プロローグ なに、この神様うさん臭い
正統派乙女ゲーム「オータムドリーム」蝶よ花よと淑女然と育てられたヒロインとヒーローたちが秋の実りのごとく恋が育っていくというコンセプトで作られたゲームだったが、実際はヤンデレ系のヒーローとライバルたちの過激な恋愛劇だった。しかし、メインヒロインであるミサ・ソルベは製作者(神)の予想など無自覚に捻じ曲げ、「もっと強くなりたい」という前世の願いを信念に我が道を行く。
武闘派系お嬢様の脳筋系ラブコメディー
浮上した意識とともに感じた違和感に対して、鏡秋野は即座に身構えた。
うつ伏せの状態から即座に跳ね起き、中腰で構えながら素早く視界を周囲に向けながら拳を握る。
「あれ?」
身に付いた習性とも言える行動をしながらも秋野は、それができた事実に驚いてしまう。
「なんで?」
自分が今いる場所が、明らかに不自然に明るく白い空間であることも、耳が痛い位静かなことにさえ、その事実の前ではかすんでしまう。
「身体が動く?」
そう、秋野の身体がこんなにも思い通りに動くのは一年ぶりだったのだ。
『くく、そう警戒するな、それはちょっとしたおまけだ。』
呆然と自分のコンディションを確認していた秋野は、その声に我に返る。
「ええっと。」
『なるほど・・・逸材だな。』
満足げにうなづくその声は、男の声でもあるようだし、女性のようでもあった。視線を向ければ立っているのは白い巨人だった。3メートル近い背丈に、がっしりとした体つき、それでいて柔軟性も高そうな鍛え抜かれた身体。それらの情報と秋野の今までの経験が即座に飛びのいてさらに距離を取る。
『即座に間合いを図り、警戒する。それ自体は素晴らしい胆力と技量の高さだが、安心しろ危害を加える気はない。』
そういって楽し気に笑う巨人に対して秋野は、自然と脱力してしまう。それでいて半身になっていつでも行動に動けるように体勢は崩していない。
「で、どういう状況なんでしょうか?」
見知らぬ場所に見知らぬ相手、それも夢としか思えないわが身に起きた奇跡。それを知っているのが目の前の巨人であること、それを知らずに入られなかった。
『ふむ、意識の戻る前は思い出せるか?』
はて?と秋野は首をかしげる。そして思い出した。
「半年ぶりの外出許可にウキウキしながら、歩いていたら、目の前で車に轢かれそうな子がいて。」
ゆっくりと暗くなっていく視界と、思い出してしまうのは入院生活などどうでもよくなるほどの痛みと衝撃。それでも身震い程度で済んだのは秋野が秋野たる所以だろう。
『そうだ、オマエは死んだ。』
妙な光加減で巨人の顔は見えない。ただ、その声は楽しんでいるようでも感心しているようでもあった。ああ、これは夢じゃない、きっと死後の世界というやつなんだろうか。そんなどうでもいい考えに対して、秋野は首をふる。
「そうですか。」
それで?とでもいうように巨人を見返す秋野。巨人は驚いたようにその顔を見つめたのち、再び楽し気に笑い出した。
『くく、面白いやつだと思っていたが、あれださながら戦国時代の侍だな。達観できているのはその環境ゆえか、それとも生まれ持った性質か、オマエさんのような奴がたまにでてくるから、あの星の住人は面白い。』
自己満足に笑いこけたあとで巨人は言う。
『ちなみにだが、オマエさんが助けなくても、子どもは助かったぞ。』
(えっ?)
思いがけない言葉にひるみそうになった。というかあまりにも酷な言葉だ。
『だが、子どもは事故が原因で両腕に麻痺が残り、夢である音楽家をあきらめて荒んだ人生を送ったはずだ。』
「じゃあ。」
『そうだ、お前のおかげで子どもは軽傷ですんだ。それにお前の長い闘病の記録をきっかけにお前を蝕んでいた病の画期的な治療法が見つかった。』
「そうなんですか。お医者さんのおかげですね。」
自分の行動に少しばかりの価値があったことに、秋野はほっとする。そして脱力するようにその場にしゃがみこんだ。
「・・・よかった。」
『そうだな、お前の自己犠牲のおかげで、一人の天才的な音楽家の卵の未来と多くの病に苦しむはずだった人間が救われた。わざわざ遺言にした甲斐があったということだ。』
「なにもかもお見通しなんですね。まるで神様です。」
これが死に際の夢でも、死後の世界でもどちらでもよくなっていた。そう、秋野にとって人生とはそういうものだった。
『だが、じつに気に食わない。』
パンと柏手をうち、秋野意識を引き戻しながら巨人は声を荒げる。
『ああ、確かに音楽は人の心をいやすだろう。お前の献身は医学の歴史に名を遺すかもしれない。だが、それが、なんだ、オマエさんが死んでいいということにならんだろう。美談で彩る前にもう少し自分の不幸を嘆く気はないのか?』
「どうなんでしょう?」
困惑しつつも、秋野は考える。
「私はこの一年、病気のせいで家族にすごい迷惑をかけました。それにそれまでも大事に育ててもらいました。それに子どもを守るのはお姉ちゃんなら当然でしょ。」
『度し難い。』
実に献身的な考え、素晴らしく徳の高い考え、高潔、そういった美辞麗句が並びそうな少女の実態に巨人は嫌悪感すら抱いた。
『まあ、いい。話を変えるがね。オマエさんの死はもう変えられない。死を覆すというのは神にも許されない。』
「そうなんですか?」
『ああ、それが大原則のルールだ、やり直しはしない。オマエさんにわかりやすく言えばリセットボタンはないってやつだ。そして、オマエさんが元の世界に触れることはできない。』
そこまで言って巨人は胡坐組んで座りこみ、ぼりぼりと頭を掻きだす。
『ただ、オマエのこれまでの人生の献身に報いるために、次の人生はかなり優遇されることになる。』
そういう巨人の顔は相変わらず見えないが、なぜだろうか、秋野にはそれが嫌がっているようにも見えた。まるで入院生活中にたびたび見ることになった、苦い薬を飲む前の患者のような雰囲気だった。
『ああ、気にするな、これは俺様の性分みたいなもんだ、いや好き嫌いに近いかな、オマエさんの人生には感心もしているし、同情もしよう。そんで次の人生にも幸が多いことを祈っている。』
ブツブツと言う巨人、改めて秋野は考える? これはあれだろうか?入院中になんとなくで読んだ転生ものというやつなんだろうか? と
『いやいや、そういうのはないぞ、ただ転生するオマエさんにちょっとだけお節介をする。チートだとか前世の記憶なんて厄介なものを持ち込ませんよ。』
「そうですか?」
ちょっとウキウキしたことに秋野は恥じ入る。
『クク、ただここで聞いた言葉は、オマエさんの性分を少しは変えられるかもしれん。それだけだ。』
「やだ、この神様、うさん臭い。」
なぜだかおかしくなって秋野は笑い出した。そうだ、あまりにもらしく、あまりにも馬鹿らしい。そう思ったら自分の人生すらどうでもよくなってきた。前世の記憶など重荷でしかないのだ。ただ願うなら。
『そうだ、次の人生は自由に生きるといい。やりたいようにやってみなさい。』
その言葉を最後に巨人の姿は薄れ、そして世界も徐々に溶けていく。
『ちなみに今、一番したいことは?』
「はい、身体を鍛えて、もっと強くなりたいです。」