第55話 蹂躙
目の前に炎魔王がいる。いつもと違う火野さんの姿だ。恐らく本気の姿。頭からは鬼、悪魔のような禍々しい二本の黒い角が生え、髪は山吹色に染まり、肩や足、体の節々を覆っていた鎧は顔以外の全身を覆っていた。その鎧は赤黒く、禍々しく、そして神々しい。まさしくファンタジーに出てくるような炎を操る魔王の姿。その圧倒的な威圧感は持っている大剣と同じ、いや、それ以上か……体の震えが止まらない。武者震いと言うやつか?それとも、圧倒的な存在を前に知る恐怖か?なんにせよ、こんなにもブルっちまうほどに体が戦いたくてうずうずするのは、初めてでもない気がする。
「さあ、次は誰が相手をしてくれるんだ?」
火野さんは、俺たちに大剣を向けて挑発する。時間はまだ足りない。ガマが稼いだ時間から考えるに、あと10分。耐えきることはできるのか?
「何をそう震えてる?」
ガロウが俺の肩に手を置き聞いてきた。俺は強気にガロウに返答する。
「武者震いだ。こんなにも凄い火野さんと戦うのが楽しみでしょうがねえ。」
「そんな顔には見えないぞ?」
「……バレた?」
「引きつった笑顔で言われてもな。だが、やる気が消えてるわけじゃねえんだろ?現状戦えるメンバーは、石田、霧島、東雲、巴、龍之介、アンディー、そして、俺とお前だ。三人でやるとして1ペア辺り、5分耐えきればいい話だ。」
「拙者もいるでござるよ。」
存在感を示すように佐々木が声を上げた。
「治療はすんだのか?」
「拙者は軽傷だった故、今は、ガマ殿に回しているでござる。」
「これで九人、三分に減った。現実味が帯びて来たな?」
「ああ、やってやろう。あと一息だ!アンディー、東雲、佐々木、行けるか?」
すぐ側で待機している三人に声をかける。
「ええ、俺ちゃんカップルの間に挟まるの?」
「肉壁にでもなっててください。」
「辛辣ぅ!なんか言ってよ佐々木っち!」
「かっぷる?というのはよくわからんが、せいぜい足を引っ張らんようにするでごさる。」
「あれ?俺ちゃんの居場所ない?」
「アンディー君、頑張って!」
「うぉぉぉん!!俺ちゃん、やっぱり績きゅんのために頑張っちゃうぞー!」
「何故だろう、妙に績がメスっぽく見えるのは気のせいか?」
「まあ、男の娘カテゴリーの人間だからしょうがない。俺はNGだが。」
「意外だな龍之介。お前、結構女食う人間だから節操とかないと思ってたが。」
「俺にだって好みぐらいある。」
戦闘中に俺たちは一体何を話しているんだ?緊張感がなさすぎじゃないか?だが、少し冷静になれたような気がする。
「頼んだぞ。三分粘ったら交代でいい。それ以上は目指さなくとも、しっかり三分稼いで来いよ!」
「ふっ、別に倒してしまっても、構わんのだろう?」
「アンディー殿本気でござるか?」
「身代わりの術で使ってあげるので。勝利には貢献できるようにしてあげます。」
「…じゃ、やりますか。」
アンディーは右手にチェンソーと左手に拳銃を持ち、新作のスイーツを買いにコンビニに行くような感覚の足取りで、火野さんの方へとスキップして行く。その光景は戦場に似合わない。それは、誰しもが思っていた。アンディーのおちゃらけた性格に釣られ、アンディー自身の計画に乗せられていたことを知るのは、そう遅くはなかった。
パァンッ!
