第128話 答えは意外と近くにあるもんだ。
天野は星谷と解散した後も運動場で一人ZONEの検証をしていた。だが、そこから見出せるものがなかった。せめてもの生み出せたのは空からの落下物という名前だけ。雲を作っては降らせ、降らせては消す行為を何度繰り返しても確かな手応えは得られず、空を操っているというより空に振り回されている感覚だけが残っていた。
「……違う(何かが、根本的に違う)」
自分だけの在り方を見つけたいはずなのに、能力は自分の意思から半歩ずれた場所で発現しているように感じられ、その違和感が胸の奥に引っかかり続けていた。星谷の言葉を思い出し、天野は運動場を後にして女子部屋へ向かい、扉を開けて巴と冰鞠に声を掛けると、二人を連れて再び運動場へと戻った。
「巴さん、冰鞠さん。二人は、自分の難題と向き合って解決できた強い人です。私も、今自分の中で壁にぶつかってるんです。是非とも、お二人の力を貸して欲しいんです。」
「お手伝いしますよ!……でも、具体的に私達は何をすればいいんですか?」
「私のZONE:空へと祈れに新しい能力ができたんです。ですけど、それがいまいちパッとしない能力で、何かいい使い方などを一緒に模索してほしいんです。」
「うーん、どんなのか見てみない限り判断できないからとりあえずその新しい能力見せてもらえる?」
「はい……空へと祈れ。何か降らせて。」
天野が空へと手を掲げて雲を作る。そしてそこから降って来たのはぴちぴちと跳ねる魚だった。青魚に熱帯魚、深海魚まで色とりどりだ。
「え、魚!?これが能力……?」
「はい。何か空から降ってはいけないものを降らせる。たぶん、それが新しい能力です。」
「また、難しいというか。何と言うか……そうだ天野、私と戦って。」
「巴さんと?」
「能力の使い方なんて、実践の方がよりよく模索できるとは思わない?さあ、構えて。冰鞠ちゃんは、私の次ね。」
巴は構える。そして、その両手に炎を燈す。天野も構え、自身の両脇に雲を作る。数秒の睨み合いの末に、先に動いたのは巴だ。
「ファイアボルト!」
巴はその両手の拳から火炎弾を放つ。天野はそれを見て雲を体の正面に持って行き少し上へと上げると、雲の色が灰に染まり、そこからゲリラ豪雨のような大粒の雨を降らせ、火炎弾へと叩きつけ無力化する。そしてそのまま雲を巴の方へと伸ばす。
「空へと祈れ・空からの落下物!」
巴の上空へと飛ばされた雲の中から、複数の鉄塊が降り注ぐ。
「へえ、こんなこともできるの。フレイムウォール!」
落下してくる鉄塊に対して、巴は炎の屋根で受け止める。だが、炎によって融解して体積を減らしながらもその屋根を突き破って落下する鉄塊に巴は被弾する。
「っ!……結構効くわね。だいぶ痛いわこれ。」
巴は踏み込み、炎を足元から噴き上げて一気に間合いを詰める。熱風が雲を押し流し、天野の視界を揺らす。炎の拳が迫る。天野は咄嗟に雲を身体に巻き付け衝撃を緩和するが、完全には殺しきれず吹き飛ばされ地面を転がる。視界が揺れ、雲が一瞬霧散する。立ち上がろうとするが、巴の炎が再び迫る。防御、回避、落下物。選択肢はあるのに決めきれない。迷いが操作を鈍らせる。
「迷ってるから遅いのよ!」
炎の衝撃で天野は再び膝をつく。雲が散り、青空が露わになる。
「私は……ただ、使い方を模索したくて、自分だけのオンリーワンを見つけたくて……」
巴は炎を消し、静かに言う。
「オンリーワン探してる時点でズレてるのよ」
天野が顔を上げる。
「天野はとっくの昔からオンリーワンでしょ? あんたって存在は最初からあんたしかいない。例え能力が似通ってようが、あなたはあなた。誰かじゃない」
わずかな沈黙の後、さらに言葉が重ねられる。
「自分を見つめるどころか、他人と一緒に見つめてどうすんのよ」
胸の奥に、すとんと何かが落ちる感覚があった。
「……適確な指摘ありがとう。火野先生に似て教育者向いてる。」
「姉さんどちらかって言ったら放任主義だから。私の方が向いてる。じゃあ、次冰鞠ちゃんよろしくね。」
