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二つの世界  作者: Meeka
第三章 後世
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8 イルケーの中心市街地(二)

 翌朝、誰よりも早く目が覚めたルーカスは、部屋に置かれたテーブルにメモを残し、足早に宿を出た。向かった先はシェラートン魔法学校の中央校舎だ。


 中央校舎にキョロキョロしながら入っていったルーカスに、彼は後ろから声をかけた。


「ルーカス、来てくれてありがとう」

「あ、ニコラス。ごめんね、待った?」

「ううん、僕も今来たところだよ」


 ルーカスの横を歩く数名の生徒たちが彼女をまじまじと見ていた。それは、ダランのローブが珍しいと思ったのか、あるいはルーカス自身を見ていたのかは不明だった。


「今日はどうしたの?」

「もっと話したいなと思ったから」

「ありがとう。何か話題はある?」

「ルーカスは何の魔法を専攻しているの?」

「コントロール系魔術よ。ニコラスは?」

「僕もだよ。一緒だね」

「そうね」


 2人は顔を見合わせた。


「じゃあアープで飛び回ったりしているのかい?」

「そんなに使わないかな。結構辛いから」

「確かにそうだね。僕はそんなに魔法をうまく使えないから、アープでほんの少ししか移動できないよ」

「いいんじゃない? 魔法を使うのがうまくてもそうじゃなくても、あなたがあなたでいるのが一番だと思うけど。無闇に背伸びするんじゃなくて」

「……素敵な考え方だね、ルーカス」


 ルーカスは「そう?」と言ったが、媚びるわけでも自分を良いように見せたいわけでもなく、それがルーカス自身の素朴な考えだった。


 2人は中央校舎の中を歩き回っていたが、1周回り出入り口の前に来たということで、前を歩くニコラスに連れられるようにルーカスも中央校舎から出た。


 朝の風が2人の頬を撫でる。空の色は澄んだブルーで、ところどころに浮かんでいる雲が淡い彩を加える。


「ルーカスは、本当に素敵な人だよね」

「そう? 自分ではそう思わないけど」

「自分でそう思わなくても、本当に素敵な人だと思うよ。それでいて綺麗だし」

「ありがとう。あなたも、素敵だと思うわ、……多くの女性から見たら」

「そうかな? ありがとう、嬉しいよ」


 ニコラスは照れていた。ルーカスはその横を普段どおりの顔で歩いていた。歩幅を合わせていたのはルーカスの方だった。




 中央校舎の周りを歩きながらたわいもない話をしていたところ、1周回って入り口に戻ってきた。なんと、そこにはアオイ、ベン、ユーが立っていた。


「ルウ、こんなところにいたのね。それに、ニックまで」

「アオイだね。それに2人も」

「テーブルにメモがあったから、何かと思ったよ」とユー。

「それが、まさか、ニコラスと一緒にいたとはな」と、今度はベンだ。


 ルーカスは、朝のメモに「少し出掛けてきます。昼頃イルケーを出る予定」とだけ書いたのだが、まさか居場所までわかってしまうとは。


「みんな、おはよう」


 ニコラスは昨日と同じように明るく挨拶をした。それに対して、明るくないベンがいち早く答えた。


「それで? ルーカスを連れ回して、何かのスパイか?」

「違うの。ニコラスが話したいって昨日……」

「いや、スパイなんかじゃないよ。たまたまさっき出会ったんだ」


 ルーカスが言おうとしたのを無理矢理止めてニコラスが嘘の事情を話した。


 ベンの横でアオイが目をキラキラさせながらルーカスを見ていたのが、彼女にとって珍しく鬱陶しかった。


「なるほどな。たまたま、ルーカスの朝の散歩コースと、ニコラスの散歩コースが被ったってわけか」

「そうなんだ、偶然だよ」


 ニコラスはさらにルーカスの顔を見て続けた。


「本当、偶然にしては、気が合うよね。まさか、同じ場所を歩いているなんて」

「いや、だから違……」

「ベン、君はルーカスのことが気になっているのかい?」


 またニコラスに止められた。


「俺がどうこうの問題じゃないだろ。勝手に仲間に手出さないでくれ、って話だ」

「そっか、それならよかった、ライバルが1人減って」

「は?」

「ルーカスって人気だと思うんだ。だから、1人でもライバルは少ない方がいいでしょ?」


 ベンはため息をついた。その横でユーが興味なさげにその姿を眺めていた。


「わかったよ、ニコラス。お前の言いたいことはわかった。だから、早くルーカスをこちらに返せ。俺たちはそろそろここを出るんだよ」

「今、僕たち、ちょっと散歩してるんだ。別に奪おうだなんて思っていないからさ」

「なら、ルーカスの仲間として条件がある。俺も行く。ボディーガードとしてな」


 ニコラスはルーカスを見た。彼女は軽いため息をついた。


「あなたたちの好きにして……」


 それから、ルーカスの右手側にはベンが、左手側にはニコラスが歩き、アオイとユーはしばらく宿で待っておく、となった。


「ルウ、終わったら帰ってきてね! 楽しんできて!」


 別れ際アオイにそう言われたが、ルーカスは両隣から圧力を感じており、全く楽しめる気配がなかった。


「ルーカス、そっち側から何かされたらすぐ言えよ」とベン。

「ルーカス、そっち側から何かされたらすぐ言ってね」とニコラス。


「おいおい、真似するなよ。ルーカスは俺の仲間なんだ。お前みたいに素性の知れない人間がそんなこと言うのはお門違いだ」とベン。

