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二つの世界  作者: Meeka
第二章 前世
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13 ハルセロナの港(一) ①

 長らく歩いてきたが、次第に人気が出てきた。建物の数も多くなり、暗闇の中でも人々が家の外で会話を楽しんだり、商売をしたりしている。これまで見てきた景色とは打って変わり、ようやく人間味のある場所となった。


 ルーカスたちはこの様子に見入っていた。


「ここが、ハルセロナの街なのね……。ダランの辺りとは全然違うし、建物も大きいし、なんだか、異国に来たみたい」


 ルーカスの言葉に応えるようにベンが言った。


「ああ、本当にな。文字どおり異国ではあるが、前世でもこんなに栄えているなら、もう後世に行くつもりはないのかもしれないな」

「そうなのかな……」


 さらに進むにつれ、次第にあらゆる人種の人々が見られるようになってきた。


「僕たちとは全然違う顔立ちをしているね」とユーが言ったが、

「ね。でも、みんな協力し合っている様子だし、いい感じよね」とアオイは答えた。

「それで……」


 ルーカスが立ち止まって振り返った。他の3人も止まる。


「忘れてないと思うけど、私たちは、この空腹を乗り越えるため、ここで働く必要があります……」

「ああ、そうだった!」


 ベンが頭を抱えた。


「金欠って、本当に大変だわ……。俺はもう生きていけねえ」


 ルーカスはベンの背中を強烈に叩いた。


「イッテェ」

「ほら、しっかりして。もう生きていけないなら、ここで私ともサヨナラよ」

「……がんばります……」


 ルーカスは街行く人々に手伝えることがないかどうか打診したが、一向に働くことのできる場所は見つからなかった。それどころか、「オームだけでやっていけます」という雰囲気も出ていた。たった今も視界があるのは、マージがフィーレで照らしているからなのに。


 4人は空腹で倒れそうになり、水の湧き上がらない噴水の広場前のベンチに座っていた。


「俺たち、ここで空腹で死ぬのか……? いろいろありつつもここまで来たのに、最後の最後が金欠の飢え死になんて、寂しすぎるぜ……」


 ベンは背もたれにもたれきって、天を仰いでいた。


「あなたたちが仕事を探す4人組?」


 突然ルーカスの背後から女性の声が聞こえた。驚いて振り返ると、綺麗なブロンドの髪をなびかせ、金色に輝く優美な赤い薔薇のブローチを着けた、ルーカスとほぼ同じ身長の女性が立っていた。年齢も自分たちとあまり変わらないだろう。


「はい、そのように名乗ったことはないですが、きっとおっしゃるとおりだと思いますよ」

「ならよかった。さっき路地裏からあなたたちの噂が聞こえたの。ちょうど、私の家で、マージの方を短期で雇いたいと思っていたところなのよね」


 女性はそう言うと、ルーカスたちを手招きした。


 後に続いてみると、港に程なく近いところに建った、他の家よりひと回り大きい家に案内された。


「ここがあなたの家? 他の家より大きいのね」


 ルーカスが言うと、女性は笑顔で答えた。


「そうよ。私の父が貿易商人で、後世にいた頃はこの辺りで一番取引先の多い会社だったの」


 家の中に入ると、木製の床には赤い絨毯が敷かれ、ロココ様式の家具も綺麗に陳列されていた。


「本当に綺麗ですね。それで、ここでお願いしたい仕事というのは?」


 ルーカスが女性に尋ねた。


「まあ入って。私はアリア・グリーン」


 アリアに招かれるままに、1階の奥の部屋に入った。部屋内は小さいシャンデリアが吊らされ、そこが応接間であることは瞬時に理解できた。


 4人は促されるままに、高級な質感のソファに腰をかけた。


「実は、前世に落ちてきたのは、この家と私だけ。父も母も後世にいるの。そこで、あなたたちにお願いしたいことは、貿易商人として振る舞うこと」

「ちょっと待って。前世に落ちてきてしまってあなたが困っていることは理解するわ。けど、貿易商人の娘のあなたがしたらいいことじゃないの?」

「それはそうかもしれない。けど、この仕事は私のようにオームでは務まらないの。だから、お願いしたいと思って」

「……貿易商人として働くのに、マージである必要はないと思うわ。どういうことか、詳しく教えて」


 アリアは立ち上がり、壁際にあるドレッサーの引き出しから一枚の紙を取り出してきた。そして、それをルーカスに差し出した。


 非常に古そうな絵だった。絵には何人もの男が群がっている真ん中に、1人だけ女性が描かれている。その女性の手には、双眼鏡が握られている。


「……これは一体?」

「そこに写っている女性はマージ。その理由に、彼女の足元には血が落ちているところまで描かれている。そして、見ているものは、遠くの国。東方の国と言われているわ。その女性は、港から出ていった船が、無事に東方の国に到着できるよう、見守っているの。……そして、魔法をかけているの」

