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二つの世界  作者: Meeka
第二章 前世
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15 イルケーの港

 ルーカスは周囲の話し声によって目が覚めた。


 目を少しだけ開いたところ、天井があり、どこかの部屋の中にいることがわかった。どこかの宿に泊まれたのかもしれない。


「アリアってそんなこともできたの? 意外」


 アオイの声が聞こえた。


「本当にな。でも、海沿いなのにどこでしていたんだ?」


 今度はベンの声だ。


「ハルセロナ地方とイルケー地方の南側の境には、森があるの。そこに何度か連れて行ってもらって」


 アリアは笑っていた。なんの話だろう。


「いいね。ってことは、お父さんもできるとか?」


 ユーの声もする。


「もちろんできるわ。お母さんはしないけどね」


 アリアがそう答えると、そうなんだ、などと皆笑っていた。


 ルーカスは、まだ少し頭がくらくらしていたが、上体を起こした。


「あ! ルウ、大丈夫?」


 アオイが駆け寄ってきた。そちらを見ると、テーブルと椅子があり、そこで4人は談笑していたようだ。どうやら、ここはどこかの宿の部屋らしい。


「ここは?」

「イルケーの港から少し市街地に歩いてきたところにある宿よ。2泊だけここに泊まろうと思って」

「……もちろん、まだ1日目よね?」

「ううん、もう2日目。できれば明日ここを出る予定」


 ルーカスの頭の中で思考が繰り広げられた。すぐに答えは出た。


「……つまり、私、丸1日は寝ていたってこと?」

「うん、まあ。でも、ちょっとは体調良くなったでしょ?」

「だいぶ……」


 このタイミングで、ルーカスの腹が鳴った。


「ちょうどよかった、そろそろみんなで食べ物を買いに行こうと思っていたところなの」


 アオイは両手を合わせて、ベンたちと顔を見合わせた。


「おう、行くか!」


 ベンがそう言って立ち上がったのを皮切りに、アリア、ユーも立ち上がった。


 ルーカスは、まだ若干復帰しきれていないが、かなり体調は良くなっていた。少し立ちくらみを起こしたが、すぐに体勢を立て直し歩くことができた。


「ハルセロナの港は貿易港だけど、イルケーの港は市場が大きいの。だから、いろいろな食べ物が揃っているの」


 アリアは楽しそうだった。きっと彼女は何度も来たことがあるのだろう。しかし、前世に来てからは訪れることがなくなり、後世での記憶を蘇らせたというところか。




 5人は宿を出ると、市街地を海側に向かって歩き出した。外から見ると、泊まっていた宿はなかなかの規模のものであった。しかし、前世に落ちてきたためか、崩れているところも多々見受けられるし、フロントの花瓶には花が1本も挿されていなかった。


 宿の前は大通り。通常であればかなりの人で賑わっているのであろうが、ここは前世。それほど人気はない。


 しかし、そうであっても、比較的街並みは綺麗に残っていた。無論、前世に落ちてきていない建物も多数あり、そうであろう区画は穴あき状態になっていた。


 街角の街灯は彫刻が美しく、見応えのあるモニュメントもいくつかあった。モニュメントの台座だけが残ったものも散見された。


 一行が港に向かって進むにつれ、次第に人気は増えていった。ここにいる人々がオームかマージかはわからないが、きっとオームの方が多いのだろう。数名は魔法で仕事をしている者もいて、見た目の比率はマージが2、3割程度だろうか。いずれにせよ、ここイルケーの地方では、オームとマージが犬猿の仲、ということはなさそうだった。


 港に着くと、大きな倉庫があり、目の前のアーチには「ローレンス・マーケット」と書かれていた。アーチの脇に建てられていたモニュメントによると、昔、ローレンスという富豪がこのあたりの地方で力を持っており、その人がここに市場を建てたのだと。それはおよそ300年前のことで、時代的にはまだ旧魔法暦を使っている頃だ。


 人々はここで肉、野菜、他に蜂蜜や塩など、あらゆるものを買っていた。


 ルーカスはふと疑問に感じた。ここに来るまでに、いろいろな食べ物を見たし、さまざまな食材が使われていた。それらは一体、どこからやってきているのであろうか。野菜は前世でも採れなくはないが、もちろん多くはない。それに、塩はほとんどないと言っても過言ではない。岩塩からしか手に入れることができないからだ。


 5人は食べ物を見て回り、結局手軽に食べられるパンを買うことにした。それぞれ好きなパンを手に持って、ローレンス・マーケットから出た。外に出て気が付いたが、市場の中の方が明るかったかもしれない。


 いつもは基本的にルーカスが先導しているが、このときはベンが先導していた。


「じゃあ、水のない海でも眺めながら食べようか。ロマンチックに」


 誰も返事はしなかった。


 港の脇にあるベンチに、2つに分かれて座った。ルーカス、アオイ、アリアのグループと、ベン、ユーのグループだ。


 ベンとユーはほとんど無口だった。対して、ルーカスたちは賑わっていた。


「アリアは、どこの学校に行ってたの?」


 アオイが訪ねた。


「私はハルセロナの中心部にあるセルリア一般学校。ハルセロナ魔法学校っていうのもあるけど、南部でかなり遠いし、そもそも私はマージじゃないから行けなかった」


 セルリア一般学校。ルーカスも聞いたことがあった。非常に大規模な学校と聞いており、特に東方の国から多くの留学生が来ているのだとか。しかし、エニンスル半島における完全な逆側で生活していたルーカスには、学校の雰囲気は全く実感が湧かなかった。


