14 ハルセロナの港(二) ①
その日の夜の時間帯、ルーカスはいつもの港に出かけてみた。ゆっくりと散歩していたルーカスの目に、ある光景が突き刺さった。
北側に見える対岸に、どうも大きな建物があったのである。しかも、巨大な煙突のような塔も建てられており、その頂上には雲がかかっている。足元には霧がかかっており、まるで浮かび上がっているようだ。
「あれって……」
ルーカスは間違いない、と思った。前世では雲も霧もできない。しかし、目の前にはそれらが当たり前のように浮かんでいる。すなわち、それらは魔法で作り出された物体なのである。そして、そこには周りから容易に見えてはいけないものが隠されているということである。
グラン・ドールだ——
ルーカスは直感的に感じ、すぐさまアリアの家に駆け戻った。家に到着すると、息を切らして慌ただしいルーカスに気付き、4人は部屋から出てきた。
「どうしたんだ? 何かあったか?」
ベンは彼女の焦りように驚きを隠せていなかった。
「そう! グラン・ドールを見つけた!」
他の4人は互いに顔を見合わせていた。特にアリアにおいては、状況が理解できなかったのだろう。
「つまり、……どういうことだ?」
「だから、グラン・ドールを見つけたの! 早く行こう!」
ルーカスは無邪気に飛び跳ねていた。
あんな姿を見るのはいつぶりだろう。いや、初めてか。ベンはしばらく考えていた。
一行はとにかく急いで準備をすると、アリアの家を後にした。
「もうあの家に忘れ物はない?」
ルーカスはアリアに念のため確認しておいた。
「ない。あとは、私の後世への気持ちを持っていくだけ」
「そう。準備万端ってことね」
ルーカスは4人を引き連れて、先ほどの場所まで来た。そして、ぼんやりと見える建物を指差した。
「ほら。あれよ。きっとあそこにグラン・ドールがあるし、そうであれば、現代魔法研究所でもある」
「……確かに、なんとなく物騒な雰囲気があるが、本当に現代魔法研究所なのか?」
ベンは目を細めていた。
「ええ」
「どこにもそんな文字は見えないが……」
「あれがそうなの」
ルーカスは意地を張っていた。
「ほら、早く行くよ!」
「待て待て。あれに向かっていくのは全然いいんだが、ここを超えていくのか? 東側は海だから、もっと西に行けば橋があると思うんだが……」
ベンはケアノス海峡を見回しながら言った。水はないが、本当に深く、とてもではないが歩いていくには程遠い予感がする。
「あっちに誰も使っていない船が何艘かあるわ。それでよかったら、船で行く方法もある」
アリアが東側に建つ倉庫を指差しながら言った。
「船って言っても、結局魔法を使わないと動かないしな……」
ベンがもやもやした声で言うと、ユーが後ろから現れた。
「空間系魔術なら、間の空間を切り取りながら進むことができるよ。さすがに1回じゃ難しいけど、何回かに分ければ向こうまで行くことはできる」
「ならそうしましょう。……やっと後世に行けるのね」
ルーカスは目を眩しいほどに輝かせていた。
「じゃあ行くよ」
ユーは目の前の空間を切り取った。5人は、突然風景が流れたかと思えば、港から少し進んだ場所にいた。
「……早っ。これですぐ行けるな」
ベンは目を丸くしていた。
「じゃあもう1回するよ」
ユーがそう言って再度空間を切り取った。
すると、突然全員何か壁のようなものにぶつかり、そこから先へは進めなくなった。
「……どういうことだ……」
後ろを見てみると、ちょうど半分ぐらいは来たらしい。しかし、目の前には見えない壁がある。手で触れることもできた。
「ちょうどここに結界が張られているのか……。ユー、ここをどうにかして突破する方法は?」
ベンはユーの方を向いた。しかし、ユーは首を横に振った。
「いや、結界が張られているなら難しい。結界の端から端までの空間を指定できればいいけど、それほどのことはほとんど誰にも無理だと思う」
