18 現代魔法研究所(三) ①
扉の目の前に立った。
「レベッカ、ここには何があるの?」
「ここは確か、普通の研究室だったはず。小さい部屋だから、簡単な魔法を使ったりする部屋だった」
「なるほど。とりあえず入ってみましょう」
ルーカスはドアノブを回し、扉を開こうとした。
が、開かない。内側から鍵がかかっている。
「……閉まっている?」
ルーカスはすぐさまドアノブから手を離し、扉から離れた。他の5人も扉から離れ、戦闘態勢となった。
「ごめん、私としたことが、安易にドアを開こうとしてしまった。中の誰かに気付かれたはず」
ルーカスは先ほどアオイから借りたナイフを右手に握った。
内側から鍵が開けられる様子はない。
「気付かれなかった……のか?」
ベンも構えていたが、そう呟いて身体を楽にした。
しかし、その直後、突然鍵の開く音がした。
「構えて」
ルーカスは息だけで告げた。しかし、それ以上にドアが動く様子はない。
「……中で待たれているわね。開けるから攻撃に備えて」
ルーカスはそう言って、ドアノブに手をかけた。中からは何の動きもない。ただ、鍵が開いたのは確実だろう。
ルーカスは思い切ってドアを開いた。
部屋の中は真っ暗だ。誰かがこの中にいるとは到底思えない。それに、中から誰かが出てくる様子もない。ドアの目の前に立っているユーが手にフィーレを作った。仄かに部屋の内部が照らし出される。
「見ろよ。誰もいないぞ」
ベンがそう言って、自分の手にもフィーレを作り出し、部屋の中に入った。ルーカスはその様子をドアに隠れながらも目で追った。何かがおかしい、ルーカスはそう心の中で感じていた。
すると突然、ベンが声をあげてその場に倒れた。どうやら、うなじを殴られたようだ。殺されたわけではなく、気絶状態にある。
「ベン! ……みんな気を付けて。ここは現代魔法研究所内。どんな敵がいるかはわからない」
ルーカスはそう告げたが、すでに遅かった。アオイとアリアも何者かによってその場に倒れていた。幸い、誰も殺されてはいない。が、時間の問題だろう。今はとりあえず気絶させておいて、後で殺す、ということはあり得る。
ルーカスは見えない敵を探した。レベッカ、ユーも周囲をしきりに見回していた。
「あ、もしかすると、やつかもしれない……」
「何? 誰?」
ルーカスはすぐさまレベッカの呟きに飛びついた。
「現代魔法研究所で、ただ1人、透明になれる魔法を使う人がいた。名前は、ジュード・ブラウン」
「透明に? もしそうなら、私たちがどうやって戦えば……」
そう言っているうちに、ユーも倒されてしまった。少しずつルーカスたちに近付いていることを示唆していた。
「レベッカ、戦う方法は?」
「私にもわからない。第一、その人を見たこともないのだから」
ルーカスはナイフを振り回した。何にも当たらないが、とにかく防衛のために振り回した。
「……暗くて何も見えないのに、姿そのものが見えないなんて、どうしようもないじゃない」
ルーカスはそう言いながら、扉から少しずつ離れた。少しずつ客間からの分岐に近付いてくる。レベッカもルーカスのそばに付いたままだ。
「弱点はないの?」
「わからない。けど、噂によると、長時間透明のままでいることはできないらしい」
「長時間って……どれくらい?」
「10分ぐらいだったと思う」
「じゃあ、あと5分ほどは、こうやってナイフを振り回す必要があるのね」
ルーカスはそう言いながら、やはりナイフを振り回していた。
「……こうやっているうちは、相手からは何もしてこない。つまり、見えないだけで、実体はあるのね」
彼女はレベッカと背中を合わせた。
「レベッカ、あなたの魔法は?」
「空間系魔術」
「……この辺の空間、全部消せる?」
「もちろん」
レベッカはそう言うと、彼女たちの目の前から研究室1-Cに続く廊下の空間を切り取った。彼女の作り出す空間は薄い紫色だった。この色は人によってわずかに違う。ユーは薄い空色だ。
「ありがとう。これでどうだろう」
ルーカスはナイフを振り回すのを止めた。
その直後、レベッカがうめき声を上げるのが聞こえた。
「うっ……、離しなさいよ!」
ルーカスが声のする方を振り向くと、そこには、レベッカの姿と、彼女を羽交い締めにする男の姿があった。しかし、暗くて詳しく顔までは見えない。
「俺たちを裏切ったのか。けしからん。お前もこの雑魚どもと一緒に死ねばいい」
「ジュード・ブラウン……。レベッカを離して」
ルーカスはナイフの先をジュードに向けた。
「それは無理な要望だ。先にこいつを眠らせよう」
ジュードはそう言うと、レベッカから手を解き、拳を掲げ、レベッカのうなじへ振り落とした。彼女は抵抗する間もなくその場に倒れた。
ルーカスはジュードが彼女たちと研究室1-Cの間にいるものと思い込んでいたが、実際はジュードの移動速度は思っていたよりも早く、彼女たちの後ろに回り込んでいたようだ。
「仲間でしょ?」
「仲間だったな。たださっき再会したときには仲間ではなくなっていた。俺たちを裏切ったからな」
ジュードはそう言うと、走り出す構えを見せた。ルーカスはそれに合わせてナイフを構えた。
しかし、次の瞬間、ジュードの姿が全く見えなくなった。
「……! どこ!」
ルーカスは周囲を見回したが、当然彼の姿はどこにも見えない。とにかく、ナイフを振り回すことに専念した。
「ハハハ! 全く雑魚だな。目で見えない敵にはクソ雑魚のようだな!」
姿の見えないジュードはさらに続けた。
「何人かの仲間は呆気なくやられてしまったようだが、俺はあいつらとは違う。お前たち如きに殺されるタマじゃねえんだ」
ジュードの声は廊下で反響して、四方八方から聞こえてくる。声を頼りにジュードを探すことはできなさそうだ。
「あなたたちが一体何を目指しているのか知らないけど、私たちのことを阻害する理由もないでしょ?」
「阻害する理由がなくても、そうすること自体に意味があるのさ。ここの所長は非常に立派な考えの持ち主だ。崩れた世界を立て直そうとしている。それを手助けするのが、俺たちの役目ってわけさ」
「あなたたちはいつも何か勘違いをしている。……というか、そう教えられている。現実の世界を見た方がいいわよ」
ルーカスはそう告げたが、ジュードは一向に姿を見せようとしない。
彼女がナイフを振り回していると、彼は襲ってはこない。しかし、それを永遠に続けるというのは無理がある。だからこそ、焦りがあった。
「とっとと姿を見せたらどう? 正面切って戦えないなんて、まだまだあなたも弱虫のようね」
「弱虫と言っていられるのは、自分が負けた気分になっていないからだな。あと少しすれば、すぐにそんなこと言っていられなくなる」
ジュードの姿は見えないが、ルーカスは同時に彼の居場所をどうやって突き止めるかを考えていた。ジュードが逃げている間は彼女にとって負担になるが、考える時間を与えているという事実もあった。




