18 現代魔法研究所(三) ②
ルーカスはナイフを振り回しながら、レベッカが最初にいた客間に入った。中は暗くなっている。
ルーカスは扉を開けたまま部屋の中に入ると、ナイフを振り回すのをやめた。
「さあ、入ってきなさいよ」
そう言うと、ドアに続いた壁に隠れるように身をくらませた。
「ここはあなたの場所から見えないでしょう」
ルーカスはそう加えて、ナイフをレッグホルスターに入れた。冷えた手をローブの内側で温めながら、暗闇の中で息を潜めた。
しばらく目を凝らして床を見ていると、クシャッという音がした。床に落ちていた紙切れが踏まれた音だ。
彼女はそれを見てすぐさま紙切れの上を素手で殴った。
「ぐはっ、まさか、こんなところに罠が……」
「罠ではないけどね。最初からあったの」
ルーカスはフィーレでジュードの顔を照らした。彼はようやく姿を見せた。見たところ、身長は180センチはありそうだが、声の太さからは想像もできないような華奢な体型である。
「ジュード・ブラウン、卑怯な魔法を使うのね。けど、あなたの魔法程度では、私たちと戦うにはまだまだだったようね」
ルーカスはそう告げるとジュードの腰を蹴りつけた。ジュードは蹴られたところを手で押さえながら、その場にひれ伏した。
「待て、待てって。謝る。俺が悪かった。もうお前に何かしようなどとは思っていないから、命だけは助けてくれ」
ジュードは必死で命乞いをしている。
「これほど卑怯な人間を見たことないわ」
ルーカスは座り込んでいるジュードの胸倉を掴んだ。
「他に仲間は?」
「……いるさ」
ジュードの、先ほどまでの恐怖に怯えた顔が瞬時に消えた。
さらに、彼は気味悪くニヤつきながら続けた。
「今頃俺の相棒がお前の仲間を痛みつけて殺しているだろうな」
ルーカスはそれを聞くと、すぐにジュードの鳩尾を鋭く殴り、続けてうなじを蹴りつけ、彼がすぐに動けなくなったことを確認してから部屋を出た。
まず、ダンスホールの前で倒れているレベッカを揺すった。
「レベッカ! 起きて!」
レベッカがゆっくりと目を開けるのを見て、ルーカスは安堵した。
「よかった。他のみんなのことも見てくるから」
彼女はそう告げて、研究室1-Cに向かった。もしジュードの言ったとおりだと、4人の命が危ない。あの状態で攻撃されれば、反撃することもできずに命を奪われてしまうだろう。
研究室1-Cの前まで走ってきたルーカスは、手元にフィーレを出し、4人を探した。しかし、どこにも見当たらない。
「どうして誰もいないの」
ルーカスはそうぼやきながら研究室1-Cの奥を見た。先ほどは真っ暗だったのに、今見るとフィーレで部屋の奥が照らされている。
「……まさか……」
ルーカスは開いたままのドアを通り抜け、研究室内へ入った。後ろからレベッカが付いてきていた。
小さなフィーレで足元を照らしていたが、どこにも血痕はない。誰も血を流していないだろうことは確かだ。
「レベッカ……、こんなことに巻き込んでごめんね……」
ルーカスは息を潜めながら後ろのレベッカに言った。
「大丈夫。私も外の世界を見たくなっただけだから」
レベッカも緊張気味だ。無理もない。
2人はテーブルの影に隠れて部屋の奥を見た。向こう側に男が立っている。
「あれはきっと、ケン・ホワイト。ジュードといつも2人で作戦を遂行していた」
「強いの?」
「多分。けど、私は彼と何の接点もなかった。だから彼について何も知らない。魔法の属性さえも」
ケンの足元には、4人が倒れていた。皆意識を取り戻したようだが、口をテープで塞がれ、目は布で覆われており、全くルーカスたちに気付いていないようだ。ケンが一体4人に何をしようとしているのかはルーカスたちにはわからなかったが、それを観察しておく余裕もなさそうだった。
ケンは何やら唱えたあと、4人の周りに魔法陣を出現させた。紫色に輝く魔法陣の外枠から壁が立ち上がり、4人を完全にその空間内にとどめると、しばらくそのままだったが、何が起こったのかわからない間に壁は下り魔法陣も消え去った。しかし、その後4人は異常なほどの喚き声をあげていた。
「……気味が悪い……。一体何をしているの……」
「拷問、かもしれない。ここでは拷問とは呼ばずに教育と呼んでいるけど」
「それは何?」
「何か罰を受けるべき人に、教育を行うの。目的は簡単、二度と同じことをさせないため。私は受けたことがないけど、受けた人は、死んだのかと思った、と言っていたわ」
「何をされるの?」
「詳しくはわからない。ただ、手と足のすべての爪と指の間を針で刺されたような痛みを感じる、と聞いたことはある」
「なにそれ……」
ルーカスにはにわかに信じがたいところだったが、直前に見た4人の表情を見ると、それを理解できるところもあった。
「いずれにせよ、みんなを助けないと。レベッカ、私が奴の相手をするから、その間に4人を助けてくれる?」
「わかった。やってみる」
ケンが再度魔法を繰り出す前に、ルーカスは立ち上がりテーブルを叩いた。
「ねえ、あなた。私の仲間に何してるの?」
彼女の声を聞いて、4人はルーカスがいることに気が付いたようだ。目は見えないが、彼女の方を一斉に向いた。
「やあやあ、話は聞いている。ようやくここまで来られたことには敬意を表する。しかし、ここにいる4人と同じように、君も苦痛を味わいながら死んでいくこととしてあげよう」
ルーカスは、身を低くした状態で歩くレベッカに見えるように手を振った。彼女はケンから遠い方に向かって、這うようにして進んでいた。
「みんな、もう安心して。私がこのゲス男を殺すから」
ケンは眉間に皺を寄せた。
「おい、今なんて言った? 俺をゲス男だとか言ったか? ふざけるなよ、小娘が」
ケンはそう言うと、ルーカスの足元に魔法陣を作った。ルーカスはそれを見てすぐに魔法陣から出ようとしたが、全く足が上がらなかった。
「嘘。なんで」
ルーカスは何度も足を上げようとしたが、魔法陣にくっついたままで全く動かせない。すぐに彼女の周りを例の壁が囲った。
「まずい!」
ルーカスの叫びは儚く、すぐに手指の神経を燃やされるような激痛が全身を走った。
「い、痛い!」
激痛は一瞬で、瞬く間に魔法陣は消え、ルーカスはその場に倒れ込んだ。
「何よ、これ……」
ケンの方を見やったが、彼は痛みで全身が萎縮しているルーカスを見て楽しそうに笑っていた。
「可愛いもんじゃないか。ちゃんと目を開けている」
こいつは、絶対殺してやる……。彼女は心の底から決心した。




