第25話 揺らぐ心、オオカミは牙を立てる。
「黒条冥って今日来てますか?」
「黒条さんは今日欠席ですよ」
「そうですか…ありがとうございます」
この日、ガロウは学校には現れなかった。昼休みになってメイのクラスに行ってみたが今日は欠席になっていた。風邪でも引いたんだろうか?いや、ガロウやメイに限ってそんなことは無いということは言うまでもないほどに理解はしている。メイの小さな友達たちはその気になればウイルスや細菌系の病気は完治ができるほどに強力なZONE。
だから可能性としてあるのが事故。
あのガロウが悔しがることと言ったら何があるか。それはきっと家族に不幸が起きた時だろう。それは容易に想像つくことだ。どこまでも兄妹思いで面倒見が良い男であるガロウの家族は、あいつにとって心の支え、生きる希望のようなもの。もし仮に事故にあっているとするなら、恐らくはメイが何かに巻き込まれた。そうに違いない。
時間は流れ、下校時間。一人昇降口に向かい、下駄箱を開ける。
「これは?」
開けた瞬間に紙きれ一つが足下へと落ちる。多少端々が折れ曲がり、赤く滲んでいる。折りたたまれた紙を広げて内容を確認する。
手紙
この手紙を受け取った者は、今日(4/5)の18時に自然界。旧大府市「メディアス体育館おおぶ」まで武器を持ち向かうこと。この手紙を無視し、指時刻内に指定場所に訪れなかった場合、またこの手紙の内容を他者に見せ、複数人で指定場所に向かった場合。即座に黒条冥を処分します。
「もしかしてガロウは…」
いや、こんなことを考えるくらいなら今すぐ家に!
俺は急いで昇降口を飛び出し、家へと向かう。幸いにも火野さんは今日会議があるとかで帰りは遅いはず。ガマやキリエには置手紙を置いて行こう。後を付けられたりしたら面倒だ、というか不味い。最悪の場合、メイが死ぬことになる!
「あっ、星谷はん!どこ行くんや?」
昇降口前から左右の建物の端まで伸びる花壇に水やりをしているガマに話しかけられる。ガマが今秋一緒に帰れなかった理由がこの馬鹿長い花壇への水やりなのだが、ここでも邪魔してくるか。
「龍之介たちと遊ぶ約束してるから、早めに帰る!!」
「そうか、気い付けてなー!」
ガマはそう声を掛けて、走り去っていく星谷の顔を見る。
「何が友達と遊ぶじゃ…アホか、顔に出すぎやで星谷はん。こういうのは上手く隠すのが定石やってのに、ホンマ世話の焼けるヤツや…」
俺は家に帰り準備を始めた。機械剣とその鞘に収納した鎖を一度取り出し、素早く動作チェックを行い、最低限の荷物を持って家を出る。向かう場所は自然界。ここから直線距離で大体6㎞前後くらい離れている。急いで向かわなければ間に合わない。
七区の岩壁に沿って全力疾走でメディアス体育館おおぶへと向かった。ここまでの道中に絡んできたクリーチャーはいなかったのもあるのだろうが、日々走り込みなどをしている成果もあり案外早めに目的地まで着いた。時刻は17時30分。
「結構広いな…」
メディアス体育館おおぶは巨大な体育館とそれに隣接した横根グラウンドを合わせた総称だ。体育館は第三次世界大戦前では各種室内競技の練習や大会の会場として使用されるが、とりわけ大府市が力をいれるバドミントン競技の会場として使用されることが多くかったらしい。グラウンドはサッカー、野球の試合が出来そうなくらい広いスペースが二面ほどある。
だがこれらも自然に覆われ、かつての姿は微塵も想像ができない。体育館の外観は蔓などで覆われ、グラウンドには木々が生い茂っている。建物の前にある駐車場まで歩き再び紙を見る。
「紙に書いてあるのってここだけど、どこ集合だ?これ?」
おいおい、まさか全部しらみつぶしに探せっていうのか?それとも向こうから声がかけられるのか?
建物の中を散策しようと動き出したその時、アナウンスがかかる。
『ようこそ、星谷世一君。』
「てめえか!メイを攫わったやつは!言え!ガロウとメイはどこだ!!」
『お生憎様、私は上級職員から派遣された来た下級職員。なので攫うように命じた本人ではない。では、本題に入りましょう。星谷君、あなたにはガロウ君と殺し合いをしてもらいます。』
「友達と殺し合いしろって言うのか。何の目的でそんなことをさせる!?」
『無論、手加減をしていると判断した場合。即座に黒条冥を処分します。』
「勝手に話を進めんじゃねえ!」
『では、すぐに死んでもらわないように。健闘を祈ります。』
「こら!話を聞きやがれ!!」
アナウンスは途切れ、途切れた音が、夕焼けのオレンジ色に照らされた樹海と化した町の中を木霊する。そして体育館の入り口から人影が現れる。
「よお、ガロウ。本当にやるってのか?」
「俺は本気だぞ、星谷。」
あの目、まるで猛獣が獲物に向ける捕食者の目だ。鋭く、それでいて後ろにいる家族を守ろうとする母オオカミのような優しい眼差し。
「覚悟して来てるって訳か。その力でメイの事を助けようとしなかったのか?手から闇のオーラみたいのが駄々洩れだぜ?」
星谷の鋭い挑発にガロウはしかめっ面で指をポキポキと鳴らしながらこちらへと近づく。
「その言葉、今の俺の状況を見て言える言葉か?星谷、お前のことを本気で潰したくなったぜ。」
見事に挑発に乗ったガロウに向けて渾身の悪役顔でニタニタと口角を上げ、さらに挑発を吹っ掛ける。念には念を入れる。そうでなきゃメイが死ぬ。お前もわかってんだろ?