「じゃあどうしようか……」
ベンが結界を何度か蹴ってみたが、ピクリともしなかった。
それどころか、前方から人影が見えた。ぼやけていてよく見えないが、結界のあちら側からこちら側を観察している。
ベンがフィーレを前方に飛ばしてみたが、それもやはり無力だった。向こう側からは先ほどの人物がこちらを見て笑っている。その人は、しばらくこちらを見つめていたが、あちらに振り返ると霧の中で見えなくなった。
「このままだったら、ここを突破できないな……」
「仕方がないから、一旦戻りましょうか」
ルーカスはそう呟いて来た道の方を向いた。
「……あなたは?」
その視線の先に、1人の男が笑いながら立っていた。
「いやあ、久しぶり、とでも言っておこうか」
「この声……!」
ルーカスは思い出した。この声は、ヘルロンの洞窟で出会ったあの大蛇と同じ声だ。
他の4人も彼の方を見た。
「あのときはよくもやってくれたな。俺としたことが、ちょっと油断してしまったようだ。しかし、今となっては話が違う。お前たちを逃した汚点を、きっちりここで拭うとするか」
男はそう言うと高らかに笑った。
「いやあ、本当に、一度痛い目を見ると、次はきっちりと痛みを味わってもらおうという気になるもんだな。勉強、勉強」
そう言うと、男は空間を生み出し、そこに大量の蜂を出現させた。
「こいつらは、その辺を飛んでる単なる蜂じゃねえ。致死性のある猛毒を持たせている。刺されたら、1分と持たずに死んじまうだろうな!」
男が蜂を囲う空間を消すと、蜂たちは一直線に彼女たちに向かってきた。
「話す間も無く……。アオイはアリアをよろしく。ユー、基本的には援護をお願い。必要に応じて空間を操作して。……ベン、一緒に戦うわよ」
ベンはフィーレにより蜂の大群を焼き尽くした。しかし、その炎の両側から、さらに大量の蜂が湧いてきた。
さらに多数の炎の塊を繰り出し、ルーカスがそれをフォトンで蜂の大群目がけて飛ばし、燃えた蜂が虚しくも地面に落ちていった。
「……もらった!」
突然の声で、咄嗟にその方向を見ると、男がベンの目の前でナイフを振り上げていた。
「その蜂がメインなわけないだろう!」
「危ない!」
ルーカスは叫んだが遅かった。ベンの右胸にナイフが突き刺さった。
「っ、……っ……」
ベンは後ろに数歩下がったが、立っていられずその場に倒れた。血が彼の胸元から流れ出していく。
「アオイ、お願い! アリアは下がってて!」
男はレッグホルスターからナイフをもう1本取り出し、次は空間に巨大な蜘蛛を数匹出現させた。
「お次は、蜘蛛だ。しかも、見てのとおり30センチはある。この巨大な蜘蛛には、これまた致死性の高い猛毒がある。これに咬まれて死ぬか、俺に刺されて死ぬかだな」
蜘蛛はルーカス目がけて走ってきた。かなり素早い。きっちり目で追っておかないと、すぐに見失ってしまいそうだ。
1匹目がルーカスに近付いたとき、突然蜘蛛を空間が覆い、次の瞬間消滅した。向こう側でユーがこちらを見ている。
しかし、もう3匹はルーカスに飛びかかってきた。間一髪その場を逃れ、ベンの元に駆け寄り右胸に刺さったナイフを抜き取った。
「ってぇ……」
「ごめん! ちょっとアオイに助けてもらってて!」
アオイはベンの右胸に手を当てて、魔法で傷口を塞いでいる途中だ。医療魔法はこういうときに非常に有用だが、どんな治療をするにせよ、長い時間がかかってしまう。
ルーカスが男を挟んで蜘蛛の反対側まで走った。すぐ横にユーもいる。
「ユー、あの蜘蛛、消滅させなくていいから、私に近付けないようにして」
ユーは、わかった、と言うと、8本の足をばたつかせながらこちらに走ってくる3匹の蜘蛛を、遠くに飛ばした。たまたま1匹は動きが遅くなったので、直後、空間で消滅させることができた。
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