10 エビルの森 ②
もともと、世界には魔法を使えない人間しかいなかった。今でいうとオーム。その頃、世界各地で紛争はあったものの、全体的に見れば平和だった。
しかし、あるとき、その平和を覆す者が現れた。いや、グループだ。アーム教という宗教を知っているだろう? それが、最初に魔法をこの世に生み出した張本人だ。
アーム教の求めることは単純だった。迫害の清算だ。
当時の平和は、実際にはアーム教徒を迫害していたから完成していたものだと言える。多数派のシャトー教のトップが自らの地位を確立するために、少数派のアーム教をシャトー神に背いた罪があるとして、無実の罪をでっちあげて迫害することを考えた。すると、シャトー教の人々はそれを信じてアーム教徒の迫害を加速させた。そうして、それまで続いていたシャトー教内部の小さな分裂は団結へと変わり、シャトー教による世界平和が確立された。
しかし、当然だが、アーム教も黙っていない。一部の迫害を逃れた人々は、極秘に新たな研究を始めた。それが魔法の誕生に繋がる。
魔法創世記にはこう記されている。
「アーム神に身を捧げた人々は、突如未知なる力を手に入れ、究極の平和を享受するのに値する神聖なる者となり、新たな世界を創り上げるのにふさわしき者となった」
これはつまり、彼らが魔法の力を手にしたことを意味する。それ以降、アーム教による世界の「改善」が始まる。すると一気にシャトー教は衰退し、アーム教が圧勝したようだ。
それから時代は進み、アーム教による世界平和が築かれていた。さらに、新たな魔法の使い方をしようとする者が現れたんだ。それが不老不死の力。当然、今のこの世でも不老不死の魔法を扱える者はいないし、第一そのような魔法も存在しない。しかし、当時の人々は必死にそれを研究した。
その頃、魔法が確立したことを契機として、旧魔法暦が始まった。この時点で、世の中はすでにアーム教徒が大多数を占めていたようだ。当時魔法を扱っていたのはまだアーム教だけで、他の宗教はアーム教を恐れ、全く手を出す者はいなかったし、そのころの平和を単に受け入れていた者がほとんどだったんだろう。
しかし、知ってのとおり、アーム教はその後滅びる。何が起こったか。それは、アーム教の内部での分裂だ。
一部の者は不老不死の魔法を手に入れようとしたが、逆にそれを潔しとしない者も、当然存在した。そこで、次第にその分裂は大きくなり、とうとう旧魔法暦誕生後しばらくして紛争が起こった。
魔法同士のその争いは、次第に威力を増し、他の宗教も巻き込まれる羽目になり、いくらか年月が流れ、その争いは終わった。結果は、不老不死の魔法反対派の勝利だった。しかし、この大戦で両者共に多大な犠牲を出し、その反省の印として、アーム教は解散することになった。
レンが話している間、一行はそれに聞き入っていた。
「ちょっと待って。それだと、不老不死の話にオームは出てこないじゃない。私たちは、オームが不老不死の魔法を手にしたかもしれない、と考えていたのに」
ルーカスが言った。
「実際のところ、君たちの考えは間違っていない。結局その不老不死の魔法はなかったが、そういう話は実際にオームの中で大きな話題なったはずだよ。それもこのアーム教の不老不死の魔法を求めた者が原因だ。戦いで生き残ったこの人たちの一部は、こっそりと他の宗教の人たちと共に研究を続けていたんだろう。彼らの最終目標は、魔法ではなく、不老不死の力を手に入れることだったんだ」
「……ようやく話がまとまってきたわ」
ルーカスはそう言うと、他の3人と目を合わせた。
「私たちは、まだ、この事件の真相をあまり知らない。単なる事件や事故ではなくて、もっと、こう、何か大きいものが後ろにあるのよ」
「ああ、そうっぽいな。全く、厄介な時代に生まれてしまったものだ」
ベンはそう言い捨てた。
「ところで、あなたはそんなに話してよかったの? 現代魔法研究所のことも教えてほしいわ」
「僕は単に広域監視なだけで、何か問題がないか調べて、問題があれば報告するだけだからね」
レンは笑った。
「問題? たとえば?」
「……君たちみたいに後世に向かって来る者がいるかとか、ね」
「……ということは、私たちがここに来たことは、もうあなただけじゃなくて、仲間も知っている?」
ルーカスは小声で尋ねた。
「ああ、とっくにそんなことは知られているよ。……けど、僕はおすすめしないな。僕はもちろん魔法の性質上ほとんど戦えないから、君たちが僕を殺そうとしたら殺せるだろう。けど、あっちには僕なんかより、そして君たちなんかよりもずっと強い人がいる。安易に足を踏み入れないことをおすすめするね」
