第103話 リベンジマッチZOI!
俺とガマはひとまず奴らと距離を取るため、校舎内へと入っていった。幸い後ろから追ってくる連中はいなく、窓際の壁にもたれかかって一息ついていた。古い校舎の廊下は埃っぽく、午後の陽光が差し込む窓ガラスに埃の粒子が舞っていた。外の喧騒が遠く聞こえる中、ようやく少し落ち着ける時間ができた。
「迂闊やった、星谷はんに他校のZONEの説明をするのが頭から抜けとった。伝えとったら、こないなことにはならへんかった。」
ガマの言葉に、俺は首を振った。ガマの顔には珍しく後悔の色が浮かんでいて、普段の陽気な感じが少し影を潜めている。
「いや、ガマは悪くないって。俺こそ先に聞いておくべきだった。それで、現状わかってるZONEってあるのか?」
ガマは少し考えてから、ゆっくりと頷いた。廊下の壁に背を預け、腕を組むその姿は、いつもの軽いノリとは違う、真剣味を帯びていた。
「数には限りがあるな。ワイらもそうやが、クラスメイトや友人は別として、ZONEは基本的に秘匿しとる。他校となると開示するだけで対策される可能性がぐっと上がってまう。それに、基本的にガロウ、神楽坂、城ヶ崎の三強が体育祭とかのイベントで無双しとったからな。披露する出番もあらへん。もっとも、派手な能力やったり、よく使っとるやつとかは別やけど。」
どんなカオスが繰り広げられていたんだろうか、フェンリル人間、超速ヤンキー、貴公子の三つ巴。考えるだけで凄いことになる。
「詰まるところ、ほぼ知らないと」
「そういうことや。ちゃちゃっと説明するやけん、耳の穴かっぽじってよう聞いとけや。」
それからガマは他校のZONEについて話してくれた。信じられないような能力ばかりだったが、それでも能力の全容が知れてないものが大半を占めていた。一度戦ってみない限りはZONEの底が見えないみたいだ。
「だいたいわかった。」
「なら、それでええ。ひとまず、やつらがいた屋上を目指す。それでええな?」
「異論ねぇぜ。」
そう俺たちが歩き出そうとした次の瞬間だった。
――ドンッ!
床が、揺れた。反射的に足を止める。空気が一瞬で張り詰め、埃が舞い上がり、鼻を突く。廊下の古びた窓ガラスがかすかに揺れる。続けて二度、三度と鈍い衝撃音が響く。まるで地鳴りのようだった。校舎全体が微かに震えている気がする。
「……ガマ、今の音、聞こえたか?」
「聞こえへんわけないやろ。重いな、しかも二人分かいな。人間の足音ちゃうでこれ。」
ガマの声が低く沈む。廊下の先、ひび割れた壁の陰に、黒い影がゆらりと立ち上がった。やがて、二つ。
「ウホッ!」
「見つけたZOI!」
見間違えるはずもない。映画を見た帰り道で襲撃してきたブラックアウトの二人、南高の生徒だ。前に城ヶ崎が犀牙と黒石とか言ってたが、おそらくサイ人間の方が犀牙、ゴリラの方が黒石だろう。あの時戦った時より、二人の体は大きくなっているし、体に入った模様から昔のあいつらと違うのが目に見えていた。
「ハッ!あん時感電してポックリ成仏したと思ってたが、まだ生きてやがったか。悪運だけはいいみてぇだな三下ども。俺に負けたのが悔しくて、わざわざリベンジしに来たのか?」
「いいや星谷世一!貴様には感謝しているZOI!」
「あ?どういうことだ?」
「ウッホホ!あの時、お前が流した電気のせいで俺たちは死の縁を彷徨った。だが、俺たちはその死の淵を乗り越えて復活し、ZONEを進化させたウホ!」
「そういうことZOI。今では、ブラックアウトの幹部クラスの強さZOI!星谷世一、今なら貴様なんぞアリを潰すように簡単に捻り潰せるZOI!ダーハハハ!!」
すごい自信たっぷりだな。どこからその自信が湧いて出てくのか知りたいが、こいつらをどう突破するか。機械剣で切ったり磑亜アーマー付属のビームライフルで焼いたりするのは流石に良心が痛む、ここはやはりマンティスガントレットで正面から殴り込むか。
「ガマ、強行突破だ。構ってる時間が惜しい。」
「賛成や!」
「威勢がいいZOI。かかってくるZOI!」
