4 犯罪多きイルケーの港 ③
しばらくイルケーの港方面に歩いたところで、前の男が立ち止まった。ちょうど、前世にあったローレンス・マーケットに入ってすぐ右手側だ。後世には小さな小屋が立っている。
「入れ」
男は乱暴に扉を開けると、ルーカスの腕を引っ張ろうとした。
「それは乱暴すぎない?」
ユーが後ろから2人の間に入り込み、男を阻止した。男は鋭く舌打ちをし、ユーを睨みつけた。ユーも負けじと睨み返すとルーカスを先に小屋に入れて後ろに続いた。
ルーカスはわざと足で床を強く叩いた。窓のない真っ暗な小屋の中で音が響き渡る。わずかに下から音が反響してきた。
「地下があるの?」とルーカスは男に尋ねた。
「ああ、そうだ。これから降りる」
小屋で地下に続く階段を隠しているということだ。そして、この手の施設にまともなものはない。
「嫌だと言ったら?」
ルーカスは目が慣れてきたため、わずかにうっすらと見える階段の前で立ち止まった。
「さあな。言ってみたければ言ってみろ、痛い目見るぞ」
男がそう言った直後、突然男の身体が崩れ落ちた。
「テメェ、さっきからふざけてんじゃねえぞ。殺そうと思えば殺せるんだからな」
足をひっかけて男を転かせたのはベンだ。声色から察するに、相当怒っているようだ。今までのこの男の偉そうな態度と傲慢さを考えれば無理もない。
「なんだお前は。お前こそふざけてんじゃねぇぞ」
男は起きあがろうとしたが、ベンがその胸を踏みつけてまた寝かせた。
続けて、両サイドにある蝋燭にフィーレで炎を灯した。小屋の内部は緩やかに照らし出された。
「血気盛んだな。俺たちは、ただここを訪れただけだ。それなのに、その態度はないだろう。カクリスは神様じゃないんだぞ。……調子に乗っていると痛い目見るのはどっちかな」
ベンはそう言い放った。男も何か言葉を発しようとしたが、ベンが胸を本気で踏みつけており声がほとんど出ていなかった。
後ろから手を縛った方が出てきた。
「ちょっと、やめろよ。そっちもやりすぎだろう」
だが、すぐに声が止まった。後ろからアオイが蹴り飛ばしたのだ。男はルーカスとベンの後ろに倒れ込んだ。
「やりすぎなのはどっちだろう」
アオイはそう言いながら、ルーカスの履いているショートブーツよりも踵の高いブーツで男の背中を踏み躙った。男は喚き声を上げている。
ルーカスは男の前にしゃがみ込んだ。
「あなたはマシだったけど」
次に彼女は、ベンの踏みつけている男の方に移動した。
「あなたはさすがに我慢ならないわ」
ルーカスはレッグホルスターからナイフを1本取り出した。
「やめてくれ、命だけは助けてくれ」
男は恐怖に慄き、彼女を見る目は震えていた。
「あら、あなたはさっき、まるで私たちの上の人間になったのかと思うほどに偉そうぶっていたわよね」
「すまない、すまなかったよ。だから、命だけは」
「今更命乞い? 自分の立場が危うくなったら命乞いするタイプ、私は嫌い」
ルーカスはナイフを振り上げた。
「おい、本当にやめてくれ。悪かったよ。本当に悪かった」
男の言うことに構わず、ルーカスは勢いよくナイフを振り下ろした。
男は気を失った。だが、ナイフの刃は男の頭の横だ。わざと刺さなかったのだ。
「簡単に人を殺すのは、もっと嫌いなの」
彼女はそう言ってナイフをレッグホルスターに戻した。
ベンは男の胸から足を退かせた。
「そっちはどうするんだ?」
彼がアオイの方を向くと、彼女は男の背中から足を退かせた。
「この下には何があるの?」とアオイ。
「俺たちの寝床だ」
「どうして僕たちをそこに連れて行こうとしたの? 君たちの寝床だけじゃないってこと?」と、今度はユーだ。
「……寝床はあるが、もう1つ部屋がある」
「それは?」
「尋問室だ」
「そこに僕たちを連れて行き、尋問して、場合によっては拷問しようとしたと?」
「そこまでは考えていなかった。ただ、尋問するだけだと思っていた」
「なるほど。……あなたたちの他にここに誰かいる?」
次はルーカスだ。
「いない。俺たち2人と、さっきまで一緒にいたアイツの、3人だけだ」