銃声が一つ鳴った。その銃声の出所を探そうにも、音が近すぎて正確な位置取りが掴めない。キリコの方に向くも、キリコは未だ演算処理中で動いた形跡はない。その他ここにいる待機組の全員を見ても誰一人として拳銃を抜いていない。もしやと思いアンディーを見る。アンディーが持っていた銃の銃口から白い煙が微かに漏れ出ている。だが、アンディーは決して止まっていない。スキップをした状態からノーモーションで、いや、正確に言えば、スキップの両手を振る動作の中で、銃の標準を火野さんに合わせ発砲した。自然体過ぎて反応速度が上がっている俺でも気が付くことができなかった。しかし、その銃撃は、火野さんの鎧に弾かれる。
「ちぇ、硬すぎんよー」
「ほう…銃撃か、いい選択だ。確かに対人戦闘に置いて、汎用性、殺傷能力が秀でているが、強力なZONEの前ではそれも無力になる場合が多い。」
「だったらチェンソーなんかはどう?」
アンディーは高らかにチェンソーを起動させ、火野さんの鎧を攻撃する。火花が飛び散り、金属通しが擦れる音が響き渡る。
「うっそまじ!?」
「おおマジだ……ふん!」
「待て待て待て待て!うほほーいー!?!?」
「キャッチ!」
「惚れそう」
「やめて」
火野さんの鎧は傷の一つもつかないどころか、チェンソーの歯が負け、刃こぼれしている。そして、火野さんは動き続けているチェンソーの刃を掴み、チェンソーをアンディー諸共放り投げる。それをしっかりと戻さんが回収する。
「普通のチェンソーで傷つくほど、甘い作りではないぞ?」
「隙あり!影縫いの術!」
火野さんの影がその場へと固定される。忍術ってあんなこともできるんだなと感心しながらも、状況が、さらに悪い方へと傾いていることに焦りを感じ始める。
「今よ、佐々木!」
「心得た!模倣剣「燕返し」!」
燕返しが防御をしていていない火野さんにクリーンヒットする。
「その程度か?」
しかし、硬い、硬すぎる。本気を出した火野さんの防御力が異常な程に高い。燕返しの一撃をもってして、ようやく傷つく程度。あの三人の火力だと勝負にならない……
「業火滅却」
三人の足下から魔法陣のようなものが形成されると、そこから天に昇るほどの高さの火柱が出現し、三人の体を焼き、三人は気を失ったかのようにその場に倒れ込む。
「おいおい、マジか!?」
ガロウが目を見開き驚いている。それもそうだ。強化飯というインチキドーピングをして、なお歯が立たないこの状況、驚くを超えて絶望だ。
「おおマジ、一瞬にして三人。三分持たなかったぞ……」
どうする?主力メンバーとして残るのは六人。戦力を分散させれば中途半端な力量で火野さんに返り討ちに合う可能性が高い。かといって火野さんの行動を制限するための泡の在庫は尽きてる。これ以上の時間稼ぎで使える手は……
「石田、霧島、龍之介頼めるか?」
「わかった。二人とも行くぞ!ゴーレム!」
「ミストボディ!」
「おう、龍化!」
石田はゴーレムに、霧島は雲のような巨体に、そして龍之介は東洋の龍の姿となって火野さんたちに向かっていった。龍之介は火野さんに巻きついて動きを封じ、石田と霧島は火野さんを押さえ込むように取り囲む。
「いくら火野さんでもこのままだと圧迫でぶっ倒れるぜ!」
「このまま、押し切れ!」
「これで、どうだ!」
三人の息が合った連携で火野さんを封じ込める。火野さんを封じ込める戦いは練習では想定していた動きだ。巴さんで試し、次にフィジカルが強いガロウで試したところ抜け出せることができなかった程には完成された技だった。そしてその状況が三分ほど続いた。三分ほど続いてしまったと言った方がいい。
「なあ、これ火野さん生きてるのか?」
「流石にないだろ。」
「でも、なんか全然動かねぇし、反応が無いんだよ。」
「それはマズいよ!?すぐに救助を!」
石田が救助しようと動いた次の瞬間。三人の中心から爆発が起き、吹き飛ばされHPがゼロになる。
「星谷、何が起きたんだ!?」
ガロウが俺に質問を投げかける。いや、知りたいのはこっちもだ。何をしたのか、ハッキリと目で捉えることができなかった。見えたことといえば、救助しようと生まれた龍之介の体と体の間から爆発したこと。
「俺もよくわからない。だが、これだけは言える。次は俺たちだ。気合い入れろ。」