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第23話 何より金ッ!

「三番テーブル注文入ったぞ!」


「何やってんだ、そっちじゃね!焼き鳥は七番テーブルだって!」


「ビールのお替り入ったぞ!誰かこれ回れるやついるか?!」


「ぼんじり焼き終わりました!俺、行きます!」


 賑わう店内、騒然とする厨房と忙しなく働き続ける店員。ガロウも振り回されながらも厨房で串ものを焼き、ジョッキにビールを注ぎ、厨房を抜けて配膳し、バイトながらに無尽蔵のスタミナを持つ歯車として店を回していた。


 時間は過ぎ、店は閉店時間。賑わっていた店内は静まり返っていた。ある音と言ったら、バイトたちが皿洗いなどで愚痴をこぼす声と、店内に流れ続けるラジオだけだ。バイトが各々帰り始める。ガロウも家に帰るために路地につながる裏口から店を出る。


「ガロウ君だね」


「誰だお前は?」


 ガロウの目の前に現れたのは、白いスーツの上に白衣を着て、さらに胸には開いた金色の本の真ん中に白いリンゴを模ったようなバッチを着けている黒髪オールバックの男。不気味なまでに常時無表情で、顔はピクリとも動かない。手には銀のアタッシュケースを持っている。


「君、お金に困っているそうじゃないか。」


「それがどうした…」


「毎日バイト漬けで心が廃んでいるのでしょう。これではいけない。生活習慣も乱れ、睡眠不足が後を絶たず、碌に学校にも行けていないと聞きます。どうでしょう?私たちに一つ協力していただくのは…」


「どういうことだ!なぜ俺の名前を知って…」


 男はアタッシュケースを開き中に入っているものをガロウに見せる。


「これは…?」


「生活習慣を整えるために我社が開発したデバイスの初期型、プロトタイプです。その動作確認と使用感を調査するためのバイトをしてみませんか?」


「危ないやつじゃないよな?命の保証はあるのか?」


「もちろんです。被験者第一号として、現在私も着用しています。」


 そう言って左腕の裾をまくり、稼働中のデバイスを着けているのを見せる。


「バイト代は?」


「時給5000円でどうでしょう?」


「いいだろう、乗った。」






 今日学校に行くと珍しくガロウが学校に来ていた。イベント以外ではバイトに明け暮れているやつだから、あいつにとって何か大きなイベントでもあったのだろうか?


「今日はバイトはいいのか?」


「ああ、いいバイトが見つかってな。」


 ガロウは左腕に取り着けられたデバイスらしきものを見せつける。Dr.カウザーがバトルロワイヤルで配布したものとはまた違った形状をしていた。本体は全体的に黒っぽく、画面らしきところは紫色に発光している。


「このデバイスを一日中身に着けていれば、時給5000円入るんだ!!」


 餓えた獣のような目をしていたガロウの目は今や、遊び相手を見つけたシベリアンハスキーのようなキラキラとした目へと変わっている。そんな目をしながら自慢げに話すガロウの姿を見て「よかったな」と言いたくなった。

 しかし、デバイスを着け、データを収集するだけのバイトが時給5000円、日給換算で12万円、月給360万、年収では4320万円。狩人育成機構が提示する労働基準法、第三次世界大戦前の日本と変わらないものではあるが、それでも最大8時間まで。だが、ガロウのそれは労働という言葉には当てはまりはしない、だから24時間着け続けるという暴挙に出ることも可能だ。こんなにガロウにとって都合が良く、美味しすぎる話には裏があるとしか思えない。


「それ本当に大丈夫なやつなのか?裏があるとしか思えないんだが…」


「星谷の言う通り、俺も正直怪しいと思っている。だがな、仮に裏があって実害が出るってんなら、匂いを辿って潰す。それだけだ。」


 非常に説得力なる回答をしてくれた。まあ、ガロウ以上に強いやつらはそうそういない。一人倒されるようなこともないだろう。


 その後、半日ガロウと学校で過ごしたが、特段変わったことは起きなかった。強いて言うならば、ガロウがやけに感情豊かに見えることぐらいだ。

 ガロウの家計は、俺が出会った当初から非常に貧しかった。両親はハンターの仕事で自然界の最前線で戦っているらしく、ここ10年ほど七区には帰ってきてはいない。仕送りは学費などでほとんど消え、家に入るお金はほとんどない。だから、一家の長男であるガロウは妹、弟を養っていかなければならない。