冰鞠は静かに立ち上がり、運動場の中央へと歩み出ると淡く白い息を吐きながら指先に薄い霜をまとわせ、周囲の温度がわずかに下がっていく中で天野を真っ直ぐに見据えた。
「天野さん準備はいいですか?」
天野は小さく頷いて両脇に雲を生み出し、巴の言葉がまだ胸の奥に残る感覚を抱えたままゆっくりと息を整える。
「行けます。空へと祈れ!冰鞠さんにゲリラ豪雨を!」
雲が濃く膨張し灰色へと変わると同時に空気が重く湿り、次の瞬間に雲の底から無数の雨粒が弾丸のような速度で降り注ぎ、一直線に冰鞠へと叩きつけられた。
「効きません!」
しかし、雨粒は冰鞠へ届く直前で一斉に凍り付き、空中で透明な針の群れへと変わり、そのまま静止したかと思うと次の瞬間に軌道を反転して天野へと向かい始めた。
「私に対して水は逆効果ですよ!」
「これなら!」
天野は太陽球を生み出し、当たる寸前の氷を溶かして角を取り被弾を軽減する。だが、冰鞠の攻撃はその程度で緩まなかった。冰鞠は氷で空中に道を作り、そこを滑るように移動しながら天野へと近づき、氷で作った槍を両手に持ち連続攻撃を仕掛ける。
「さあ、突破できますか!この連続攻撃!氷の礫の追撃もしますよ!」
槍による連続攻撃に氷の礫による牽制と追撃。天野のキャパを超えた攻撃の嵐に
「(くっ……考えることが多すぎる。)」
天野は完全に参っていた。思考は追いつかなくなり、太陽、雨、雷、雪。それらの既存の気象現象では対処しきれない物量。不確定要素の多い空からの落下物に賭けるしかなくなりつつあった。しかし、天野はその賭けに踏み出すことができずにいた。天野の頭の中では、未だに父のような大規模な能力の行使を夢に見る。だが、それが自分のアイデンティティの構築の阻害になることも同時に理解していた。尊敬による夢と自己の再構築の板挟みを脱する手段は既に持ち合わせているというのに。
「空へと祈れ!太陽球を複数生成。そのまま殴りつける!」
「それはもう私には通じません!……自分のZONEが受け入れられない、信じられない気持ちはわかります。自分の中の素直な気持ちを偽って私は多くを傷つけた。ですが、この能力があって心の底からよかったと思える時が来るはずです。」
「あって良かったと……」
「それが今か後ろか、そう焦らなくていいんです。焦ったところで、それは自分の足枷になっちゃうと思います!」
「焦らなくていい……(私は何をそんなに急いでいたんだろう)」
冰鞠の言葉は強くもなく鋭くもないのに胸の奥へと静かに沈み込み、天野の思考の奥に張り付いていた焦燥だけをゆっくりと溶かしていき、同時に空を操っているはずなのに空に操られているような感覚の正体が制御しようとし過ぎていることなのだとぼんやりと浮かび上がっていく。
「(私はずっと……雲に命令しようとしていた)」
氷槍が迫る中で天野は太陽球を一つだけ残して他を消し、最低限の熱で槍を逸らしながら距離を取ると視線を上空へ向け、そこに浮かぶ雲を操作する対象ではなくそこにあるものとして認識し直すように呼吸を整え、思考を止めようとするほど逆に雑念が浮かび上がる中で自分の内側に残っていたただ一つの感覚だけを掬い上げる。
「……空へと祈れ・空からの落下物」
その声にはこれまでのような命令の硬さがなく、ただ空に語りかけるような柔らかさが滲み、雲は大きく膨らむことも色を変えることもなく淡く光を帯びながら静かに揺らめき始め、冰鞠はその変化を見逃さず足元の氷を滑らせて間合いを詰めながら指先を掲げ周囲の湿度を瞬時に奪い去る。
「凍結します!」
だが雲は凍り付かず、その代わりに次の瞬間ぽつりと桃色の半透明な雫が落ち、地面に触れた瞬間に水のように広がることなく空気へと溶けるように桃色の霧のように漂い始め、その一滴が二滴三滴と増えていくにつれて運動場一帯の空気はしっとりとした重みを帯びていく。
「これはただの霧雨じゃない……それに口を開けるとほのかに口の中が甘い綿菓子を食べてるような。」
