第2話 濃すぎるメンツの新生活
樹海を歩いている道中、暇つぶしがてらに口笛を吹きながらオルキスの後ろを従って歩いているとオルキスから質問があった。
「星谷、お前の今後の教育方針を考えてるんだが、まだ私はお前のZONEを知らないから教えてくれるか?」
「俺、まだ自分のZONEが何かわかってない。」
「お前ぐらいの年なら、わかってても良いはずなんだが……これは色々試してみる他ないな。」
ZONEとは、一般的には第三次世界大戦後に世界各地で起きた地殻変動と同時期に発生した遺伝子の突然変異だとされている。その発生率は年を重ねるごとに上昇していき、現在では18歳までの発現率が80%を超え、ZONEの発現タイミングは成人年齢(18歳前後)が一般的である。しかし、これはあくまでZONE全体の平均発現率。ZONEの種類や、その能力によってはその発現タイミングは大きく異なるが、二十歳を超えたあたりで、どのZONEの発現率は極端に下がる。
ZONEには幾つかの種類がある。大まかに分けて4つほどある。
一つ目は操作系。火を出す、水を操るといった物質や現象、法則を操る。
二つ目は肉体系。硬くなったり、動物の特徴を有するなど、肉体の性質、特徴が変化する。
三つ目は技能系。剣の腕前や、武器の製作などの特定の技能や技術が大きく長けている。
四つ目は異能系。空間から武器を取り出す、分裂などの上記以外の超常的な能力。
既に俺は18歳。今頃くらいに発現するはずなんだ。ハンターとして仕事をこなすのにZONEが無いと戦力外通告待ったなしだ。だが、まだ発現してないだけで希望はある。そう信じよう。それとさっきの戦い、いや蹂躙?でわかったことだが。おそらく、オルキスのZONEは、火を操る操作系のZONEで間違いはないだろう。便利そうで羨ましい。
「俺のZONEはなんなんだろう。やっぱり、カッコいいやつがいいな!」
「例えば?」
「うーん、一撃必殺!って感じはカッコいいけどつまらなそうだし、図書館のパソコンで見たゴム人間なんかもカッコいいと思うんだよなー。」
「確かに、それは面白いな!」
そんな話をしていると、オルキスは足を止める。
「星谷、着いたぞ。ここが私の家だ。」
「これが、家?」
そこにあったのは七区の大きな壁であった。七区は大きな地殻変動によって形成された大樹の幹のような形状をした50mほどの絶壁の上にある。そのため基本的に七区にはクリーチャーが侵入することは少ないが、たまに自力で登ってきたり、飛行能力を持つクリーチャーが侵入することがある。そんな絶壁と呼ばれる壁の目の前でオルキスは立ち止まっているのだ。
「オルキスさん、もしかしてこれを登るとか言い出さなねぇよな?」
「ん?誰が登ると言った?私たちが行くのは、その中だ。」
「え?中?」
オルキスが絶壁をさすって、何かを見つけたかと思うと、見つけたそれを下げた。すると、壁が徐々に扉のように開いて奥に道が続く。
「おーー!」
なんか凄かったから拍手をしておく。
「こっちだ。」
「は、はい!」
長い通路を進むこと3分、玄関に備え付けられているような家庭的な扉が見えた。
「たっだいまー!」
オルキスが勢いよく扉を開けて帰宅の合図を送ると返事が返って来た。スタスタと左手で壁を伝って歩いてきたのは、俺と同い年くらいの女の子で、黒髪で髪型は片目を隠したミディアムボブ。全体的に暗めな雰囲気だ。
「おかえりなさい、火野さん…………?」
彼女はオルキスを見て一瞬笑顔になったが、俺に気付くと鬼みたいな顔で駆け寄ってきた。そして、いきなり俺の右肩に触れる。
「うおっ!?」
次の瞬間、俺の体が彼女がいた壁の方へ引き寄せられて、ドンッと激突した。手足がまるで接着剤でも塗られたみたいに壁に張り付き、動けない。そして、彼女は俺の右頬のすぐ横の壁に左腕をつけ、右手でナイフを俺の首元に当ててきた。
「あんた、誰?」
鋭い目で睨まれ、思わず息を呑む。
「えっと……」
「何??」
その一言で完全に気圧されて、言葉が出てこねえ。その様子を見て、オルキスが呆れた声で割って入る。
「キリエちゃん、放してやってくれ。この坊主は私の連れだ。」
それを聞くと、キリエはナイフを離し、指を鳴らした。すると、壁にくっついていた俺の体が解放されて、ようやく自由になる。