「ああ、そうしなけりゃメイは助からないんだろ?お前とも一度本気で戦ってみたかったからなあ!!殺してみやがれ!!ガロウ!!!」
星谷はガロウに向かって全力で走る
「テメエに言われたかねぇ!!!」
ガロウも同様に手に黒い闇を纏い、全力で星谷に向かって走る。
両者が駐輪場の真ん中で、互いの頬に右ストレートを入れる。そして力と我慢の押し合いに星谷は敗れ、ガロウの右ストレートでぶっ飛ばされ、駐車場に放置され、苔に覆われた廃車に背中から激突し、めり込む。
「痛ぇ…」
車の扉にめり込んだ身体を起こし、右腰の鞘に納められた機械剣に手を添える。
相変わらず馬鹿みたいな怪力だぜ。何ならあのバトルロワイヤルの時より威力が増してやがるのか…?
「相変わらずタフな野郎だ…」
覆った闇を仕舞い、右手をさすりながら起き上がってくる星谷を見つめる。
俺の右ストレートで廃車にめり込んでるはずなのにケロッとしてやがる。タフさだけなら俺が今まで会ってきた中でも段違いか…
互いに距離が離れ、打つ手がなくなる。
先に仕掛けたのはガロウだった。
再びその手に闇を覆わせて、獲物を狙うオオカミのような速さで星谷との間合いを詰めていく。
「甘え!機械剣――」
星谷は右手で鞘の納刀口の金具に刀身を擦り合わせるように機械剣を引き抜く。
「――点火ッ…!!!」
火花が起こる。そして刀身に着火する。その勢いは止まることをせずに空中を舞い、後から斬撃の軌道を描いたかのような炎の弧を描く。
「炎描く居合軌道!」
描かれた炎の弧が燃える斬撃となって直線状に飛んでいく。
ガロウは目の前に飛んでくるそれを、闇を纏った拳で食らって打ち消す。
「何ッ…!?」
打ち消した先、ガロウが見たのは居合の構えを取りながら向かってくる星谷の姿だった。
そして
「第二刃炎描く居合軌道!!!」
左腰に備え付けた鞘から第二の飛ぶ炎の斬撃がガロウへと直撃する。
「しゃらくせぇ!!」
飛ぶ炎の斬撃は確かにガロウの身体へと直撃したが、ガロウはそれを気にも留めず速度をそのままに星谷との間合いを詰め。
「餓える猛者の拳!!」
強烈なラッシュを星谷へと叩き込む。
星谷は機械剣で防御しているが速度、パワー共にガロウに及ばず、ラッシュの最後に繰り出された正拳突きを腹でもろに食らい、後ろによろけ、その場に腹を押さえながら片膝をつく。
「はあ…はあ…流石にキっツイな」
呼吸が荒くなるのは無理もないか。身体が悲鳴を上げてるってのが分かるぜ。それに、ガロウのやつ、何て顔してやがるんだ。殺気なんてこれっぽっちも感じない、何だその弱者を見るような憐みの目は!あいつをもっと本気にさせなきゃ…ガロウのためにも、メイのためにも…!!
膝をつく星谷にガロウは近づいて、ボロボロとなった星谷を見下ろす。
「どうした、息が荒くなってるぞ。」
「へっ…ガロウ、お前がここまで根性なしだとは思わなかったぜ。」
「何?」
「殺す気だってんなら今頃は、止めを刺す段階だろ?まさかとは思うが、ビビってるんじゃないだろうな?」
星谷の言葉がガロウの息を詰まらせる。
「そんなに殺しが怖いか?メイの時もそうだったんだろ?警戒、恐れから行動や思考が鈍って、誘拐されたんだろ?何にも学んでねえな、これじゃあ、メイも死んじまうだろうなあ。」
「星谷…テメエ!!!」
ガロウは星谷の胸ぐらを掴み、上へと体を持ち上げさせる。
「口だけは達者みたいだな。俺が本気じゃないと何故言える…?」
その問いに星谷は答える。
「さっきも言ったとおりだ。怖いんだろ?メイも守れなかった可哀そうな野良犬さんがよお!!」
ガロウはその問いと煽りを聞き終わると、星谷を投げ飛ばす。
星谷は受け身を取り、ガロウの方を見ようとした瞬間。
咆哮が上がる。
「「ウォーーーーーン!!!!」」
黒いデバイスが紫色に発光したかと思うと、闇がガロウの身体を覆う。それは徐々に巨大なオオカミの身体を形成し、溢れ出る禍々しいオーラが、さらにそのオオカミを覆うと、毛並みはたちまち漆黒の鎧のような光沢を帯びる。
そしてその目の奥にあった人間らしいものは消え去った。