24 ダラン総合魔法学校(二) ③
アオイと共にルーカスがダランに戻ったときには、すでにエマの姿があった。ちょうど彼女がアオイを呼びにいっている間に来たらしい。
「ルーカス、久しぶり」
「エマ、本当に久しぶり。……最近はソフィアとは大丈夫?」
「うん。もう以前とは全然違う」
曰く、あの一件以降、声を荒げることはなくなり、手を出すこともなくなったという。改心したのかどういった事情によるものなのかは定かではないが、いずれにせよ、エマにとっては幸いなことだろう。
今は一緒に暮らしているらしい。今日は、ルーカスに会いたいとソフィアに話して出てきたようだ。
ルーカスは先ほどベンに話したことと同じことをアオイ、エマにも話した。2人とも彼女に協力すると言ってくれ、ルーカスは本当に心が軽くなっていた。カクリスや現代魔法研究所の人間が世界を戻すことに賛成か反対かは知らないが、少なくともここにいる全員は賛成だった。
新しい校舎に入り、ルーカスたちは休憩室に入った。8人ほどが入ることを想定された個室で、会議などにも使うことができるようだ。予約などはなく、空いていればいつでも使える。ちなみに、利用率はかなり低いとのことだった。
休憩室に入って、しばらくしてからエマが口を開いた。
「ダランは本当に歴史が長いよね。というか、魔法学校の中で一番古いもんね」
「そうなの?」
自分たちが通っている学校であったが、ルーカスはダラン総合魔法学校が魔法学校で最古だということは知らなかった。
「そうだよ。もともとは、アールベスト第一学校。世界魔法戦争が終わってから四年後に、初代世界皇帝のエード・セリウスが設立した。程なくして、ダラン総合魔法学校に改名。世界魔法戦争で魔法学校設立派の指揮を執ったダラン家が学長となったの」
「詳しいのね」
ルーカスは目を丸くしていた。
「昔、親にいろいろと教えられたからね。でも、博聞強記なルーカスには全然敵わないよ」
「もっと教えて」
エマは小さく咳払いをして続けた。
「学長をダラン家に明け渡したエード・セリウスは、反対派が設立したリラ第一魔法学校に資金援助を行なった。これが、カクリスでうるさいほど何度も教えられる、セリウス家に対する敬意の理由なの」
「素晴らしい魔法学校を築き上げるための援助?」
「そう。そして、この頃から、ルーカスも知っているとおり、新魔法暦に変わった。言い換えれば、セリウス暦の始まりであり、現代魔法への変更でもある」
「セリウス暦は、エード・セリウスを称えるものね」
アオイが付け加えた。エマは黙って首肯した。
「実は、カクリスの学長の指名は、昔は投票制だったの」
「今はずっとカクリス家の世襲制な気がする」
ルーカスは「だったよね?」と言わんばかりにベンの顔を見た。彼は小さく頷いたが、彼女の視線をエマに促した。
「うん。でも、それはセリウス時代から。その前の、前セリウス時代の48年間は、投票制だったの」
「どうして変わった?」とベン。
「セリウス時代に投票で指名されたカクリス家が、世襲制に踏み切ったの」
「だから、カクリス魔法学校という名前にしたのか……」
ベンは首を傾げていた。その原因は、ルーカスが代弁した。
「そんなにうまくいく? 世襲制にするって言ったら、かなり反発が強いと思うけど」
「もちろん。でも、彼はそれをうまくやってのけたの。カクリスが学長になるまでは、セリウス家からの資金は学校設備費に投資されていた。けど、カクリスは、それを生徒の家庭に配ることとした。学校もそれなりに綺麗になっていたし、余分に学校に投資するより、そうした方が信頼を集められるしね。それが賢い政策で、世襲制を実現することができたということ。……もちろん、それ以来、ずっとカクリス家から学長を輩出しているわ」
「ということは、今はエマが学長なの?」
アオイが唐突に尋ねたのでエマは笑っていた。
「ううん、今は誰もいないの。でも、たぶん今後はお母さんがなるんじゃないかな」
なるほど、と思いつつ、ルーカスはさらなる疑問をエマにぶつけた。
「ところで、カクリスが現代魔法研究所を作ったのよね?」
エマは真剣な顔に戻り、頷いて続けた。
「当時、リラ地方には、世界魔法戦争のときの魔法学校設立反対派の人々が集まっていたらしい。多くはその人たちをリクルートして、ようやくできたのが現代魔法研究所。……名前は適当よ」
ルーカスの頭の中で、ようやく話が繋がった。
もし誰かがこれをしなかったら……、などという指摘は無用だった。ユーの一件についてもそうだが、各々に何かしら問題があるにせよ、他方で何かしらの影響を受けながら生きていたのだ。
ルーカスは深いため息をついた。
「……もう、どうしようもないのね」
◇◆◇
翌日以降も、ルーカスは何度もダランを訪れていた。アオイと共に行くこともあれば、1人で行くことも多かった。ほとんど毎回ヘイリーには会っていたが、エマやベンには会わなかった。
この日も、ルーカスはダランを訪れようと準備をしていた。いつもと同じように、洗濯して綺麗になった白色のブラウスを着て、腰にリボンのある黒いスカートを履き、シーナの教員用のローブを羽織り、前世から履き続けたショートブーツを履き、髪を整えると玄関に走った。
「……あ、そうだ」
ルーカスは何かを思い立つと、2階の部屋に戻った。そして、何も書き込んでいない新品の手帳とペンをローブの内ポケットに入れると、また玄関に戻り、駆けるように家を飛び出した。
早歩きでダランに向かうルーカスは、先ほどの手帳にこの日の天気を書き込んでいた。
「今日は暑いな……」
ダランに到着すると、正門にはアオイ、エマ、ベンが立っていた。彼女らは皆、ルーカスと同じくベルに手紙で呼び出されたのだった。
「おはよう。ヘイリーは?」
「ベル・シュタインバーズを呼びに行った」ベンが答えた。
わかった、と答えると、ルーカスは3人を連れながら校舎に入っていった。
校舎に入ったところで、ヘイリーとベルの姿があった。
「ルーカス、気持ちは変わっていないかね?」
「もちろんですよ」
ベルの顔は不安そうだったが、彼女の回答を聞いて少し明るくなった。
「なら、予定を相談しよう。……私の部屋に」
ベルに連れられて、一行は総合指揮官室に入っていった。
「そういえば、まだベル先生は総合指揮官なんですね。てっきり副学長にでもなるものかと」
ルーカスが言うと、ベルは高らかに笑った。
「副学長になる気はないよ。ここのポストが、自分に一番合っている」
「打診もなかったのですか? 今、ここの学長はレイチェル・カールトン副学長でしょ?」
「打診はあったよ。だが断った。今はそういう気分じゃないってな」
「なら、今は誰が副学長を?」
「いないさ」ベルはまた笑って続けた。
「もう君たちは卒業の年だろう? 卒業したら、ここの副学長になればいいさ」
「それは、……遠慮しておきます」
ルーカスは困った顔を見せた。
「もう『ダラン』総合魔法学校ではないですし」
いつもありがとうございます。
引き続き、どうぞお楽しみください!
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