22 カクリス魔法学校(六) ①
エマ、ベン、ヘッセルが地上に出たところ、数名の生徒と教師が群がっており、詳しく見ようとさらに近付いたところ、泣き続けるルーカスとそれを黙って見守るアオイの姿が見えた。ベンたちはルーカス、アオイに駆け寄った。
「どうした? ……おい、それ……」
ルーカスは泣いて俯いていたため、ベンはアオイの顔を見た。彼女はどうもやるせない顔をしていた。彼は、この状況からすぐに何が起こっているかを理解した。
「とにかくこの場を離れよう」
ベンはシーナを抱え、アオイはルーカスの背中を撫でながら押すようにして、彼らはその場を離れ移動した。
エマに連れられて移動した先は、本校舎の1階だった。本校舎には教員の部屋や学長室などがあるが、逆に生徒たちはほとんど来ないため、ある意味人目につかない場所だということだった。
「何があった?」と、ベンはアオイに尋ねた。未だルーカスは話せる状態ではなかった。
アオイは先ほど起きたことの一部始終をベンに伝えた。彼は納得し、ルーカスの背中を撫でた。
「なるほどな。……ダランに帰ってもいいと思うが……」
その言葉を聞いて、ルーカスは突然泣き止んだ。
「ダランに、……帰る……?」
「ああ。ルーカスだけでもいい。ここにいて辛くて命を落とすなら、ダランで待っていた方がいいと思っただけだ」
ルーカスは目を赤くした状態でベンの方を向いた。
「……ダランに、……帰る……?」
「そうだ」
ルーカスはしばらく黙ったが、やがて口を開いた。
「できない」
「いや、いいんだぞ。ルーカスがいなくても、俺たちだけでもやれる」
「できないの」
ルーカスは立ち上がった。そして、涙の溜まった目を擦ると、大きく背伸びをして、深いため息をついた。続けて、再び息を吸うと同時に、目を瞑って黙った。
「ルウ?」とアオイは心配そうな眼差しだった。
ルーカスはゆっくりと目を開いた。
「ダメだ、こんなところで立ち止まっていたら」
「ルウ、無理しないで」
「ルーカス、こっちは私も協力するから」とエマも続いた。
「俺のことは覚えてないかもしれないが……。俺は現代魔法研究所やカクリスの連中を殴りたいだけなんだが、お前に無理してここにいてほしいとは思わない。お前のことはよく知らないが、友達の言うとおりにしたらいいと思う」
ヘッセルも続いた。ルーカスは彼の声を聞いて、彼のことを思い出したようだった。
だが、ベンは3人には続かなかった。
「そういうことかよ。……じゃあ、一緒に進もうぜ」
ベンもゆっくりと立ち上がり、大きく背伸びをした。そして、急に笑顔になるとルーカスに手を差し伸べた。
「すまんな、よくわかってなくて」
アオイたち3人は、2人の不思議な光景を目の当たりにしながら、同じように立ち上がった。
「いいの。でも、引っ張るのは私でしょ?」
ルーカスは彼の手を取ったが、ぐいと自分の方に力強く引っ張った。そして、彼を抱き寄せると、「ありがとう」と小さく呟いた。
わずかな時間の後、ルーカスはベンを離すと、シーナの脇に座り、彼女の目をそっと閉じ、続けて口も優しく閉じた。
「シーナ、愛してる。……さっきは返事できなくてごめんね。今までありがとう」
ルーカスは彼女の遺体に自分のローブを被せると、カクリスのローブを脇に捨て、ブラウスの姿のまま立ち上がった。目の周りを赤くしたままだったが、もう潤ってはいなかった。
「私たちは、まだ立ち止まっちゃダメだよね。行こう、最後まで」
「そう来なくっちゃ」
ベンは今までよりもさらに目つきが凛とし、ルーカスに続いた。他の3人は何が起きたのかあまり理解できないままに、2人に続いた。
イールス・ダランとベル・シュタインバーズは、モーリス・シュタインバーズの両手を拘束した状態で、ソフィア・カクリスの部屋に向かっていた。
「まさか、こんな状態であなたたちが現れるとは」
ソフィアはそう言いながらも部屋に3人を通した。だが、彼女の部屋の中には、すでに数名の教師と、カクリス魔法学校学長のダン・カクリスが腰を下ろしていた。ちょうどシーナが倒れ込んでいたソファだったが、イールスたちは誰もそのことを知らなかった。
「お集まりになったのか。……おやおや、モーリス・シュタインバーズ所長がそんな状態になっていらっしゃるとは」
ダンは立ち上がってイールスたちに向いた。
「何を意味するか、お分かりですよね?」
「いや、全くもって何もわかりませんな」
「まずは世界を戻すこと、そしてカクリスの統治を解くこと。この2つが喫緊の課題ですよ」
「なるほど。その人質が所長だということですかな」
ダンは顎に手を添えると、眉を上げてイールスを睨んだ。イールスも屈せず睨み返していた。
「おっしゃるとおり。所長が死んでもよいのか、もしくは平和な社会を築くことを優先するか」
「心配しないでください、答えはもう出ていますよ」
ダンはそう言うと、ゆっくりとイールスに近付いた。そして、一瞬だけベルに視線を移し、流れるようにモーリスを見た。
「所長が死んでも、平和な社会を築くことはできますから」
「……そうおっしゃいますか」
イールスとベルは即座にダンから距離を置いた。次の瞬間、ダンが攻撃を仕掛けてくるとわかったからだ。
彼は空中に魔法陣を作り出すと、いくつかの氷の塊をその上に生み出した。そして、間髪入れずそれらを勢いよく飛ばした。
無論、イールスたちはこの攻撃は容易に逃れたのだったが、敵はダンだけではないことが問題だった。
「ダメよ、逃げちゃ」
部屋の奥からソフィアがそう言い、時間を戻した。それにより、イールスたちはダンが攻撃を始める直前までの場所に戻ってきた。
「まずいな、この2人の組み合わせ、かなり手強い」
「一旦逃げますか、学長」
ベルの合図に合わせ、2人はその場から即座に離れた。だが、モーリスを抱えて逃げるほどの余裕はなく、彼は部屋の中に残したままとなった。
ダンとソフィア、その他の教師たちは彼らを追ってこなかった。放っておいても、またやってくるとわかっていたのだろう。
「所長を殺しても良いと言うとは思わなかった。所長がいないと今はないはずで、その恩があると思ったんだが……」イールスは呟いた。
全くそのとおりだったが、ダン・カクリスやその他の人間たちが自己中心的であることが露呈した限りだった。
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