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第49話 マジック八極拳

 元々筋骨隆々でパワフルだとは思っていたが、ここまでフィジカルお化けだとは予想だにしなかった。峰本さんの拳はありとあらゆるゲーム的な属性を帯びてやがる。


 現在、峰本さんの拳は燃えている。青い炎が拳を包み込み、その温度を上げていく。燃える拳を見つめ峰本さんは笑みを浮かべ、前方へと大きく拳を突き出す


焱拳翔(ヒケンショウ)


 突き出された拳から直線状に火柱が放射される。


「あっぶね!?」


 回避自体は成功したものの、炎が発する強力な熱に左頬が焼け、文字通り焼けるような痛みが走る。そして尽かさず峰本さんは回避によって離れた間合いから、予備動作なしで一気に飛び込んで来た。その速さは俺が瞬きをし、目を開いた時には既に離していた間合いは詰められていた。


「嘘っ…」


 さらに峰本さんは急激に腰を落として俺の懐に入り込み


寸勁(すんけい)


 俺の腹から全体に渡るような大きな衝撃が走り、左右の打ち下ろしから中段突き、そのまま同じ腕で肘打ちなどの連続攻撃を仕掛けられる。胃液が口から溢れ、俺は地面に膝を着く。息遣いは荒くなり、衝撃で頭がくらくらとして気持ちが悪い。


「どうした?集中できていないぞ?」


 それは確かにそうだった、このスピードはまだ城ヶ崎程に速くはない。だが、技の練度と威力が桁違いすぎる。一発一発が重く苦しい。


「峰本さんがここまで強いと思っていなくてビックリしてたんすよ。」


「それを本番でもやる気か?」


「ッ!」


「本番でそれは命取りになる。相手が想定しない動きを取るのであれば、いつまでも混乱することなく柔軟に対応するのだ。そうでなくては、開始直後に全滅する。それとリスクを恐れるな。制御ができないとあきらめて最初から使わないのは今後の成長を阻害する。もっと欲するんだ、力をな。」


「もっと欲する…?」


「そうだ、ZONEの成長、進化の大部分を担うのは欲する力。つまりは欲望だ。強くなるには鍛錬も必要だろう、だが真に強くなるためにはそれに似合う欲が必要だ。昔、君は私に自分の夢を語っていたな。「力ある名の名乗れるハンターになりたい」と。今の君はどうだ?その夢に欲望に忠実でいるか?」


 ハンターになるために通う狩高は確かに楽しい、でもその楽しさが本来の夢をぼんやりとさせるものであったのは薄々感じていた。まだ一か月も経とうとしていないのに自分の夢が見えなくなっていた。そうだよ、火野さんに何で俺は稽古を付けてもらっていた?強くなるためだろう?


「ありがとうございます、目が覚めました。もっと強欲に行きます!俺は、強くなりたい!」


「よろしい。」


 そう宣言した次の瞬間に俺は右足で地面を思いっきり踏み込み、等速直線運動のようなノーモーション、なんちゃって箭疾歩(せんしっぽ)で峰本さんとの間合いを詰め、腹目掛けて右ストレートを撃ち込む。


「見て盗んだか、だが右ストレートの火力がまだまだ甘い。」


 腹に打ち込んだ右こぶしが離れない。


 もしかして筋肉で止めてんのか!?


 そう思っている束の間、右腕を掴まれ、軽々と振り回されたのちに空中に打ち上げられる。そして峰本さんは空中にいる俺を軽くひと跳びして追い越したと思ったら俺の背中に両手で拳を振り下ろすと、俺は地面に叩きつけられる。


「―――来るっ!」


 俺は追撃を行おうと空中からライダーキックの姿勢でこちらに向かう峰本さんの攻撃をローリング回避した後、腕を使って大きく起き上がって距離を離した。峰本さんが使う八極拳は中国拳法の中でも、極めて近距離で戦うことを旨とした武術流派だ。適切な距離を取りながらカウンターを決める戦法に切り替えるのが無難だろう。だがそれも峰本さんにとっては織り込み積み、ならば…


 俺は目を閉じて深呼吸をする。


 落ち着き、そして集中する。


「(雰囲気が変わった?これが星谷君のZONEか…)」


 星谷の目はまるで自動操縦に入った機械のようなに赤く輝く。そして構えた。その構えは先ほどまで峰本幸太郎が構えていたそれと全く同じであった。呼吸は酷く冷静で、先ほどまでの生きのいい少年とはまるで別人のような気さえ、峰本幸太郎は感じていた。


