4 ミサちゃん 4歳 けんをふる。
スーパー幼女の片りんが見えてきます。
思い立ったが吉日、一度やると決めてかた周囲の行動は迅速だった。城の空き部屋の掃除が徹底になされ、何かあったときにためのクッション、そして見学者のためのテーブルセットが運びこまれた。ミサが選んだ枝は伐採されたのちに、加工されて程よいグリップと重さの棒きれとなり、従者用のズボンとチョッキがミサのサイズに合わせて仕立て直された。
「ふっふん。」
それらを身に着け誇らしげに鼻を鳴らすミサ。妙に様になっているが、そこはまだ4歳どうしても背伸びしているようにしか見えない姿に、両親含め見守る大人たちは、腹筋と表情筋に力をこめらざるえなかった。
「よし、ミサ、まずは父様の動きをよく見て、真似てみるんだ。」
「はい!」
身体の動きが見やすいように軽装になったベガは、ミサに見えるように部屋の中央にたち木刀を構える。上段、額よりやや上に柄を持ち上げゆるく握る、右足を前に出しながら半身になる。意識せずともできる身体の動きを娘に見せるために一つ一つ意識してゆっくりと見せる。幼子相手とは言え、その動作の一つ一つからは鬼気迫る真剣さを感じられた。
(親ばかですわね。)
ローズはそれを見ながら、あまりに真剣な夫の姿に苦笑する。
「はっ。」
気合とともにおろさる剣、目の前の敵を攻撃する、最も基本的で最も実践的な剣の型であるが、武人と名高いベガする動作は心得のないものにですら感嘆させる優美さも備えていた。
「よし、ミサやってみさない。」
「あい。」
目を輝かせながら父の動きを見ていたミサは、許可をもらった瞬間に飛び跳ねるように棒を構える。
(うん?)
最初に気づいたのはローズであった、ちょうど向き合う位置から見守っていたからこそ、娘の構え方が異常に様になっていることに気づいたのだ。
「はっ。」
そして、剣を振り下ろす動きを見て、その場にいた全員が驚いた。
振りかぶる前の足運び、棒を握る際に力の限り握るのではなくゆるりと握るさじ加減、何より棒の重さと体幹のバランスを合わせて、ぴたりと止まった剣。
「おいおいおい、すごいなミサ。」
感心する父親の言葉に気を良くしたのか、ミサは数度、同じように剣を振るが、熟練の兵士も顔負けの無駄のない動きを体現していた。
「父様のまねー。」
満足したのか、素振りをやめてミサは胸をはってそう宣言した。
「ミサ、ちょっと手を見せて。」
ローズは駆け寄りミサの手をみた。先ほどみたぷにぷにした柔らかい手、やや赤くなっているのは初めての動きに肌が少し傷んだからだろう。
「かあさま、くすぐったい。」
クスクス笑って身をよじるミサにローズは真剣な顔で尋ねる。
「ミサ、こういうことをするのは本当に初めてなの?」
「うん。」
「信じがたいわね。」
ローズはベガを見ながらそう言葉にした。それこそ何度も訓練してこその動きだ。
「いやいやいや、おれも驚いているぞ、こっそり特訓なんてさせてないからな。」
同じ考えに至っていたベガは必死に冤罪を訴える。いくら親ばかでも、さすがにそんなことをさせたことはなかった。
「母様、もっとやっていい?」
「ええ、いいわよ。」
それこそ、わんぱくだが素直なミサは、ダメと言われたことはやらないし、親である自分たちや大人にちゃんと許可をとれるよい子なのである。
「奥様、私が知る限りでもお嬢様があのようなものを振り回すのは初めてでございます。」
「そうね、マリーの言う通りだと私も思うわ。」
テーブルに戻り、マリーからお茶を出されながらローズは落ち着く。そして同時に我が子の才能に浮かれずにはいられなかった。
「あの子は天才だわ。」
ただに一振りで何を言っているのだろうか? 武術の心得のあにマリー以下、数名の使用人たちは聡明は奥方の親ばかにあきれる。しかし、彼らすら納得する事態はすぐにおこるのであった。
飛び跳ねるに身体を回転させながら右腕のバックハンドによる回転切り。
後ろに倒れるようにのけぞらせてから、戻るばねを利用し飛び込むように繰り出された突き。
やや、棒の重さに振り回されつつも、左右に剣をふる連続切り。
楽し気に剣を振り回す姿はあまりにほほえましいが、その一つ一つの動きは、いっぱしの兵士の動きとそん色ないものであった。
「おいおい、今のはボスピンの大上段の動きじゃないか?つま先立ちまでできやがる。」
一連の動きの締めとして出された動き。顔の右側にまっすぐに立てた剣と、つま先で立踏ん張ったあとで、出された動き。それはここにはいない兵士長の得意とする技であり、べガは驚愕していたのだ。
「うんとね、いっぱい見た。」
「まじか、たしかに訓練をよく見に来ていたけど。」
ベガはやれやれと嘆息する。愛娘が自分や、兵士たちの訓練から最適解を理解し再現していたということになる。これを天才と言わずとしてなんというべきか?
「ミサ、お前は天才だ。きっと俺よりも強くなるぞ。」
たまらず我が子を抱き上げ、クルクルと振り回す。まあ、愛する娘に才能があることもそうだが、それ以上に自分のことをこれどもかとみていたとわかればはしゃぎたくもなるだろう。
「・・・納得できない。」
対して母親は、不機嫌そうな顔を隠そうともしなかった。彼女もまた娘の才能を理解していた。だからこそ。
「どうして、私の真似はないのですか?」
一連の動きの中に自分の動きがなかったことに不満を感じていたのだ。
「ミサ、特別に母様の剣も見せてあげますわ。」
そういってドレス姿のまま夫の旦那を無言で奪い取る。
「おいおい、ローズ、さすがに。」
「大丈夫ですわ、それにミサにはこの格好でもできる動きを教えるべきです。」
単なる嫉妬であり、娘に対する見栄でしかない。ただ、そこに無粋か口を挟めるほの胆力ベガにはない。
「いきますわよ。」
「はい!!」
そして、夫と並び領内最強と言われていた母親の剣の冴えはミサに教え込まれることになった。
「わーーい。」
大人の嫉妬とは別に、ミサは無邪気にその出来事に喜んだ。
スポーツや武道の世界では、上級者の動きを見て真似るという見取り稽古なるものがあるそうです。
動きやノウハウを言葉で説明する前に、手本を見せるソルベの教育は実践派。
なお、ボスピンの大上段の動きは、薩摩の侍さんのあれです。