20 現代魔法研究所(五) ②
事務室Aの廊下を挟んだ向かいには、研究室2-Aがある。次はそこに入ってみることになった。事務室Aに入るときに使った、階段の目の前のドアから出ていくと、研究室2-Aの扉はすぐ目の前にあった。
「じゃあ、開けるわ」
ルーカスがそっと扉を開くと、部屋は十分に明るく、奥には壁を向いて座っている人の姿があった。フードを被っている。
「あらまあ、また会えるなんて」
女は立ち上がった。
「この声……!」
「そうよ、橋ではお世話になったわね。まさかアレを倒してここまで来るなんて」
女はこちらを向いた。アイアン島に到着したとき、橋で襲ってきた男を操作していた女だ。最悪の再会だ。
「あら、あなたもいるのね」
「そうね、ジュリア。あなたとここで会うとは、不運だわ」
ジュリアはレベッカの方を向き、フードを外した。
「レベッカ、知ってるの?」
「ここにいて知らない人はいないぐらい有名な人。彼女は、ジュリア・ボルドー。冷淡で冷酷だけど、戦闘力は極めて高い殺人鬼よ。生きているオームを、従順で強力な戦闘兵に覚醒させる特殊魔法の持ち主。さらに、近接戦でも抜群に腕が立つわ」
ルーカスはそれを聞いて目を丸くした。
「ということは、私たちも命の危険がある」
「ええ。文字どおり殺すことに躊躇しない人間だから気を付けて。隙があれば殺される」
「あらあら、まさか私のことを聞いて驚いちゃった? でももう遅いわね」
ジュリアはそう言うと、目にも止まらぬスピードでレベッカの前に移動した。そして、左手で首を掴み持ち上げた。
「あなた、名前はなんだっけ? うん?」
ジュリアは笑顔でレベッカの顔を見た。レベッカは声も出せずにいた。
ルーカスはすかさずジュリアの首筋をナイフで切りつけようとした。ところが、ジュリアは空いた右手でそのナイフを払い除け、体勢を崩したルーカスを壁に向かって蹴り飛ばした。
すぐにベンが火炎魔法の高等魔法で、ジュリアに向けて炎を口から吹き出したが、レベッカを盾にされ勢いを弱めたベンにジュリアは近寄り、拳で顎を下から突き上げた。
その一撃でベンはよろめき、放り投げられたレベッカは服に付いたフィーレの炎をすぐに消したが、火傷は免れなかった。
ジュリアは前に立っていた3人を手短に片付けると、後ろに立っていたアオイ、アリア、ユーに笑顔を見せた。
「あなたたちも遊ぶ?」
アオイはアリアを後ろにし、ユーと並んだ。
「私たち2人で戦っても、到底勝てないよね。どうしよう」
「あの3人が再び立ち上がるを待つ必要があるかもね……」
ジュリアは、火傷して廊下側の壁にもたれて座っているレベッカの肩を蹴り、倒れさせた。
「それにしては、あなた、敵になったのね。敵になってどうかしら? 楽しい?」
ジュリアはそう言いながら、レベッカの腹を何度も踏みつけた。レベッカは抵抗する力が出ず、踏みつけられる一方だった。
「あ、そうだ、いいものあった」
ジュリアはレベッカから離れ、ルーカスの持っていたナイフに向かって歩いた。廊下の反対側の壁際に飛ばされていた。
ナイフを持ち上げると、再びレベッカの元に戻り腹を踏みつけた。
「さてさて、じゃあ殺しましょうか」
ジュリアは笑顔でナイフを振り下ろした。
「……あら?」
ジュリアの手を止めたのはルーカスだった。
「数が多いのはいいわね。でも弱いと意味ないわよ?」
ジュリアはルーカスを膝で何度も蹴り上げた。彼女が口から血を吐いたのを見ると、今度は蹴り飛ばした。
「あなたはちょっとそこで寝ておきなさい」
そう言うとジュリアは再びレベッカにナイフを振り下ろした。しかし、次はレベッカ自身がジュリアの手を制止した。
「まだそんな力があったのね。でも、もっと力を加えるとどうかしら」
ジュリアは笑顔になり、レベッカを刺そうとする手に力を加えた。レベッカの制止する力と拮抗し、ナイフの先端は震えていた。
「あんたには、殺されないから!」
レベッカはそう言うと、ジュリアの手を払い除けた。ナイフは再び遠くに飛んでいった。
「思い出したわ、母のこと」
レベッカはジュリアの足も払い除けると立ち上がった。ジュリアは驚いた顔をしていた。
「母はあんたに殺された。あんたの腐った魔法によって」
「レベッカ、どういうこと?」
ルーカスが壁側から弱々しい声を出した。
「あなたたちも見たんでしょ、ここに来る前に、この女が操る人間を」
「ええ、それと戦った」
「この女の魔法は、生きているオームを操ることができるというもの」
「ということは、あのときに戦ったのは、本当は操られただけのオームだった……」
「そう。そして、私の母も、この女に操られて死んだ」
「本当に!?」
ルーカスは叫んだが、ジュリアは高らかに笑っていた。
「そうよ、ようやくわかったのね。それで? あなたは憎い私を殺すの?」
「殺す……。絶対殺す……」
レベッカはナイフとの間の空間を切り取り、目の前に現れたナイフを手に握った。
「あらあら、物騒なことを言うのね。でも、あなたの力じゃ私は殺せないわよ?」
ジュリアは壁にかけられていた写真を顎で指した。
「あれ、わかる? あなたの母よ」
写真には、ジュリアが立ち、その隣には1人の女性が立っていた。2人とも笑顔で写っていた。
「信じられないかもしれないけど、あなたの母は最初ここに来たとき、研究所に対して献身的だった。何やら素晴らしい研究をしていると思っていたのでしょうね。だから、雑用を何でもやってのけていたわ。あの写真は、当時撮った写真」
「だったら、なぜ母を殺したの」
「もともと私の研究材料になる予定だったのよ。ただ、途中で腹に子どもを授かっていることがわかって、あなたを出産するまで待ったの」
「あんたの研究に使われることは、母は知っていたの?」
「いいえ、知らなかったわ。そんなこと言っちゃ、ここに来ることもなかっただろうからね」
レベッカはジュリアを睨みつけていた。一方で、ジュリアはそれに全く怖気付く様子もなく、レベッカを睨み返していた。
「母は、研究の後どうなったの?」
「すぐに死んだわ。というよりも、殺したわ。だって、なかなか従順になりきらなかったのよ。何が問題なのかわからなかったけど、そんな役立たずは必要ないですから」
ジュリアはそう言って高らかに笑った。
「本当に失敗作だったのよ」