「彼はどこに行ったの?」
「他の部隊に連絡して、きっとまだ現場に残っていると思う」
「なら、ここに戻ってこないようにして」
「……それは無理だ。用が済んだら戻ってくる」
「次は流血かしら」と言い、彼女は再びナイフに触れた。
「わかった。ちょっと待ってくれ」
男はゆっくりと立ち上がり、両手をルーカスに向けて上げた状態で、ゆっくりと階段を数段下った。そして、階段の壁に画鋲で貼られている、何やらいろいろと細かく書かれているメモ用紙を取った。さらに、壁に吊るされた金属製のペン立てから1本ペンを取り出すと、紙の裏面に大きく「危険! 入室禁止!」と書いた。
「これでいいだろ? 外の扉に貼っておくよ」
男はそう言って、画鋲を4つ外すと、外の扉に紙を貼り付け、5人の間に戻ってきた。
「やったぞ。これでいいんだよな?」
「ありがとう。それで十分」
「なら、逃してくれ。もういいだろ」
「ダメ。あなたたちに命令している連中のことをまだ聞いていないわ」
「君たちは、カクリス魔法学校からこの仕事を頼まれているのかい?」
ユーがルーカスに続いた。
「そうだ。俺たちは学校から言われているだけだ。実際、それ以上のことは聞かされていない」
「つまり、現代魔法研究所のことは知らないんだ?」
「現代魔法研究所? 名前は知っているが、何をしているのかは知らない」
「じゃあ、どうして治安維持局が機能していないかも知らないんだ」
「ああ、知らない。本当に知らない。言われたとおりにしているだけだ」
「理由は考えなかったの?」とルーカス。
「少し違和感はあったが、深くは考えなかった。何かあったのだろう、程度にしか」
ユーはルーカスの方を見た。
「あまり知らないみたいだね」
「……そうみたいね。いろいろ聞いても、きっと知らないの連発だわ」
男はルーカスから数歩離れた。
「ならもういいだろ? 俺はこれ以上本当に知らない。本当だ」
「そうね。ただ、先にあなたがここから出ても困るわ」
ルーカスは小屋の出入り口に近付いた。
「あなたは頭だけ出して外を確認し、仲間が近くにいないことを確認する。次に、私たちがここから出る。それから、あなたは最低10分間はここから出ないこと。わかった?」
「わかった」
「10分間は、離れた場所からここを監視しておく。あなたが勝手に出てこないようにね。10分以内にここから出てきたら、フィーレで小屋ごと焼き殺すから。わかった?」
「ああ、わかったよ。10分間、ここから出ない」
「じゃあ、まずは外を確認して。変な行動をしたら殺すから」
ルーカスは少しだけ扉を開いた。男は隙間から首だけ出し、小屋の外を見回した。その間、常にナイフを男の背に当てた状態だった。
男が首を横に振ったので、ルーカスはナイフを収めた。続けて、男が首を引っ込めると、すぐに扉を閉じた。
「じゃあ、私たちは行くから。もう一度言うけど、焼かれたくなければ、ここで最低10分よ。それじゃあ、元気でね」
ルーカスが扉を開けると、ユー、ベン、アオイ、アリア、ルーカスの順で小屋を出た。涼しい空気が優しく頬を撫でる。
すぐに別の脇道に入り、ユーは立ち止まった。
「ここら辺から監視する?」
「監視はしないわ。現時点で出てきてないし」
「なら、さっきの10分って話は?」とベン。
「それは私たちの移動時間よ。まずは宿に戻って、それから荷物を取って、宿を出る。ちょうどそれぐらいで10分ぐらいになるわ。……すぐにハルセロナに向かいましょう。彼があそこを出たら、私たちがここにいるってことはすぐに現代魔法研究所にも伝わるだろうから」
5人は走って宿に向かった。
「あの男、殺した方が良かったんじゃないのか?」
ベンが走りながらルーカスに話しかけた。
「それは趣味じゃないの」
「ならいいが……」
その後、10分も経たぬうちに、一行は疾風の如く宿から姿を消した。闇夜に消えた彼女らを追ってくる者はいなかった。
ルーカスにとって、宿を出る際にきっちりジェンナに礼を言えなかったことが心残りだった。
※1話が長かったため、分割しました。




