9 ウラノン城(二) ③
数分後に、再び部屋の扉が乱暴に開いた。そして、投げ込まれるようにしてマリアが入ってきた。
兵士は「よかったな、王に何もなくて」と吐き捨てると、うるさい音を立てて扉を閉めた。まるで彼女が最下位の兵士であるかのように。
髪が乱れたマリアは、ソファの端に座った。明らかに、数カ所、さっきはなかった傷がある。
アオイは何も言わずマリアの座っているソファに移動すると、傷口に手を当てて魔法をかけた。ゆっくりとだが、傷が小さくなっていく。
「大丈夫? 髪、引っ張られたみたいだけど……」
アオイの心配そうな表情に対しマリアは笑顔を見せ、小さく「うん、大丈夫。ありがとう」と言っただけで、すぐ俯いた。
「こりゃ、何かあるな」ベンが目線だけでアオイに告げた。
「うん、彼女は何か隠している」アオイも頷いて伝えた。
それからしばらく、マリアが俯いたまま沈黙が続いたが、傷口が治ったことを確認するとアオイはベンの横に戻った。
「マリー、ここにいて幸せ?」
突然の質問にマリアは驚いたようであったが、すぐに落ち着きを取り戻そうとして答えた。
「いや、幸せではない……かな……」
「どうして? 何かあるの?」
「……ここの中級ほどのオームの兵士は、私のことを邪魔者のように扱う……」
「邪魔者?」
「そう。だって、戦うことはできないし、実績もないのに、上級兵士だから。それに、私は気が弱いから、乱暴に扱われても何も言えないことをいいことに、髪を引っ張られたり、殴られたり……」
「ひどい。……私たちなら、きっとあなたを助けられる。一緒に来ない?」
アオイは手をマリアの目の前に差し出したが、彼女は手を取る勇気が出なかったようだ。
「いや、まだあなたたちと共に行動することはできない。王に逆らうと、どうなることか……」
「それはそうと、さっきはなんだったんだ?」
こう切り出したのはベンだった。
「オームの兵士の勢力が思ったよりも強くて、もしかすると王自身も内乱に巻き込まれるかもしれない事態になっている。だから、何かあったら私の魔法を遠慮なく使わせてもらう、ということだった」
「それほど強大な魔法……。あなたの魔法は、一体?」
アオイが問うと、マリアは少し怯えたような目つきで、彼女の目を見て言った。
「私の魔法は、リバース。完全に死んでいないなら、失った身体の一部を完璧な状態で戻すことができる」
「リバース……」
アオイとベンは目を見合わせた。
「だから最初から戦わずとも上級兵士だったんだ」
アオイは驚いた。
偶然にも2人は大事なキーパーソンを見つけてしまったため、この場でマリアをなんとか説き伏せることが必要になった。
「なあ、マリアよ。俺たちと一緒に、本当に来ないか? ここにいるよりは、ずっといいと思うぞ」
「けど、ここでの生活は悪くはない……。毎日食べ物は食べられるし、きちんと寝ることもできる……」
「……まあ、そこは確かに、俺たちと一緒に来ると困ることも出てくるかもしれないが」ベンは苦笑した。
「……どうして私をそんなに連れ出そうとするの?」
マリアは少し不審がった様子だ。
「私の仲間に、1人、足を失った子がいる。それで、リバースを使える人を探していたの」
「そう。……けど、簡単にリバースはできない。知ってる? リバースを使うと、私は死ぬかもしれない。いつか必ず死ぬことを前提の魔法なのだから。1回目は大丈夫でも、2回目は死ぬかもしれない。それがリバース。そして、私は過去すでに1回リバースを使ったことがある。だから、次は、きっと死ぬ……」
2人は衝撃を受けた。すでに1度使ったことがあったなんて。
しかし、きっと金の燭台もここにあると見込まれる今、マリアを逃すわけにはいかない。
ルーカスは片足を失っている。その片足を取り戻すには、きっと今しかない。
そのとき、再び扉が乱暴に開けられたかと思うと、先ほどの兵士が入ってきた。
「王が下級兵士の弓に当たり、腕を負傷した! マリア、今すぐ来い!」
「は、はい!」
マリアは咄嗟に立ち上がり、部屋から出ていった。アオイとベンもその後を追った。
外はすでにかなりの下級兵士たちが集まっていた。そして、上級兵士のマージたちと戦っている。数では圧倒的に下級兵士の方が優っているが、攻撃の威力があるのは上級兵士の方だ。状況は五分五分であった。
