2 ミサちゃん 4歳 ただをこねる。
ぼくとうをほしがる幼女、その真意は?
ミサ・ソルベ、ソルベ領領主夫妻の長子にして、宝とも称される幼女は、絶世の美幼女であった。
母親譲りの絹のような金髪に、父親譲りの灰色の瞳。まるで人形のように美しい赤ん坊時代から、周囲の人間はとりこになっていた。両親を筆頭に多くの家臣が常にそばにおり、語り掛け、その成長を見守ていた。
「ほら、ミサ。父様すごいだろ。」
「きゃーーー。」
国内で最強の武人とも言える父親は、子どもをあやすために剣舞を見せたり、兵たちの訓練所を連れ回し。
「そして、王子さまは、仲間が攻撃魔法で足止めしている間に、その首をはね、王国を平和にしました。」「だーーー。」
父親と同レベルの武勇と才媛と称されたいた母親は、独自解釈でリアリティのあるお話を、読み聞かせたり、解説したりし。
「おや、お嬢様、もしかして地図にご興味が?」
「うーー?」
「はい、此方がお嬢様の住むソルベ領でございます。そしてこちらが、王都で・・・」
「わーーー!!」
領内を取り仕切る筆頭執事は、ミサが少しでも興味を示したものに対して、丁寧に説明したりした。
そんな感じに、周囲から愛され、それでいて貴族として厳しくも育てられた結果。
「ぼくとう、ぼくとう。」
4歳児にして、木刀を欲しいと駄々をこねる、素敵に賢い幼女とかしていたのである。
「お嬢様・・・」
マリーは困惑していた、少々いたずらっ子なところはあってもこれほどにまでごねることは、ミサにお仕えしてから初めてのことであった。もっともこの年頃の子供がわがままを言うことは珍しくもない、マリ―もなんとなく覚えがる。
「このような態度は初めてです。」
「そうだな、おれも初めて見た。」
愛娘の態度に困惑しているのは、ベガもそうであった。
「なあ、ミサ、木刀はまだ少し早いと思うぞ。」
「とうさま、いった。サイズがだめ。」
「うっ。」
実際このやりとりは一週間前にもあったのだ、その際は、ミサにあう木刀がないと言って諭して事なきを得ていたが、この麗しい幼女は一週間かけて自分にちょうどいいサイズの木刀もとい枝を探しあてたのだ。
「だがな。」
「いたああああああああ。」
子供特有の泣き声、それこそ城内に響いたのは、ミサが生まれた直後の数か月だった。なんとなくマリーや、周囲で様子をうかがっていた従者たちは懐かしい思いとともに、自らの主を見た。
「ああ、ごめん、ごめん。」
もっともそこには、子育てに困惑する父親しかいなかったが・・・
「旦那様!」
見かねてマリーは、自らの主に再び声を荒げる。
「相手が子供であっても、約束は約束では?」
「いや、マリー、それはちがう、前に言われたときにだな。」
「お嬢様、できましたら、マリーにもお話いただけますか。」
そして、それは演技だった、自分も同じ相手に怒ってますというフリをして、ミサに寄り添い対話を試みたのである。
「ひ、ひ、ぼくとう、とうさま、おおきいからだめっていった。」
「なるほど、そうだったんですね。」
そっと抱きしめあやしながらマリーは先をうながす。
「おおきい、けがする、くんれんにならないって。」
「うん?」
幼児らしからぬ言葉に思わず言葉を詰まらせるが、ミサはそれには気づかない。
「だから、ミサにあうやつ、もってもいいやつさがしてた。けびんいいっていった。」
「ああ、ケビンにちゃんと確認していたのですね、えらいですねおじょうさま。」
同僚の庭師の名を聞いて、マリーも納得する。おそらくは、父親に言われたことや城内での約束を守りつつ、庭の木を持ち出していいか庭師にわざわざ確認までしていたということであろう。
「しかし。」
根本的なこととして、幼女が長い棒を持ち歩くことを、大人たちが危惧していることに気づいていない。ミサの理屈には根本的な穴があったのだ。
「うーーん、訓練そのものが危ないというべきだったか?」
「いえ、旦那様そういう問題じゃないと思いますが。」
そんなやりとりをしながらも、ミサは賢くも自分の意図が伝わったことを理解したのか、泣き止み、まだ涙にぬれるひとみで二人を見上げた。
「だめ?」
「「うぐ。」」
子供を諭しているはずなのに、言いようもない罪悪感を感じる。それも美しいと評判の領主夫妻の美貌をしっかりと受け継いだ幼女なのである、効果は抜群だ。
「よし、しかたない。」
「旦那様!!」
ころっとほだされそうになった主を、にらみつけながら、マリーはあらためてといだ。
「お嬢様、なぜ、木刀が必要なのですか、ぬいぐるみやお花などでは」
「ううん、ぼくとう。」
ほかに興味をそらそうとしたが、ミサの決意は高かった。
「ミサ、つよくなるの、それで、とうさまも、かあさまも、マリーもみんなをまもるの。とうさまみたいに。」
「「ふああああああ。」」
幼いがゆえの全能感や使命感、そして無邪気な、紡がれた言葉は子どもらしからぬものでもあるし、ソルベ領に育った人間ならば当然持っているべき言葉だった。
「ミサ――――、わかった、木刀をやろう、父様が鍛えてやるからなあああああああ。」
「あっ。」
時すでに遅し、すっかり篭絡された父親はあらゆる前提や心配をかなぐり捨てて、娘にそう叫んでいた。
「わあーーーい。」
先ほどまでの泣き顔はどこへ行ったのか、どこまでも純粋にミサはその場でぴょんぴょんと跳ねるのだった。
まだまだ、ミサさんのわんぱくはとまりません。