 そして先に動いたのは星谷だった。先と同様に箭疾歩(せんしっぽ)で距離を詰める。しかし、その挙動は先の箭疾歩(せんしっぽ)と大きく違った。それは間合いを詰め、峰本幸太郎との距離が腕を伸ばし切れないほどの至近距離に近づいた時だった。


「何…!?」


 星谷が超至近距離から放たれる峰本の右拳を、足を前後に開き、前の足のひざを曲げた姿勢で、両足のつま先を外側に大きく開いて横に滑る、イナバウアーの姿勢で箭疾歩(せんしっぽ)加速状態を維持しながら峰本の右半身から抜けていくように回避する。極限まで引き付けられ、とんでもない姿勢での回避に対応が遅れた峰本は咄嗟に背後に振り向くが、峰本の瞳に移ったのは既に攻撃の動作に移っていた星谷の姿だった。


「……!」


 反応が遅れた峰本であったが、星谷の攻撃はお世辞にも完璧ではなかった。確かに圧倒的な反応速度を誇っているのは事実だが、武術の熟練度はさっき見たものを真似できる程度、そのノウハウを完璧に理解しているわけではない。星谷の攻撃のほとんどは峰本に見事に受け流される。


「なるほど、凄まじい反応の良さだ。だが、練度も火力も全くと言っていいほど足りんな。」


 星谷の攻撃を的確に捌きながら、峰本は星谷を観察し始める。


「(制御できていないという割には戦闘能力が飛躍的に上昇しているな、制御といっても今の星谷が制御できていないところは、この状態での自分の思考とこの状態の自由な解除と言ったところか…)」


 そこから数分経過した後、峰本は隙を見計らい、星谷の首に手刀を入れる。星谷はその場に崩れ落ちそれを峰本はキャッチする。


「無表情だと思っていたが、戦闘が長引くほどに顔色が悪くなっている、糖分不足だろうな。行きつけの喫茶店にでも連れて行くか。あそこなら糖分摂取もできるだろう。」






 甘い匂いが鼻孔をくすぐり目が覚めた。目の前には大量に並べられたケーキやパフェ、シロノワールなどのデザートと湯気立つコーヒー。向かい側にはそれらを笑顔でむしゃむしゃと頬張る、解けた顔の峰本さんがいた。


「目覚めたか、気分はどうだ?」


「ん、まあ、峰本さんにボコボコにされたことは覚えてる。」


「記憶の方も正常か、それはそうと…食うか?」


「食います!」


「よろしい。なら早く糖分を摂取しろ、私の奢りだ遠慮はいらん。」


 俺は糖分摂取という名目の下、テーブルの上に広げられたデザートに貪りつく。凄まじい速度でデザートを掻き込む俺に峰本さんは追加注文をしながら話しかける。


「集中状態に入ることで、反応速度を飛躍的に上昇させることができるというのが、現状の星谷君の能力なのだろう。そこへの切り替えは自分から行えたか?」


「まあ、あの時はできたけど。そこからの制御は全然できない。」


「そこで、私から渡したいものがある。」


 そう言いながら峰本さんは一本の缶ジュース?を取り出し、俺に手渡した。


「何だ?このデザイン?まるで錬金術で使いそうなガラス瓶のような見た目の缶だ。容量は500mlっぽいけど、これは?」


「これの名は、エリクサー。」


「エリクサー?」


「当初は、ハンターの夜勤勤務のために開発さたが、売れ行きがよかったため一般販売も開始することとなった。ユナイトボトラーズ社が誇る、最強のエナジードリンクだ。」


「最強のエナジードリンク…」


「そうだとも、私も一度服用しても他のだが。効果は保証できる。健康には悪いが、育ち盛り、日々トレーニングに勤しむ人間なら遺憾なく効果を発揮する。寝ようと思わない限り身体は起き続け、寝たいと思った瞬間に眠りつける。従来のエナジードリンクを遥かに超えた性能だ。」


「でもなんで俺にこれを?」


「集中の真逆はリラックスだ。このエリクサーであれば瞬時にオンからオフへと切り替えることができる。その効果を応用できないかと思ってね。」


「ふーん、まあ、家で試してみるよ。」


「そうするといい。」

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