3人は、数名の上級兵士に囲まれている王の姿を見つけ駆け寄った。
「王様!」
「ああ、マリアよ。今こそお前の力が必要だ」
そう語るフリード王の身体を確認すると、右腕が切り落とされていた。切り落とされた腕を探すべく辺りを見回したところ、刀と腕が群衆の真ん中に落ちていることが確認できた。
「王様、それは……」
「どうした、何か問題か」
「……いえ……」
「待って、王様。マリーはすでに1度リバースを使ったことがあるの。だから、次はもしかしたら死ぬかもしれない」
アオイが王に説明した。
「そうか。しかし、今は緊急事態だ! 早く!」
フリード王は叫んだが、マリアはなかなか魔法を使おうとはしなかった。彼女の手は震えていた。
「王の命令に従わないのか! このクズ野郎!」
近くにいたオームの兵士が槍でマリアを突こうとしたのを、ベンは間一髪止めた。
「片腕がないぐらいなら、死なないでしょ」
アオイはそう言ったが、王は憤慨していた。
「うるさい! 侵入者は黙っておけ!」
そして、さらに続けた。
「おい、マリア! 我が家系に代々伝わる黄金の燭台は第2倉庫に入っている! 今すぐ準備して、私の腕を復活させよ!」
「……し、しかし……」
王はマリアの首筋に飛びかかった。残る左腕で、言うことを聞かない彼女の息の根を止めようとしたのだ。
「何もせず哀れに死ぬか、俺を助けて輝かしい功績を得てから死ぬか、どっちがいい?」
声も出せないマリアだったが、王は容赦無く彼女の首を掴んでいた。
「おい、やめろよ」
そう言って王の左腕に火をつけたのはベンだった。
「おい! やめろ! こっちの話だ!」
「どっちの話か知りませんけどよ、それはひどいんじゃないか? そもそも、そんなに力入れてたら声出せないだろ」
王が熱さに耐えられず手を緩めると、マリアはすぐに王から離れ、咳き込みながらアオイの元に駆け寄った。
「こいつら全員、殺してしまえ!」
王はそう叫んだが、人員不足だった。周りにいた兵士たちは下級兵士との戦いで手を止めるわけにもいかず、追加で来る者は誰もいなかった。
「王様よ、自惚れちゃいけませんよ。部下に命令するのも、謙虚にしないといけませんや」
ベンはアオイの方を見てから、先ほどまでいた応接間のある建物に向かってゴーサインを見せた。2人を止めようとした兵士も何人かいたが、ベンの炎で追ってくることはできなかった。
そうして、3人は無事その場から離れた。その後、王がどうなったのか、3人とも知る由もなかった。
3人は休憩して体制を立て直すと、マリアに連れられて王が言及した第2倉庫に向かった。
ルーカスのいる場所から離れて、城のかなり端の方まで来た。その先に小さな倉庫が見える。
「ここが第2倉庫か。思ったより小さいな」
ベンに対して、マリアは答えるように言った。
「だって、建てられたのはずいぶん前らしいから。最初はあまり使われていなかったから、何があるのかは知らなかったわ」
「とにかく、早く金の燭台を見つけてルーカスの元に戻ろう」
「ねえ、マリー。いろいろと巻き込んで悪かったけど、少なくとも私たちといる義務はないわ。後は、あなたの心次第」
アオイは真剣な表情だった。マリアは彼女の顔を見て唾を飲み込んだ。
「あなたたちは、私の力が必要だったんじゃ……」
「ええ。でも、1度使ったことがあるんでしょ? 死ぬリスクがある上であなたの力は求められない。その力は、誰かマリーにとって本当に大事な人のために使って」
マリアはしばらく黙ったが、大きく息を吸ってから声を出した。
「アオイちゃん、ありがとう。けど、今、私はあなたたちの仲間を助けたいと思っている」
「おい、リスクをわかっているのか? むしろ死ぬ確率の方が高いわけだろ?」
ベンは扉を開けていたが、振り返って言った。
「うん、もちろん。けど、さっき2人には助けられた。私にとってあなたたちは本当に大事な人」
「…………」
2人とも、思わず声が出なくなった。
しかし、しばらくして、ベンが倉庫の中をフィーレで照らし、「わかった、好きにしろ」と入っていったので、マリアも2人に続いて倉庫に入っていった。
倉庫の中はずいぶん暗かったが、彼らはすぐに求めるものを見つけることができた。金の燭台を握り、兵士たちの争いを横目で見ながら、3人はルーカスのいる場所に疾風の如く駆け戻った。




