3 観光名所「ベル・ヴィラージュ」 ③
2人は必要なものをすべて調達し、来た道を宿に戻っていった。久しぶりの穏やかな時間だった。
「夜って、いいな」
「そう? どういいの?」
「なんだか、心が落ち着くというか」
「そうね。それに、いろいろなものが輝いて見える」
ベンはルーカスの瞳を横目に見つめた。どこにも希望は落ちていないのに、その目は輝いて見えた。彼にとって、あまりにも美しすぎた。
「そうだな。本当にそうだな。俺たちの未来も輝いているのかな」
ベンはそう言うと、自ら声をあげて笑い出した。
「何かおかしかった?」
「いや、今まで散々だったのに、未来が輝いているとか言って。でも、何だか、ほんの少しだけ心が軽くなった気がしたんだ」
ベンはそう言うと、「おかしいよな」などと付け加えながら再び笑った。ルーカスもそれに釣られて笑っていた。
前世はいつだって暗い。それと違って、後世は昼夜がある。それだけでこれほど前向きな気分になれるのか、と彼女は不思議な感覚だった。
「前にも話したけど、改めて、アールベストに帰ったら、何をしたい?」
「そうだな。まずはみんなでゆっくりとこれまでのことを回想したいかな」
「いろいろあったからね。それから?」
「うーん、まだ知らないルーカスの失敗談を聞かせてほしいかな」
「それはやだ」
「さっき普通に教えてくれたじゃん」
「さっきはそうだけど、もうないから。そんなに失敗ばかりしてる人に見える?」
ルーカスは立ち止まってベンに身体を向けた。ベンも立ち止まり、顔だけ彼女に向けた。
「見える」
そう言って笑い、ベンはすぐに再び歩き始めた。後ろからルーカスが彼を追って走ってきた。
「それはひどいじゃん」
ルーカスはベンに並んだ。彼女が膨れっ面をしていることに気が付かないまま、彼は笑っていた。
「いや、すまんな。ただ、ルーカスだって、失敗はするし、かわいいところあるよなって思って」
「何それ。失敗しない女の子は嫌いですか」
ルーカスはさらに膨れっ面になっていた。
かわいいところがあると言われたことの照れ隠しのためにそう言ったが、自分の言葉が頭の中で何度も復唱され、さらに照れてきてしまったルーカスだった。
「着いたな」とベンが言ったことで顔を上げ、ようやく宿の目の前に着いたことに彼女は気が付いたのだった。
「そ、そうね。思ったより早かった」
ベンはルーカスの言葉に特段反応せず、扉を開けて待っていた。宿に戻ってくるまでの間、終始彼は彼女の歩調に合わせていた。
◇◆◇
4人は小鳥の囀りで目を覚まし、陽の光が眩しい翌朝を迎えた。久しぶりのこのような起床で、非常に気分が良かった。
ルーカスは目を覚ますと、まだアリアが自分に絡まり付いて寝ていることに気が付いた。
「アリア、朝よ」
「ああ、おはよう……」
他の3人はすでに起きていた。
「アリア、ベッド狭くなかった? 大丈夫?」
「うん、大丈夫だった……」
眠い目を擦りながら、彼女はベッドから起き上がった。ルーカスも彼女が離れたことにより、ようやく起き上がった。
「あと何日ここにいる?」ベンだ。
「そうね。せめて1週間はここにいたい。できれば2週間。しっかり休息をとりたいわ」
その後、5人は昨夜ルーカスとベンが買ってきたパンを食べた。ユーが事前に全員分の紅茶を淹れていた。
「ここを出るまでの間、何する? ここにいても、あまりすることはなさそうだけど」とアオイ。
「そうね。でも、たまには何もすることがないことを堪能したいかな」
それから、部屋でゆっくりと寝たり、ベル・ヴィラージュの街並みの中で散歩したりする日々が過ぎていき、ちょうどこの宿に泊まり始めてから1週間がたった頃のことだった。
いつもと同じように朝食にパンを食べていたとき、アラン・ロベールが部屋に訪れた。
「少しよろしいですか」
「もしかしたら延長料かもね。できそうなら、1回分延長してくるわ」
ルーカスはそう言い残し、足早に部屋を出た。
「ルーカス・ダランさん、突然失礼。宿料について……」
「ええ、わかってる。延長できる?」
「もちろん。1回分で?」
「それより、聞きたいことがあるの。ここの宿料はいつから50アールになったの?」
「いや、最初からだよ。ここは観光名所、ベル・ヴィラージュ。宿料の相場はうんと高いんだ」
「そう。なら、例えば、私はベル・ヴィラージュに何度も来たことがあって、ここなら20アールが妥当だ、と言えばどうなるの?」
「……宿料を見た上で宿泊していただくのが原則だよね」
「そうね、失礼したわ」
その後は黙って歩き、2人は1階のフロントに着くと、アランがルーカスの目を見て言った。
「ルーカスさんは綺麗だよね。だから今回は20アールにするよ」
「ありがとう。でもちょっと待って。ここでは、宿料は相手の容姿で決めているの?」
「そういうことではないけど、今回は僕からのサービスだよ」
「なら、もし私じゃなくて、他の誰かが来ていたら、あなたはまた35アールと言うのね」
アランは戸惑っていた。
「それはわからないよ。けど、今回は20アールにするよ」
「……私にはここのシステムがよくわからないわ。あそこにはきっちり20と書いているのに、50で請求されるとか。悪いけど、延長はやめることにする」
ルーカスはそう言って部屋に戻ろうとした。すると、アランが彼女の手を取り引き止めた。
「悪かったよ。本当は20アールなんだ。現代魔法研究所がその辺をうろうろし始めてから客足が遠のいて、初めて訪れる人であれば50アールで交渉することを考えていたところなんだよ。だから、20アールで宿泊することでどう?」
ルーカスは深いため息をついた。
「結局、何が本当で何が嘘なのかわからないけど、私は延長しないと言ったの。それで不十分かしら」
アランが答える前に、ルーカスはアランの手を解くとその場を去った。結局、相手の魂胆が、何もわからない初心者から金を巻き上げようということがわかったところで、彼女は満足だった。
それから程なくして、5人はこの宿から姿を消した。観光名所ベル・ヴィラージュは、すでに観光地ではなくなっていた。現代魔法研究所の統治下になり人々がその影に恐れ活動を小さくしていくと、経済はすぐに回らなくなった。その結果、ここのように人々の心は汚れ、さらに人は訪れなくなり、次第に観光地という肩書きは忘れられていくのであろう。
根源的にはここの人々は悪くないのであろうが、必要以上にここに滞在する義理はない。
ルーカスは、来たときよりも崩れて見える廃れた観光名所をもう一度だけ見返すと、今度は足早にイルケーの港へ向かった。
※1話が長かったため、分割しました。