俺はガントレットに蓄えられた電気を一時的に開放。パージボルト10%。通常の打撃に加えて電気ショック並みの追加効果を乗せた拳を握りしめ、廊下を走り出す。そうすると犀牙が前に出て黒石はその後ろでなぜか右腕を回して控えた。
そして、ある程度犀牙との距離が縮まった次の瞬間、異変が起きた。
「な、なんだこれ……?足が、重い……いや、体全体が異様に重くなっている!?」
俺は犀牙に近づくも、一歩進むたびにその重さは増していく。上から押さえ付けられているかのような重圧が俺を襲い、体を前へと進ませない。
「どうしたZOI?そっちから来るんじゃないのかZOI?」
「や、野郎……」
「大丈夫か星谷はん!?今から助けに……重い!?まるで体の全てが鋼鉄でできとるような異様な重さを感じる。だが、ワイのZONEなら動けるはずや……!」
「そうはさせんZOI。黒石、やるZOI。」
「了解ウホ!」
そう言って後ろに控えていた黒石が俺の前に現れると、右ストレートを放った。速度は大したことがない、人並み程度の速度。だが、重圧で足が動かず回避することができない。ヤツらはZONEを進化させたと言った。犀牙のZONEがこの重圧を与えてるのなら、さっきから右腕を回していた黒石の右ストレートにも何かしら意味があるはず、そしてこれをまともに食らうのは嫌な予感がしてならない。
「……ぐぶはっ!?」
右ストレートを食らった星谷の体は中に浮き、ガマの横を通過して廊下の端の壁へと激突していった。
「星谷はん!!(何や!?あの化け物じみた威力のパンチは!?星谷の体を廊下の端から端の壁までぶっ飛ばすやと!?)」
「ふぅ……いいのが入ったウホッ!」
「く、くぅ……」
マンティスガントレットは無事だが……くそっ、ダメだ。まったく力が入らねえ、右腕を持ってかれた。右二の腕と背中の磑亜アーマーは全壊してやがる。殺取戦は多少の被弾なら傷一つつかなかったってのに黒石とかいうやつのパンチは、一体どんな威力をしてがるんだ……
「ウホ、咄嗟に右腕でガードしたか。やはり、反応速度は城ヶ崎さんに引けを取らないウホねえ。だが、その重症でこの2時間を戦え抜けるわけねぇウホ!」
「今助けに行くで!」
「行かせんZOI!」
「弾け飛ぶ衝撃:二重衝撃!」
ガマは足で二重衝撃を放ち、その場を離脱して星谷へと駆け寄った。
「大丈夫かいな……?息はしとるよな……?」
図書館の本で読んだことがある程度の知識だが、試してみるか経皮的電気神経刺激……TENS!
経皮的電気神経刺激、通称:TENSとは、皮膚の表面に電極を貼り、微弱な電気パルスを流すことで痛みを鎮める治療法のことである。痛みの門を閉ざして、脳への悲鳴を封殺し、体内鎮痛剤を強制的に放出させる。腰痛、関節痛、術後の激痛……あらゆる苦悶を電気の奔流で即効粉砕するッ!
マンティスガントレットでパージボルト1%以下の出力を継続的に解放させれば似たような効果が出るはず……よし、痛みが和らいできた。右腕のマンティスガントレットの電気残量的には2時間は持つはず。これで動ける……!
「けほっ!けほっ……ふぅ」
心配するガマを横目に星谷は立ち上がり、犀牙たちを睨みつける。
「なぬっ!?あいつ立ち上がったZOI!?おい、黒石!貴様の右ストレートにはちゃんとZONE:天廻し穿つ賢人の効果は乗ってたのかZOI!?」
「お前こそ、関西弁野郎のZONEで重核を担う犀の重力増加から抜けられてるウホ!」
「ワシのZONEはちゃんと発動しとったZOI!」
「星谷はん、無理せんでええんやぞ。ここはワイが何とかする、せやから休め。」
「やだね、俺は一度売られた喧嘩は……いや、俺が売ったのか?まあとにかく、何かを途中で投げ出すってのは俺は大嫌いなんだよ。」
「そう言うてもな、その右腕で何ができるっちゅうんや?あんさんが付けとった磑亜アーマーの防御力なんとかなったようやが、それだとしても右腕に力が入っとらん。動かせるだけで、力を入れようもんなら激痛が走る状態や。」
「いいや、まだ戦える。右が使えなてもなあ、左腕がまだ残ってんだろうが!それに、やつらまだのZONEを知らない。一発先にでかいの食らったが、ここから巻き返せる材料は揃ってんだからよお!」