レンはそう言って、再び笑った。
「私たちはあなたを殺す気はないし、誰かを殺そうとも思っていないわ。単に、後世に戻りたいだけよ」
ルーカスは続けた。
「それで、私たち、この森を出たいんだけど」
「そっか。それはね……」
そのとき、森の奥から何者かが現れた。
「話は聞かせてもらったよ、レン・オレインくん」
ルーカス、アオイ、ベンはその声を主を見ると、すぐに誰なのかわかった。カクリス魔法学校の総合指揮官のハワード・セルビアンツィーノだ。彼女たちが14歳のときにダランを訪れた後、カクリスには戻らず失踪した。
その彼が、今、目の前にいるのである。
「どうして、あなたはここに?」
ルーカスが問うと、ハワードは目だけで一瞬彼女を見たが、すぐにレンの方に向き直った。
「君が持っていた魔法創世記、あれは私たちカクリスや現代魔法研究所が探していたものだ。それを勝手に隠して持っているということは、許し難いものだ。しかし、一体なぜだ? どうしてその言語を理解できる?」
「僕はアーム教徒だからね。というより、僕の両親がアーム教を熱く信仰していて、その影響を受けてこの言葉が読めるようになったのさ。もうなくなったアーム教だけど、個人個人が細々と信仰しているということさ」
「それで、この本の内容がわかったところでどうするつもり?」
ハワードは口を挟んだルーカスに視線を向けた。
「この内容を研究所に持って帰っても何もないと思うが」
レンが付け加えた。
「いや、そんなことはないな。私たちの未完成の不老不死の魔法を開発するためには、きっとこの本の内容が必要だと考えた。今、君を私の部下とし、研究所に戻ってこの本の内容をすべて解読し、不老不死の魔法を確立させることができたならば、非常に名誉なことではないか。力などとよくわからない代物ではなく、魔法として確立するのだよ」
「……ハワード・セルビアンツィーノ、まさか、現代魔法研究所の一員だったのか」ベンだ。
「ああ、そうさ。もちろん、カクリス魔法学校の総合指揮官も私の仕事だがね」
ハワードはベンに向いた。ほとんどフィーレの炎の光が届かないため、ニヤついているように見えたのが真実だったのかは不明だった。
「でも、結局、これに書かれている時点では、不老不死の魔法はできなかったのよね?」
ルーカスがレンに言った。
「ああ、そうさ。だが、実際は、とても近いところまでいっていたことも記されている」
「そして、私たち自身の研究も、実際とてもいいところまでいっていると思っている。そして、2つをうまく融合できればいいんじゃないかと思っているところだ」ハワードが付け足した。
「それで、あなたはこれからどうするつもりなの?」とルーカス。
「わかっているんだろう? 私はレン・オレインくんを連れて研究所に戻り、この手柄を立てる。ただそれだけさ」
ハワードはそう言うと、レンの腕を掴んだ。
「いや、僕はそんなことには協力しないよ」
「どうしてだ? 君も不老不死の魔法に興味があるから研究所に来たのだろう?」
「最初はね。けど、あんたたちの研究を見ていると、とても不老不死の魔法を手に入れようと思わなくなったよ」
「それはどういうこと?」
ルーカスはレンに尋ねた。
しかし、レンが口を開くが早いか、ハワードはレンの心臓を右手で貫いていた。弾かれるように飛び出た彼の心臓は宙を舞った。
「おっと。つい、またしゃべってしまうものかと思ったのでね」
彼の血が辺りに飛び散った。無論、即死だった。
ルーカスたちはすぐにハワードから離れた。
「……仲間じゃなかったの?」
「ああ、そうだったさ。少し前まではね。けど、私に協力しないし、口は軽いし、少々性格に残念な部分があったもので」
それを聞いて、アオイが言い放った。
「あなたの方が、よっぽど残念な性格のような気がするけどね」
それを聞いて、ハワードの目の色が変わった。
「は? テメェ、今なんつった? この私が残念な性格とでも言ったか?」
ハワードはそう言うと、レンの胸から腕を抜き、ルーカスたち一行の方を向いた。
「言っておくが、私に勝てるとでも思っていたら損するぞ。コイツと同じように、心臓を抜き出してやるよ」
ハワードはそう言うと、ゆっくりとルーカスたちに歩み寄ってきた。
「逃げないとやられるわ。仕方がないけど、アープで飛ぶ」
ルーカスはそう言うと、他の3人と手を握り合った。
「とにかく、できるだけ遠くまで。アープ!」
4人はそこから姿を消し、ハワードが追って来ることはなかった。




