22 カクリス魔法学校(六) ②
ルーカスたちはエマの教えにより、すでに本校舎を上階へと進み始めていた。外はもう真っ暗だった。廊下や階段には薄暗い黄色の明かりが心許なく灯されていた。この学校にはもうほとんど誰もいないだろう。講義棟を片付けている人々を除いて。
「学生寮にいる生徒たちは、緊急招集されてここに来るかも。教師たちも、近くに住んでいる人は来ると思う。……ただ、招集権は学長と副学長にあるから、その人たちが気付かなければ問題ないけど、いずれにせよ早めに事を終わらせよう」
イールスがここに来ている以上、少なくとも学長はいるだろう。そして、現代魔法研究所から所長らがここに集結していたことを踏まえると、きっとルーカスたちがここに来ることはわかっていた。ユーのノートが原因だったのだろうが、ともすれば、副学長がいるかどうかはダンの采配による。
ルーカスが察するに、副学長は校内にはいないだろう。緊急招集が行われていないということもあるが、これまで無用に情報を出さなかったあの学長が、人が集まるような危険をわざわざ犯さないだろう。人が集まるということは、盗み聞きされて機密情報が漏れる危険が高まるということだからだ。
とすれば、現時点で校内にいるのは、学長、ソフィア・カクリス、その他事情を理解している教師、たまたま帰るのが遅くなってしまった教師、そして仕事のある生徒たちだけと見られる。そのうち、一番機密性の高いこの校舎に今いるのは限られた人間だけのはずだ。
「エマ、先に言っておくけど、あなたの両親の命の保証はない。それでも来る?」
「……行くよ。それに、生きていても、いずれ私が殺される」
ルーカスの先を行くエマは振り返らなかった。
ルーカスたちは4階に着いた。その階段の先には、イールスとベルがいた。
「お父さん! ……シーナが……」
「待て、まずは目の前の敵に集中しろ」
「モーリス・シュタインバーズは?」
「時間の問題だろう」
「どういうこと?」
イールスは、起きたことをルーカスに手短に説明した。彼女はそれを聞いて確信した。
「ということは、問題は学長と副所長だったのね。……副所長は死んだけど」
「よくやったな。だが、気を付けろ。ソフィアが出てきた」
イールスがそう言うと、急に2人の姿が目の前から消えた。時間を戻され、部屋に戻ってしまったのだ。
「ソフィアはどうしたらいいんだろう……。一番厄介かもしれない」
「あの特殊魔法は、何度も連続して発動できない。だから、使った直後がポイントなの」エマが説明した。
「なるほど……」
ルーカスは階段の踊り場から少しだけ顔を出して状況を確認した。ソフィアがちょうど部屋に入ろうとしていたところだったが、イールスとダンの魔法陣が激しくぶつかり合っていた。
「あそこに入っていくのもな……」
後ろからベンが呟いた。だが、モーリスという名前に敏感な人間が1人だけいる。
ヘッセルは堂々と廊下を歩き進めた。ルーカスの想定では、部屋の中のどこかにモーリスはいるのだろうが、どのような状態かは全くわからない。
ソフィアがいち早くヘッセルに気が付いた。
「あなた、誰よ」
だが、ヘッセルは無言で歩み寄ると、突然ソフィアの頬を殴りつけた。歳は十分すぎるほど取っていたが、動きは想像を絶するほどに速かった。
「……ったいな!」
ソフィアは叫ぶと、ヘッセルの頬を殴り返した。しかし、ヘッセルは少しよろめいただけで、再度ソフィアを殴り飛ばすと、慎重に部屋に入っていった。
ヘッセルが部屋に入ったのはわずかな時間だけだった。すぐにソフィアが魔法で彼を廊下に戻すと、彼を蹴り倒した。
「ダン! こっちにも敵が!」
「待ってろ」
中から声が聞こえた。ダンの声だ。ルーカスはもちろん初めて聞いたし、エマ以外は全員初めてだっただろう。
ヘッセルが立ち上がると同時に、ダンが中から飛び出てきた。依然として部屋の中で争っているのは、イールスたちと他の教師ということになるだろう。
ヘッセルを見たダンは、誰だという顔をした。しかし、彼に続けて恐る恐る出てきたモーリスは違った。
「おい、お前か……。久しぶりだな……」
モーリスの顔から微笑みが溢れてきたが、彼に近付いたヘッセルは真っ先に殴りかかった。
鈍い音と同時に、ぐはっ……、とモーリスの弱い声が漏れ出てきた。
そうか、ヘッセルは知らないんだ、モーリスの事情を。ルーカスは理解した。
「ヘッセル! 悪いのはダン・カクリスよ!」
しかし、ルーカスが声を出したことにより、アオイ、エマ、ベンは全員気付かれることとなった。
「何やってんだよ」とベンはほとんど息で話したが、「いずれは気付かれるでしょ」とルーカスは開き直っていた。
ソフィアは彼女らのいる方を向き、エマもそこにいることを確かに確認した。急に顔が険しくなり、うるさい足音を立てながら歩いてきた。
エマは以前のように負けていなかった。腰からナイフを取り出すと、応戦する構えを見せた。対して、ソフィアは素手のまま歩いて向かってくる。
「……お母さんは、私が止める……」
ルーカスはナイフを握る彼女の手を、両手で優しく包んだ。その手が震えていることに気が付いたからだ。
「無理しないで、私がやるから」
「……でも、私の問題だから。私が……」
ルーカスは深呼吸した。突然のことにエマは驚いたようだった。
「違う。あなたの問題じゃない。エマがそう思うのは、彼女の問題だから」
ソフィアは厳しい表情のまま、すぐそこまで迫ってきていた。
ルーカスはエマに意を固めた顔を見せ、袖に手を当てる仕草をしてから自分自身をソフィアの背後まで飛ばした。ソフィアはすぐに彼女の時間を戻したが、即座にエマがナイフで襲いかかった。
ソフィアが腕を掴み制止したところ、ベンが後方に回り込みフィーレでソフィアに攻撃した。だが、すでに魔法を使える状態だったらしく、ベンの繰り出したフィーレごと時間を戻されてしまった。
一方のエマは投げ飛ばされてしまった。3人揃っても、実力はソフィアの方が上のようだった。
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