「ふぅー、ようやく解放された。」
「キリエ、茶を入れてやってくれるか?」
「はい」
キリエは会釈して台所らしき場所へと向かった。
「悪いな星谷。彼女は、衛守桐恵。普段はあんなピリピリするような子じゃないんだが。まあ、座ってくれ。今後のことについて話したい。」
「わかった。」
言われるがままにリビングらしき場所の椅子に腰掛けて話は進む。
「さっきも話したけど、両親とか帰る家もないんだよな?」
「まぁ、はい。」
「そこでだ。お前がいいのなら、ここに住まないか?幸い部屋はまだある。必要となれば、重労働だが、ここは洞窟だからな、部屋の拡張もできる。お前がここで生活する分には困ることはない。」
「いいのか?俺みたいなヤツにこんなにいい待遇をしてもらって……」
「いいんだ。前にも言ったが、お前みたいなヤツが死ぬくらいなら、私が育てて立派なハンターにさせる。それに、さっきの子も私が引き取った子だ。」
「そうだったのか。」
そんな話をしていると、階段から誰かが降りてくる音がした。見ると、緑髪に少し白いメッシュが入ったツイストパーマの男だった。目は細くて、その隙間から赤い眼光がチラリと覗く。チャラそうな雰囲気だ。
「なんや?お客さんかいな?」
「紹介するよ、こいつは蟇野錯牢。さっきの子と同じく私が引き取った子だ。ガマ、こいつは星谷。これから一緒に住む新しい家族だ。」
「ホンマかいな!?ほな、挨拶しとくか。さっきも言っとったが、ワイは蟇野錯牢。よろしゅうな、星谷はん。」
「よろしくお願いするぜ、えっと。先輩?」
「あっははは、おもろいヤツや。先輩やて、キリエも来てみ、おもろいで。」
ガマがそう言うと、茶を持ってキリエが来る。
「私は好きませんね。」
「なんやピリピリしおって。ままええわ、歓迎するで。」
「それじゃあ、お前ら。顔合わせが済んだところで、部屋の案内を頼む。私はちょっと用事があるんでな。」
「了解。ほな着いて来いや、案内したる。キリエはどないする?」
「私は結構です。」
「ホンマ冷たいやっちゃな。家の構造は結構複雑やからな、テキパキ行くで。」
ガマに連れられて家の中を回ったおかげで、大体の構造が把握できた。絶壁の中に作られた家は、アリの巣みたいに部屋がいくつもあった。さっきまでいたリビングやキッチンはもちろん、サウナ付きの風呂、トイレ、さらには体育館なんて呼ばれる場所まである。室温は洞窟のおかげで暑くも寒くもなく、通気口もあって息苦しさもない。快適そのものだ。
「そしてここがお前の部屋な。空き部屋やから寝床はないけど、手入れは欠かさずしとるから安心して過ごしや。」
「手入れしてるって言ってたけど、誰がやってんだ?」
「確か、ここはキリエの担当やったな。」
「そういえば、俺、キリエさんに嫌われてんのかな?」
「うーん、アイツなりの照れ隠しやないかな。あいつは素直になれん性格でな。一度許すと面倒見がいい子なんやけど、初対面や会って数日じゃ心開いてくれへんねん。」
「つまり慣れるまで時間が必要ってことか。」
「せやな。ワイかて最初は仲良かったわけやない。お前みたいなこと思っとったわ。どんくらい前か忘れたけど、今は仲ええ。そのうちアイツも心開いてくれるで。」
全部の部屋を見終わってリビングに戻ると、オルキスが大きな袋を持って帰ってきた。
「おっ、もう戻って来たんかいな、火野はん。」
「火野はん…………?オルキスさんじゃなくて?」
「あっ、もしかして知らへんかったんか?オルキスはハンター名。本名は火野魔利亜や。」
「そうだったのか。」
「んで、この中何が入っとるんや?」
「ああ、星谷を襲ってたイノシシのクリーチャー。今夜はこれ食べようかなって。」
「えぇ!?クリーチャー食べるの!?てか食べれるの!?」
「なんや、ええ反応するやん。そんなに驚きか?」
「いやだって、クリーチャーだぞ!?動物で言う突然変異種だぞ!?食えるだなんて初めて知ったぞ!?」
「確かに、クリーチャーは動物で言う突然変異種だが、元は動物だ。食えない道理はないだろ?」
「そ、そうなのかなぁー??」
「私たちが夕飯を作ってる間、男子諸君は体育館とかで運動してな。」
「「はーい」」
「ガマ、ちょっと頼めるかい?」
「ん?」