4 犯罪多きイルケーの港 ①
5人は途中小さな宿に泊まりながら、数日かけてようやくイルケーの港に到着した。道中、馬車に乗れたことは幸運で、それほど疲れることなくここまで辿り着けた。もう十分に血が回復してきている。
イルケーの港に到着した5人は、その街の様子に唖然とした。
前世のイルケーの港にあったローレンス・マーケットは、後世には全く残っていない。人々はかなりまばらに通りを歩いているが、どこか寂しげだ。港に船は停泊しているが、それほど活気は見られない。
これが現代魔法研究所のせいだというのなら、単なる悪の組織としか思えない。それ以外に何と形容できようか。
エニンスル半島の東側にはオームが多い。したがって、マージが多いアールベストやリラでは全く様子は異なるかもしれない。ただ、今ここを歩いているだけで、自然と先の不安を感じてしまう。
「前世の方が栄えてたね……」
隣でアオイが呟いたことは確かだ。ルーカスたち自身が見てきた前世はもっと活気があった。前世では現代魔法研究所の統治は行われておらず、人々は不安を感じながらも、助け合いながら自由に暮らしていた。
港の端にローブを着た男が立っていた。何かを取り締まるかのように、あちこち見回しながら目を光らせている。
「何だろう。現代魔法研究所でもなさそうだし」とユー。
「あれは確かにカクリスのローブよ。ってことは、なぜここにカクリスが来ているのか、ということだし、何をしているのか、ということだけど……」
ルーカスたちは男から遠ざかるように大通りに入った。
大通りも、ローレンス・マーケットのあった場所と同じように閑散としていた。両サイドには食料を売っているワゴンがあったが、ワゴンの向こうに立っている人は皆顔を暗くしていた。どこか殺伐とした空気が辺りを澱んでいた。
「早く宿を見つけて、ちょっとだけ休んでハルセロナに向かいましょう。何だか、あまり居心地が良くないから……」
ルーカスに皆賛成した。
少し大通りを歩くと、前世にいたときに宿泊していた宿の敷地が見えてきた。宿自体はないが、ちょうどここにあったのだろうと思われるほどの空き地がある。今はワゴンが数台止まっている。
この宿の空き地までに、いくつも台座のないモニュメントがあった。ひび割れていたり、崩れたりしているものも多数あったが、前世を懐かしく思い出させるものだった。
建物が前世に落ちた場所に建物が立っているということは、新しく立て直したのであろうが、どれも作りは簡素だった。ある程度の人が前世に落ち、それほど必要ではなかったのだろう。また、そのために、ルーカスたちは宿探しに多少手こずることとなった。
ようやく見つけた宿は、大通りから2筋入ったところだった。4階建ての小さな宿だ。それでも、内装は綺麗にされていた。掃除はきっちりなされているし、料金システムも明確にフロントに掲載している。
ルーカスはフロントにいる若い女性に声をかけた。
「こんにちは。1時間ほど前にイルケーの港に着いたの。少しだけ泊まれるかしら?」
「こんにちは。もちろん大丈夫。他には2組しか泊まっていないから。ここに名前を書いて」
女性はカウンターにチェックインカードとペンを出した。ルーカスはサッと名前を書き、女性に返した。
「ありがとう、ルーカスさん。401の部屋ね。ゆっくりしていって。……あ、それと、イルケーに来るのは初めて?」
「こちら側のイルケーに来るのは初めてよ」
ルーカスはルームキーを受け取りながら答えた。
「なら、夕方以降は出歩かないことをおすすめするわ」
ルーカスは女性の目を見ながら小さく頷いた。そのまま、何も答えず、他の4人と一緒に階段を登っていった。
「さっきの話、詳しく聞いてくる。みんなはゆっくりしてて」
ルーカスは部屋に着くなりそう告げると、すぐにフロントに戻った。
先ほどの女性を見つけると、「さっきの話、どういうこと?」と声をかけた。
「最近、この辺りでは犯罪が多発しているの。港の方は通った?」
「ええ、ここに来る前に通ったわ。ちょうどローレンス・マーケットの辺りを」
「なら、ローブを着た人を見たと思うの。あの人たちは、ずっと西の方のリラ地方にあるカクリス魔法学校というところの生徒。なぜ彼らが来ているのかは知らないけど、犯罪の防止のために見張っているのよ」
「そういうことだったのね。犯罪って、具体的にはどんな?」
「多くは窃盗よ。次に多いのは強盗かしら。あと、数は少ないけど、殺人と性犯罪もあるわ」
「だから外は平穏な空気ではなかったのね。いつからそうなの?」
「いつだったかしら。2、3年前からだった気がする。世界が分かれてから少しして、謎の組織が暗躍してきたのよ」
謎の組織とは、現代魔法研究所のことだろう。
「その組織と犯罪にどういう繋がりが?」
「もともと、ここでは人々は平穏に暮らしていたの。それが、グレート・トレンブルが起こったことで、魔法への恐怖を感じるようになった。そして、人々は世界皇帝に責任を追求したの」
「……けど、世界皇帝は何も知らなかった」
「そう。でも、魔法を管理しているのは世界皇帝、という考えが根底にあって、人々は次第に世界皇帝を責めるようになったの」
ルーカスはフロントに肘をついた。女性は続けた。
「特にこれといった発言をできなかった世界皇帝は、次第に姿を見せなくなったの。どうして世界皇帝が何も知らないのかはわからないけど、世界皇帝が姿を見せなくなって、しばらくしてから謎の組織が……、というわけ」
ルーカスは深く頷き、フロントから肘を上げた。
「そういうことね、状況は理解したわ。それで、犯罪の発生の要因は?」
「人々が貧しくなったのよ」
「現代……、謎の組織が出てきてから、人々の生活水準が下がったってこと?」
「そういうこと。それで、犯罪が発生しやすくなったの」
女性は大きなため息をついた。
「一体、この世界、どうなるのかしら……。破滅への道を辿っているようにしか思えないわ」
ルーカスは顔を暗くして俯く女性に対し、まっすぐ向き合った。
「いろいろ話してくれてありがとう。名前は?」
「ジェンナ・フィリスよ」
「ジェンナ、ありがとう。私たちは、外に出る予定は特にないからきっと大丈夫だけど、ジェンナも気を付けてね」
ルーカスはそう言って、部屋に戻ろうと数歩歩いたところ、立ち止まった。
「そうそう。私たちは前世から来たんだけど、前世のイルケーの港は賑やかだった。いつかここもそうなるといいわね」
言い残すと、その場を去った。
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