな。だが、この痛みに耐えられるか?」
全身に針でも刺されているかのような感覚でも襲われているのか、火野さんの表情が険しい。
「こんなもの…あの時に比べたら屁でもないッ!」
炎を振り払い、魔王剣で切り掛かるも、左腕から右足にかけて備え付けてあるブースターによって加速した閻魔は軽々とその攻撃を避けた後、右腕に装着された剣、盾、銃が一体となった武装による銃撃を行う。
「鎧亜アーマーといったか、中々に面白いが窮屈で仕方がないな。それオルキス、次は貴様から来てみろ!」
「お望み通り、こっちから行くぞ。」
火野さんは、閻魔に劣らないほどの凄まじい速度で魔王剣で斬りかかる。斬撃を受け止めた閻魔の反撃に出るよりも先に蹴りを入れ込み行動を制限したと思えば、巨大な炎の塊を閻魔の周りに配置したかと思うと、それらは爆発し、閻魔のパワードスーツを融解させる。
「ぐっ…小癪な」
「どこを見ている!」
爆発の煙幕の中にいる閻魔に踵落としを入れ、地面に叩きつけると同時に火炎弾を乱れ打ちする。
「黒縄地獄」
「何ッ!?」
叩きつけられた閻魔の左手には黒縄が握られていた。そして、その縄は火野さんの右足を捉えていた。火野さんは、閻魔に引っ張られ空中から地面へと落とされるも、縄を魔王剣で断ち切る。
「随分と威勢だけはいいようだが、ハッキリ言って、お前弱いな。」
その戦い方は、今まで俺たちと戦っていた時のような手加減をしている感じではなかった。まさしく、本来の火野さんの戦い方、いや、狩方なんだろう。
「ほう、なら。何故そこまで息が上がっている?」
火野さんも1時間以上の長期戦は響いているのだろう。目で見て疲れているのがわかる。
「それじゃあ、魔王は魔王らしく、残りは配下に任せるよ。」
火野さんの四方に魔法陣が展開される。攻撃でも行うのかと思ったが、それは違った。その魔法陣をくぐり抜けるように、四体の何かが飛び出してきた。
「さあ、出番だよ。私の四天王たち。」
現れたのは、四天王。見た目から得られる場としては、そこに現れたのは、巨大な体を持つ灰色のドラゴンと、蒼く全身がまるで槍のように刺々しい鱗に覆われた細長い龍。羽が生え、耳が尖っている妖精、そして体が常時燃え続けている空飛ぶ鳳凰だった。
「「オルキス様、どうぞご命令を」」
「バハムート、トリシューラは私と共にヤツを撃つ。フィーネとフェニックスは生徒の保護を頼む。」
「「はっ!」」
命令を受けた四天王はすぐに行動を始めた。フィーネとフェニックスはこちらに向かう。フェニックスはその大きな翼を広げ俺たちを囲い込むと、俺たちの体に降りかかっていた模擬戦での疲労がスッと抜けていく。そして、フィーネは俺たちを守るように透明な壁のようなものを展開する。この一連の不可思議な現象に俺たちは戸惑いを隠せなかった。
「お前ら誰だ!?」
「私は精霊女王のフィーネ。あなたたちを覆っている翼の持ち主は天王フェニックス。私たちは、炎魔王ラヴァル様の四天王よ。」
「ちょ、ちょっと待てや!火野はんのZONEってまだあるんか!?」
「キリエさん。この能力のこと、ご存知ですの?」
「いや、初めて見たわよ…何よこれ馬鹿じゃないの?」
「理解不能:火野先生恐るべし。」
とりあえずは助けてくれた認識で合ってるのだろう。だとしても、戦況がどう動くか。
「ムッシュ静寂。データの方は取れていますか?」
「は、はい。それはもうバッチリ。」
「なら、もう必要はないですね。ムッシュ閻魔、チャンスを逃すのは惜しいですが、引き上げますよ。」
閻魔はその無線を聞いた時激昂しながら返した。
「何?余はまだ物足りん。オルキスを倒すまで、余は帰らん!」
そこに無線で虚淵が話しかけた。
「あなたに元々勝ち目などありませんよ。自分の能力を過大評価しすぎです。あなたは、あなたが思っているほど強くはありません。確かにあなたは、モノノケの中では能力は一番上でしょう。ですが、まだ練度が足りていない。生まれてまだ10年も経っていないあなたの戦闘能力など、オルキスの足元にも及ばない。」
「ちぃ…」
「かと言って、ここであなたを失うのは。研究と計画に大きな支障が出る。」
虚淵と志治矢が閻魔の方へと移動する。
「ここは、私たちも」
「でましょう」
火野真理のZONEには明確な元ネタがあります。