「そんな偉そうなこと言って嫌われているのは君の方じゃないか? 君のような人から、僕がルーカスを必ず守るよ」とニコラス。


「守るのは俺だ。お前じゃない」とベン。

「いいや、違うね。僕の方だ」とニコラス。


「それも違……」

「せっかくだし、楽しい話をしましょうよ」


 ルーカスが両手を合わせ、場を壊すようににこやかに話を持ちかけた。


「あ、そうだね、ごめん。ついそっちの男がごちゃごちゃ言うから……」とニコラス。

「そうだな。そっちの男がごちゃごちゃ言うのをやめたらいいんだが……」とベン。


「君の方が黙った方がいいと思うけどね」とニコラス。

「いいや、お前が先に黙った方がいい」とベン。


「君が言い返してこなかったらいいんだよ」とニコラス。

「お前がわざわざ口を開かなければいい」とベン。


「それは違……」

「楽しい話は?」


 ルーカスは完全に呆れていた。そのため、先ほどとは打って変わり、怒ったような声になった。


「あ、ごめん……」と、2人同時だ。

「じゃあ、楽しい話、しよ?」


 ルーカスはまた笑顔に戻った。


 それを機に、ようやく3人は楽しく話すことができた。先ほどまでの2人のライバル争いはどこかに消え去り、和やかな時間が過ぎた。




 だが、それも束の間だった。昼が間近に迫ってきた頃、言い換えれば、ルーカスたちがイルケーの中心市街地を出る予定の時間が迫ってきた頃だった。ようやく宿が見えてきたところで、ニコラスが急にルーカスの左手を掴んで立ち止まった。


「ルーカス、よかったらここに残らないかい?」

「え……、私たちはここを出るけど」

「だよね。なら、僕も一緒に行きたい。ルーカスのそばにずっといたいんだ」

「一緒に行く? 私たちはアールベストに向かっているのよ? あなたには縁もゆかりもないわ」

「まずはその手を離せ」


 ベンはルーカスの後ろから目つきを悪くしてニコラスに言ったが、ニコラスは全くの無視だった。


「それはわかっている。けど、よかったら、ルーカスのそばにずっといたい。できれば、ルーカスたちの用事が終わった後も」


 ルーカスは手を掴まれて少々困惑気味だった。


「えっと……、それはつまり……」

「ルーカスの人柄に惚れたんだ。よかったら、一緒に行かせてくれないかい?」

「待て、まずはその手を離せ」


 またもニコラスはベンの言うことに無視だった。


「……一緒に来ることは止めないわ。けど、私たちの行こうとしている先は、生きるか死ぬかの分かれ道なの」


 ルーカスの言葉に、ニコラスは唾を飲み込んだ。


「たとえば、今、あなたの背後から何者かがあなたを刺し殺す、なんてこともあり得るの。私たちと一緒にいるならば」

「ルーカスたちは、その……追われているのかい?」

「ある意味ね。たった今でも、誰かがこちらを見て目を光らせているかもしれないの。ニコラス、あなたは、それでも来る?」

「つまりだな……」


 ベンがルーカスの右手側からニコラスのいる方向に回り込んできた。そして、突然フィーレの炎をニコラスの目の前に現した。


「これが突然目の前に飛んできても、お前は対処できるか、ってことだ」

「…………」


 ニコラスは驚いて言葉を失っていた。


「ニコラス、あなたを怖がらせたいわけじゃないの。ただ、私たちと一緒に来るということは、そういうことなの。現に、1人は殺された」

「単にルーカスのことを追いかけたくて来るなら、それは命取りだぞ、ってことだ。その覚悟があるのかを聞きたい」


 ベンはフィーレの炎を消してから言った。


「ま、まさか……」


 脈絡のない「まさか」を口にした彼だった。これは、彼が困惑し心が揺らいでいる証拠だった。


「もし、今、怖い、と少しでも思うなら、来ない方がいいわ。私たちだって、怖いから」

「ルーカスがこう言っているから、俺もニコラスが来ることを止めはしない。けど、後になって後悔しないようにその選択をしてほしい」


 2人は言い残し、ルーカスは優しくニコラスの手を解くと、ニコラスに背を向け宿に向かった。すぐに彼女は立ち止って振り返り、「ニコラス、昨日も今日もありがとう。とっても楽しかった」と笑顔で言ったことが、彼の未練となりそうだった。




 宿に近付いたところ、アオイとユーが後ろから現れたことにルーカス、ベンは驚いた。


「どうして後ろから?」とルーカス。

「3人の様子を見てたんだ。ルウがどうするのかなって」

「全部見てたのね……」


「ってことは……」とベンが言い出すと、アオイがベンの方を向いた。


「もちろん、ベンくんがルウを奪われないようにしているところも見たよ」

「そんなこと……」

「本当? なんか、ニックと言い合っていたみたいだけど……」

「……忘れた!」

「ユーくん、見たよね?」

「僕は見たよ」とユー。珍しくベンに反抗的だ。

「ほら、そろそろ行こう!」


 ルーカスが手を叩いて合図したので、3人は謎の言い合いを終え、イルケーを後にすることとなった。


 イルケーの中心市街地から外れると、また広大な草原が広がり、4人はその中の一本道を足早に歩いていた。遠くにシェラートン魔法学校の中央校舎が頭を突き出しているが、それを振り返ることはなかった。


 向かうのは、アールベスト地方。ここからはまだまだ遠い。その過程でどこを通るか、誰と会うか、まだ何もわからないことだらけだ。そして、今の世界が作られた起源を探るため、4人は先を急ぐばかりだった。


 いつもありがとうございます(^ ^)

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