「……つまり?」


 ルーカスは絵を机の上に置くと、アリアに向き直った。


「私にはオームは魔法が使えない。だから、もし途中で海賊に攻撃されたり、船に何かあったりしても、何も手助けすることはできない。その絵の女性のように魔法をかけることはできない。だから、マージである人にお願いしたいと思っていたの」


 ルーカスは少々理解に苦しんでいた。他の3人も同様のようだ。


「私たちも、そんなに遠くの場所で船が攻撃されようが難破しようが、何もできないわよ? どうしたらいいわけ?」

「別に、何かをしてほしいわけじゃないの。ただ、私たちは魔法が使える、とだけ見せてくれたらいいの。その絵を再現する必要はないし、誰もそれを期待していない。単純に、それほどまでに魔法は威厳を示しているということ」


 ルーカスは少し手元を見遣ったが、またアリアの方を向いた。


「依頼なら引き受ける。もちろんお金も必要。けど、私には、あなたが務まらない理由がわからない。あなたの父はマージで、魔法をみんなに見せつけていた、そういうこと?」

「……あまり知らないわ。父が仕事をしているところを見たことがないから」

「となると、実はあなた自身がやるべきことで、さらにそれで事足りる、ということはないの? 私たちもお金に飢えているから、最終必要だというなら引き受けるけど、なんとなく無駄な出費にしか聞こえないけど……」


 ルーカスは部屋の隅々を見回した。それほどまでに魔法を使ったという形跡はない。むしろ、一般的なオームの家、という感じだ。なんの変哲もない。


 だからこそ、ルーカスには、アリアが何か大きな思い違いをしているように感じざるを得なかった。


「……お願いしてもいい?」


 アリアは不安そうに言ってきたが、そこまで言われて断る義理もない。


「わかった」


 その後、4人は細かい説明を受け、時には議論をし、方向性が固まった。


 まずは、明日行われる貿易商人同士の会議の中で、貿易商人がアリアから変わったという報告をすること。アリアの報告を受けた後、自分がマージであることを述べ、魔法を使って証明をすること。その後の期間は1か月。期間内は基本的に毎日、朝、昼、夜の3回のみ港に出向き、そのタイミングで寄港している船の船長に挨拶を行うこと。条件として、この家での住み込み、契約内容の完了で、80アールの報酬を契約最終日に手渡しすること。


 話し合いを終えると、4人は2階の空いた部屋に案内された。


「ここは自由に使って。私は1階の部屋にいる。食べるものは私が用意してキッチンに置いておくから。……明日は朝10時にさっきの部屋に集まって。時計はそこよ。じゃあ、また明日ね」


 時計は夜20時を指していた。いつ頃この家に来たのかはわからない。ただ、今の時刻は夜20時ということだ。


「アリア、後で部屋に行ってもいい?」

「……わかった。待ってる」


 ルーカスは約束を取り付けると、部屋の扉を閉めた。他の3人は各々好きなベッドに座っている。


「おかしいよね」


 ベッドの上の3人は、ルーカスの言葉に注意を向けた。彼女だけ立っている。


「何が? ちょっと天然か、不安なのかどっちかじゃないか? ……このベッド気持ちいい」


 ベンが答えた。知らぬ間にベッドに寝転がっていた。


「その可能性もゼロではないけど、そうじゃない気がする。むしろ、アリアがあそこまで言うのは何かしら理由があると思う」


 ベンは「そうか?」と言ったが、次の言葉は来なかった。彼はベッドの上で別の世界に行ってしまった。


 ルーカスは空いている左奥のベッドに歩いていった。


「後で、何しに行くの?」と声を出したのはアオイだ。

「いや、ちょっとおかしいなと思ったことについて聞きたいなと思って。時間も遅いし、長話する気はないわ」


 ルーカスは部屋の外にある洗面台に向かった。鏡は綺麗に磨かれているが、洗面台は完全に乾ききった印象だ。前世にいるから仕方がないのかもしれないが。


 ルーカスはアテールで顔を洗った。


「はあ、ずっと何かを考えてきたおかげで、頭が疲れている。……というか、精神的に疲れているわ。考えることをやめさせてくれる人っていないのかしら」


 ルーカスは部屋に戻ると、ベッドに座っているアオイに走り寄り、いきなり飛びついた。悩みを彼女に打ち明けると、


「……確かに、ルウはずっといろいろと考えている性格だよね。頭を休めるタイミングがないというか……」

「そうなの。そのせいで、精神的に疲れるのが早いから困ったものよ……」


 ルーカスはそう言うと、アオイを強く抱き締めた。


「ベンくんが起きたら、私疎まれちゃう」

「え? 何で? そんなことないでしょ」


 ルーカスは声をあげて笑っていた。アオイも同じだった。


 ユーは2人を静かに見守っていたが、ベンだけは何も知らないままだった。


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