刹那画廊
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秘密の画廊は 森の中
名画は全て 此処に在り
出迎え紳士 刹那画廊
私は絵画を守る者
先ずは此方へ…扉が開く
東の部屋に 飢え餓狼
獣の絵画は生きている
西の吊戸を 開け候
花魁化粧の 娘が頷く
南に鵺の 絵図が佇む
北には文鳥 作者の名は無い
題を付すなら [獅子と私と]
此処は名画座・刹那画廊
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御花畑に 酔ひしれて
其の葉ひらひら 宙を舞う
刹那と永遠が 手を繋ぎ
文書く鳥をたなびかせれば
此処は名画座・刹那画廊
出迎え紳士は 珈琲を
桜の客には 葡萄酒を
未完の蜜柑の 絵画が笑い
桜に微笑み 着座を促す
木製の椅子が 其処に在る
かほり上品 刹那画廊
彼はぶらっく こーひーを
桜は甘露の ぶどうしゅを
乾杯しやうと 言われれば
てーぶる挟んで 過去詩が回る
東の守りは 青龍に
南は朱雀に 委ねやう
西では白虎が 吠えている
北で玄武が 北斗を抱けば
桜は危険が 無いと知るのだ
東西南北 四神が守れば
穴蔵の底で 詩人が詠う
外では雨が 降り始め
瞬時に大粒 涙雨
嫌嫌ちがふな 喜びの雨
桜文鳥 枝木を握れば
此処は名画座・刹那画廊
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男のぼとむす 其れは黒
男のくつした 其れも黒
男のかほり 其れは苦労
男の視線の 色は紅露
桜の絵画 其れは白
桜の言葉 其れは識
空白余韻の 色は旨魯
重ねた月日 其れは城
燃やす情熱 色は赤
青春時代を 懐かしむのか
彼の地を此の地と繋ぐ垢
守りの土蔵 涙すら赫
智慧の水性 其れは青
件の失策 其れは合音
次なる高みを目指す 足場ぞ
青は転じて 紺となり
紺は転じて 深き碧
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次なる回廊 刹那画廊
紳士の案内 右手の仕草
年頃40(しじゅう)の前,後ろ
深い呼吸の 音聴くならば
凍土の蚯蚓が其処に居る
肩甲骨が綺麗に動く
斜角筋の力は無駄だと
胸鎖の距離こそ肝要也と
喋ったわけでは無いけれど
背中が背中が何かを語る
背中は背中は 嘘つかぬ
其れは半生 語るもの
背中が背中が かほりたつ
言葉の表裏に 知恵の結晶
涙が涙が 流るるは
友の手紙が 暖かいから
涙を涙を 誘うのは
心陽だまる 我が身の血漿
人は背中に 恋をする
言葉仕草に 恋をする
背中は背中は 嘘つかぬ
其れは人生 語るもの
桜の背中を みたまへよ
主の御霊を みたまへよ
背中は背中は 嘘つかぬ
此処は名画座・刹那画廊
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次の扉を開く家老
無数の絵画が 其処にある
何故だか妙に 懐かしく
何故だか妙な 胸さわぎ
此処は名画座・刹那画廊
一つの絵画を 一緒にみやう
一つの絵画を 一緒にみやう
少女がマッチを 摺りつけて
暖炉の灯りが 揺れて輝く
灯る明かりは 群れの宿路
一つの絵画を 一緒にみやう
一つの絵画を 一緒にみやう
ひとのからだを みてみやう
だゔぃんちむらの れおなるど
彼の絵画は 緻密な数学
更に絵画を 一緒にみやう
更に絵画を 一緒にみやう
同じく此れは れおなるど
彼の手稿は 特殊なもので
鏡の文字を使っていたんだ
始まり図形は トライアングル
ようやく此処から 呼吸が始まる
呼吸と愛は ニアリーイコール
密接に絡む ファンダメンタル
其処から始まる タイトルコール
韻を踏むのも不毛な処置か
夕暮れ時は 切なかろう
貴女も私も そうだろう
語り疲れて 羽毛を被れば
此処は名画座・刹那画廊
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次なる扉を 開け候
其処は同座の 最深部
其処に飾るに 相応しい
最後の絵画が 欲しいのだ
適当野郎が 桜に告げる
春待月が やってくる
正月 おせち クリスマス
其れらに興味を 持たない誰か
一日一食 構わぬ誰か
諭吉に興味が湧かない誰か
800以上は身体が鈍る
800以上は精神が太る
800以上は斬り捨て御免
睡眠時間は2で充分だと
平気で死ねるといふ誰か
疲労は残らぬのかと聞く
愚問だなと誰かが答える
真なる美術の力を持てば
彼は無限に動き続ける
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…最後の部屋には何も無い
空白・暇の部屋の中
桜はきっとこう答えるのだ
「此のままでいいのではないかしら」
「在りのままでいいのではないかしら」
「此の空白こそが美しいのではないかしら」
…踵を返して戻る桜に
案内人は声をかけずに
そのまま立ち去るのを見守った
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…桜の手には「若菜集」が握られており
慈しむように其れを眺めていた
「秋は来ぬ」其の一頁に刻まれた
文字の羅列を眺める事こそ最上であると
確信を得た後…桜は同画廊を後にする
…深い深い森に雨が降っている
しんしんといふ音が聞こえる
…大きな傘
男が画廊を出る際に渡してくれたものだ
此れで当座の雨は凌ぐ事が出来るだろう
…振り返ると刹那画廊は無くなっていた
姿も形も無くなっていた 案内人も消えていた
刹那を永遠にする事が 存在価値であったのだ
言葉を永遠にする事が 存在意義であったのだ
2度と交差することの無い運命線…又は
再度交差することとなる点と線…連と綿
…男の指が一部、欠損していた事にはっとする
其の理由を知るのは少々先の話となるのだろう
雨は夜半に雪となる
雪は結晶そして血漿
御身体御自愛くださいな
此処は名画座・刹那画廊
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春の間ひらく 若き声
筆の香りに 蝶が舞う
枝垂桜の 額のなか
少女のまなざし 涙ぐむ
「春はくるくる またきっと」
とある絵札に 添え書きが
振袖ひらり 風に散り
散りて残らぬ 恋ひとつ
夏の回廊 蝉が鳴く
熱き油の 匂い立ち
群青染めた 空の群れ
少年ひとりが 跳ねている
秋の軒先 軋む音
真紅の葡萄 腐りゆく
忘れし恋の しみ模様
古い鏡も 泣き濡れる
和装の女 うなじ濡れ
名を問われても 答えぬが
「これもわたしの 一場面」
まぶたの奥が 焼けていた
冬の回廊 息白く
何も描かれぬ 白の額
椅子がぽつんと ひとつだけ
誰かがそこに 座ってる
足元しんしん 雪詞
誰かが書いた 名前のない詩
それを読まずに 閉じるだけ
吐いた吐息が 読めぬ唄枕
四季のすべてを 巡りおえ
元の千鳥に 帰るとき
最初の春の 桜絵に
芽吹きの名前が 芽吹きの名前が
回廊とは 螺旋なり
終わりはいつも 始まりで
季節も絵画も 同じこと
それを知らずに 皆・巡る
誰の絵でも ありながら
誰の記憶も 重ねない
けれど確かに 胸の奥
静か何か 灯をともす
此処は名画座・刹那画廊
季節と共に 詩が咲く
一枚ずつを 忘れずに
言葉が巡る 四季の間に
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