純粋な霧でも雨でもなく粘性のある透明な粒子として空間に滞留し始め、地面に落ちる前に空気へ絡み付くように漂って視界を歪ませながら周囲一帯を包み込み、冰鞠が発した冷気は空間を凍らせるどころか謎の桃色の霧の層に吸収されて拡散してしまう。
「凍らない……!?」
冰鞠は初めて小さく眉を寄せて足元の氷を広げながら温度をさらに下げるが白く曇るだけで結晶化せず、むしろ粘りを増した空気の層となって視界を覆い、音すらわずかに鈍らせることで天野の位置が感覚的に掴めなくなっていく。
「周りが見えない。天野ちゃんを見失った……」
桃色の霧の層は広がりながらも雨のようには流れず、空間そのものを満たして留まり続けることで温度操作の支配を拒む層となり、冰鞠が氷の感覚を広げて索敵しようとしても空気の粘度が均一化しているせいで境界を捉えられず、初めて天野の気配が完全に途切れる。
一方、桃色の霧の中で天野は目を閉じて立ち尽くしており、雲を動かしている感覚ではなく空気の湿り気や風の流れや温度の揺らぎがそのまま自分の身体の内側に流れ込んでくるような感覚を初めてはっきりと掴み始めていた。
「(空が……近い……違う……空の中に、私がいる……)」
雲を動かそうと意識した瞬間には既に動いており、操作という段階を飛び越えて思う前に反応している状態に入りかけていることを自覚した天野は、その感覚が掴めそうで掴めないまま逃げていくのを必死に追いかけるように呼吸を浅くし、桃色の霧の粒子が自分の肌に触れる感覚すらも外ではなく内として感じ取る。
「いた!そこですね!」
冰鞠はわずかな流れの歪みから位置を特定しようと冷気を一点に集中させるが、その瞬間に桃色の霧の層が緩やかに揺れ、天野の位置が再び曖昧になり、氷の感覚を広げても空間全体が均一に満たされているせいで中心点を掴めない。
「(完全に捕捉できない……空間そのものに紛れているような気配断ち)」
その直後、層の奥で雲がゆっくりと収束し始め、音も風圧もほとんど伴わないまま巨大な塊へと形を変えていき、その質量は鉄塊の落下とも違い、氷塊の形成とも違い、ただ空気が凝縮されたような存在として静かに完成する。
「……来る!」
冰鞠が氷壁を展開しようとした瞬間、甘露の中から突如として巨大な雲の拳が出現し、視認できた時には既に目の前まで迫っており、氷壁を形成する時間すら与えない速度で振り抜かれようとする。
「速い……!」
拳は空気そのものを叩き潰すような質量を帯びて振り下ろされ、天野はその動きに合わせるように身体を前へ踏み込みながら雲と自分の境界が消えかけている感覚に驚きつつも、その瞬間だけは確信に近い手応えを掴みかける。
「(これが……私の……)」
その瞬間、三人のスマホが同時に震え、甲高い電子音が層を突き破るように響き渡る。それはミッション更新の通知だった。雲の拳は振り下ろされる直前で霧散し、桃色の霧は一瞬だけ揺らいだ後に光を失いながらゆっくりと消え始め、視界が晴れていく中で天野は拳を握ったまま立ち尽くし、冰鞠は氷の構えを解きながら静かに息を吐く。
「……途中で終わっちゃいましたね」
「はい……でも」
天野は空を見上げながらわずかに笑い、その胸の奥には確かに掴みかけた感覚だけが熱として残っていた。
「……次は、きっと届きます」
巴と冰鞠の口癖を考えずここまで話を進めてしまった自分を殺したい。
巴の喋り方は、端的で男勝りな感じ。ミニ火野先生。
冰鞠は毒が抜けて性格が純粋無垢な女の子に。ヒマリチャかわいいよヒマリチャ
天野は常時丁寧口調。なんだろう、初期のキリコ味を感じる。
ガロウが出てきたのは裏で1D28のダイス振って決めたからですね。なんだこいつ。
桃色の霧の詳細は、たぶん星谷が見れば一発でわかる。一般的には気象現象にも程遠いものではあるけど。降ったとは言われたものではある。
天野文香ちゃんと天野校長の戦い方の違いを簡単に説明すると前者はジョジョのウェザーリポート、後者はウェザードーパントみたいな感じです。