 5人は、パンを食べ終え、それからまたしばらく談笑していたが、気が付けばかなり時間が経っていた。明るさこそ変わらないが、辺りは次第に静けさを増していった。


「そろそろ戻ろっか」


 アオイが立ち上がったのを見て、他の4人も立ち上がった。


 ルーカスは先ほどから、ケアノス海峡を跨ぐ巨大な橋を確認していた。その先はアイアン島に繋がっていた。


 5人は宿に戻ると、それぞれ自分の時間を過ごし、しばらくしてから眠りについた。


 ここを発つのは、明日。それを見据えて、いつもより早めの就寝だった。




    ◇◆◇




 翌朝、5人はいつもどおり暗い空に目覚めの挨拶を告げた。空の顔色は相変わらず悪いが、今日がここを発つ日だ。


 ルーカスはかなり期待に胸を膨らませていた。目を大きく開き、口角は上がり、歩くスピードはいつもより早かった。体調は十分に回復していた。


「ほら、みんな早く! 後世に行くよ!」


 ルーカスは客室の扉を開き、準備をする4人に告げた。


「早いな、ルーカス。どうした?」


 間抜けな返事をしたのはベンだった。しかし、それをルーカスが真剣に受け止めることもなかった。


「ベンは遅かったら置いていくから」

「はあ? それはないだろ」


 ベンはそう言ったが、ルーカスは返事をしなかった。


 5人全員が準備ができると、すぐに宿を発った。この大きな宿とも、もうさよならだ。もしかすると、後世に行けばもっと大きな宿を見られるかもしれない、などという期待も脳裏を巡っていた。


 一行は、昨日ルーカスが見ていた橋に向かって歩き出した。人々は再び賑わいを取り戻していたが、この賑わいはいつまで続くのだろうか。頭の片隅でそんなことも考えながら。


 いよいよ橋の目の前に辿り着くと、その橋はかなり朽ちてきていることがわかった。


「最近は使われていないのかな」


 ユーだ。一行は立ち止まって橋の全体を見回していた。


「かもしれないわね。でも、完全に抜け落ちているところはなさそうだから、通れそうだけど」


 ルーカスがユーに答えた。しかし、自分たち意外に誰もここを通ろうとしないのは不自然だと思っていた。


「おやおや、あんたたち」


 突然背後から老婆の声が聞こえた。ルーカスが振り返ると、そこにはもうかなり歳をとったであろう老婆が立っていた。腰はかなり曲がっていた。


「ここの橋はな、上の世界にあるときはもっと立派なものだったし、ケアノス海峡を渡るための大事な手段で、毎日人々で賑わっていたんじゃ。向こう側には何もないが、海沿いの観光地として知られていたからな。しかし、こっちに落ちてきてからしばらく、ここを通る人がいなくなったものでな。この状態じゃ観光なんてできないからな。それで、いよいよこんなに寂しいものになったんじゃ」


 ルーカスはそれを聞いて、もう一度橋の方を見た。向こう側に、ハルセロナの港ら見えた大きな建物が見える。ここに立つと、あのときよりもずっと大きく見える。距離的にかなり近付いたのだろう。


 ルーカスは老婆の方に向き直った。


「そういうことですか。……ここ以外に、向こう側に行ける橋はないのですか?」


 老婆は残念そうな顔をした。


「こっちには落ちてこなかった。ケアノス海峡に沿って北の方に行くと、もう1つ大きな橋はあったんだが……。今はここしかないね」


 老婆は肩を竦めると、「気を付けな」とだけ言い残し、その場を立ち去った。


「あの話が本当だとしたら、この先には何が?」アリアだ。

「現代魔法研究所、っていうのがあるかもしれないの。そして、そこに後世に通じる扉があるかもしれない」


 彼女にはアオイが答えた。


「けど、もしさっきの人が言ったことが本当なら、ここを渡るのは危険すぎるのかな……」


 アオイは顔を暗くした。ルーカスは、そっとアオイの右手を握った。


「大丈夫。私たちはいける」

「ありがとう……」


 アオイはルーカスの顔をそっと見つめたが、彼女の顔は決断を表していた。手を握られることで自信を得たアオイは、ルーカスと同じく前を向いた。




 前世では、ほとんど風が吹かない。しかし、このとき、ルーカスは何か頬に当たるものを感じた。目を閉じて、全身を落ち着かせた。アオイの手が彼女に力を与える。


 5人の間に、少しの沈黙が続いた。しかし、イルケーの港の人々の声は、全く気にならなくなっていた。


「それじゃあ、行こう。現代魔法研究所へ」


 ルーカスは目を開けた。そして橋に足をかけた。


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