長時間のバイト、七区に住む富裕層、強力なZONE持ちへのカツアゲをしながら日々を凌いでいった。


 ガロウはいつも心の余裕を押しつぶすほどのプレッシャーや不安を感じていたんだと思う。でも、如何にも怪しい高額なバイトによって生まれた金が、ガロウに心の余裕を与えたことで、自らを縛っていた鎖から解き放たれたのだろう。


 昼放課に入り、ガマと弁当を食べていると石田が話しかけてきた。


「星谷君、今日のガロウ君、ちょっと様子がおかしいとは思わないかい?」


「ん?まあ、テンション高いな。」


「もしかして彼、危ない薬でも使っているんじゃ…」


「ガロウに限ってそれはない。そんな変なもんに金を回すより、妹や弟のために金を使ったり、貯金するようなやつだからな。」


「意外と真面目なんやな。ワイも星谷はんの話を聞くまで、石田はんと同じくガロウのことをただの不良少年としか思ってへんかったわ。」


「そういえばガロウ君は?」


「ああ、あいつなら今頃妹と弁当食ってるだろうな。」


「シスコンか?」


「違うって。ガロウの妹、メイの食べる弁当って何日間外で放置され、雑菌まみれになった弁当とか普通に食うことができるんだよ。」


「ホンマかいな!?」


「そ、そんなことできるのか!?」


「メイのZONE:小さな友達たち(ヘルファンガイア)はありとあらゆる菌を操ったり、作ったりすることができるんだよ。だから、肉の生食とか消費期限切れの弁当とか食べても小さな友達たち(ヘルファンガイア)で殺菌した後に乳酸菌とかの善玉菌を追加したりして馬鹿みたいに栄養価の高い飯に早変わりするのよ。俺も昔はよくお世話になったぜ。」


「なんちゅう便利なZONEやな」





 屋上で兄妹が飯を仲良く食いながらメイはガロウに昨日の事を話した。


「お兄ちゃん、私やっぱりその話心配だよ。そんな楽してお金が手に入る話とか、裏があるとしか思えないよ。」


 自身を心配するメイの姿に多少驚きつつも飯を掻き込み、食べ終わり立ち上がるとメイの両肩を掴んで少し腰を落としてガロウは話しかける。


「大丈夫だ。何かあればお兄ちゃんが必ず何とかする。」


 そして肩から手を放し、小指を差し出す。


「絶対だ。」


 大丈夫と元気付けるその姿は、日頃目にする何かに追われ、押しつぶされそうな顔ではなく、自信と安心感に満ち溢れた顔をしていた。


「うん!」


 メイも兄に小指を差し出指切りをした。


「そういえば、昨日辰巳(たつみ)から連絡が来てたんだよな?どうだった?」


「三区で元気に仕事してるって、最近昇進もしたんだって。」


「うぉぉぉ!!よかったーー!!!」


 遠方の三区で働くことになった弟の吉報に心浮かれる


「メイ!今日はうまい飯を食いに行くぞ!!弟の出世祝いだ!!!」


 そんな楽しそうに屋上で騒ぐ二人を遠くの建物から望遠鏡で覗くものが一人。


「どうやら順調に感情が豊かになっているようですね。ですが、まだ足りない。もっと彼には喜び、悲しみ、そして(いか)ってもらわなくては。そうでなければ、成長…いや、進化は起きません。」


 望遠鏡をしまい、角砂糖を10個ほど入れた紅茶を口へと運ぶ。


「やはり、甘い。しかし、体が受け付けるのを拒むことをしなければ、それをまた愉快とも不愉快とも感じませんか…」


 腕に取り着けている稼働中のデバイスを見る。


「装着者の神経から脳に作用し、感情を数倍にも引き出す。このデバイスでさえ、欠如したものまで再生し、倍加させるまでには至りませんか…この場合だと、どのような感情だったか…失望か。」


 無表情で独り言をつぶやいた後にスマホであるところへと電話を掛ける。

 

「EDEN財団、上級職員の虚淵業(うろぶちごう)です。土蜘蛛はいますか?七区に潜入中の子蜘蛛を使いたいのですが。」

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