19 カクリス魔法学校(三) ③
集中管理室は校舎の2階にあることが、校舎のフロア図から見てとれた。ルーカスはその部屋に一目散に走っていった。
だが、2階に登ってきたところで、その異様な雰囲気に、ルーカスは即座に足を止めた。廊下の先、左への曲がり角を曲がった先で、何かがあるようだ。かなり嫌な予感がするが、困ったことに集中管理室はちょうど曲がったところだった。
異様な空気であっても、そこに飛び込まない限りは集中管理室へは辿り着けない。そして、それは、友達を救い出せるかどうかという点に関わってくる。
「何があるのかわからないけど、行かないと……」
ルーカスは、曲がり角の先を、頭だけ出してそっと見てみることにした。
先に見えたのは、シーナと彼女の髪を持つ男の姿だった。ルーカスはすぐに頭に血が上りその場から駆け出そうとしたが、まずは深呼吸をして冷静になった。
「顔が全然見えないからわからないけど、あれは誰だろう……。そして、きっとその目線の先には誰かがいる」
横顔しか見えないその男はその先の誰かと対峙しており、魔法をぶつけ合っている。魔法の力はそれなりに強そうだが、まだ手加減しているように見えた。何やら話しているようだが、魔法のぶつけ合う音でほとんどかき消され、何を話しているのかは全くわからなかった。
「私には、全然気が付いていないみたい」
ルーカスは、レッグホルスターからナイフを1本取り出した。男が全くこちらを見る気配もなく、彼女はナイフをフォトンで男の頭に目がけて飛ばした。
だが、飛んでくるナイフを全く見ずに男は手で払い除け、その一瞬で触ったタイミングで、ルーカスの方向に向けてナイフを飛ばし返した。一連の動作は、こちらを見ることなく、正確に行われた。
自分に返ってくるナイフを、ルーカスは咄嗟に避けた。スピードが速く、少しでも遅れていれば、目玉に突き刺さっていたかもしれなかった。
「ルーカス・ダラン、そんなところに隠れていないで出てくればいい。ここにいるのはお前の両親だ」
男がそう声を出し、ようやくルーカスは、見えないところにイールスがいることを知った。
「ルーカス、来ちゃダメ!」
そう叫ぶのは、シーナだった。だが、男は再びルーカスを呼んだ。
ルーカスにとって、行かないという選択肢はなかった。自分が幼い頃に離れることになったとはいえ、そこにいるのが両親であることに変わりない。そして、両親と戦っている男は、かなり手強い相手のようだ。
「あなたは誰?」
ルーカスは、ようやく陰から姿を現した。男は彼女の姿を一瞬だけ横目で見た。
「モーリス・シュタインバーズ」
「……現代魔法研究所の?」
「ああ、そうだ。そして、お前たちを下の世界に落とした張本人でもある」
「グレート・トレンブルをあなたがしたことはわかっていた。それで、どうしてあなたはここにいて、お父さんと戦っているの」
ルーカスはシーナを助けに走り出したかったが、明らかな実力の差を理解していたため、その場から動けなかった。
「まずはこの裏切り者を殺すとすればいいんだが、せっかくだし、お前の父親の目の前でそうしてやろうと思ってな。だが、ちょうどいいところに娘も来た。目の前で首を断ち切ってやるから、よくよく目に焼き付けておけばいい」
「どうしてそこまで……」
ルーカスは怒りで手を握り締めていたが、それ以上に何もできない自分に腹が立っていた。
「あなたたちがグレート・トレンブルなんて起こさなければ、何もなかったでしょ!」
「独りよがりなことを言うな。お前たちだって、俺たちが敬愛するセリウス家を殺したじゃないか。だから、世界を戻してやろうとしている」
「でも、私たちを殺しても、何も戻らないじゃない」
「今日明日戻そうなんて思っちゃいない。たとえ戻るのが数年後であっても、まずは害虫を取っ払う作業をしないと、戻せるものも戻せないだろう」
「私たちが害虫だって言いたいわけ?」
「そうだ。元凶を作ったのはお前たちだ。ダランの思想の下、ハワード・セリウスがオームであることを受け入れておけば、何も問題なかった」
「でも、それにも事情があった。だよね、お父さん?」
「……そうだな」
イールスは弱々しい声で答えた。それを聞いて、思わずルーカスは身震いした。
もしイールスが、自分のやったことを絶対正当だと胸を張って言えないのであれば、ルーカスたちが今まで信じてきたことはすべて宙に消えていってしまう。自分たちにも事情があった、だからそうせざるを得なかった、とイールスが言ってくれないと、ルーカスはこれ以上何も信じることができなくなりそうだった。
「お前たちは矛盾している。オームと共存しようなんて言っていたお前たちが、オームを殺した」
「でも、あなたたちカクリス側の人間だって、マージ至上主義とか言っておきながら、オームを殺したら怒るんでしょ? 矛盾してるわ」
「誰がいつマージ至上主義とか言った? 俺がお前と会って数分間のうちに、一度でもそう言ったか? ふざけるな。それこそがダランの教育なんだろう」
「……っ」
ルーカスは言い返そうとしたが、思わず閉口した。カクリスがマージ至上主義だと彼女が思っているのは、学校でそう教わったからだ。
だが、エッペルゼの住民が話していたことを思い出した。
「アールベストの住民でも、リラに近いところの人は、カクリスがマージのための政策をしているって言っていたわ。ちゃんと証拠はあるのよ」
「その誰かは、本当に殺されそうになったのか? こっちの生徒が、そっちの誰かをわざわざ理由もなく殺した場面を目撃したのか?」
イールスが攻撃を止めたのを境に、モーリス・シュタインバーズはシーナを引き摺ったままルーカスの方向に向かって歩き出した。
「お前が信じていることは、すべてそっちの誰かが話していたことなんじゃないのか? こっちの人間だって、確かに、マージだけで生活できることぐらいわかっている。しかし、だからと言って、一部の奴は知らないが、学校を挙げてマージ至上主義などと言ったことはないはずだ。後でダン・カクリス学長にも聞いてみるといいだろうな」
モーリスは眉間に皺を寄せて早口に話した。ルーカスは言い返す言葉がなかった。
「……どうだったの、お父さん……? ……お母さんだって、現代魔法研究所にいたんでしょ? 嘘だよね? ……たとえ学校を挙げてマージ至上主義って言ってなかったとしても、カクリスはそうだし、ダランは、みんな一緒に暮らすんだよね?」
シーナもイールスも答える前に、ルーカスは続けた。
「そうだ、エマも言っていた。こっちの考え方が嫌いだって。カクリスの人がそう言っていたのよ。だから、あなたの知らないところで、カクリスはマージ至上主義の考えがあったのよ」
ルーカスは自分でも何を言っているのかわからないような感覚に陥っていた。
「エマ……、ああ、カクリスの娘のことか。あいつは、確かに少し変わっている。だが、結局、あいつとお前は同じようなもんだ」
「同じようなもの? ……ダランとカクリスの生徒が同じようなものだなんて、笑わせないで」
ルーカスは顔だけで笑っていた。胸の奥には、不安ばかりが募っていた。
モーリスはルーカスから数歩離れた辺りで立ち止まった。
「学校に踊らされているお前たちの何が違うのか」
ルーカスはまた閉口した。モーリス・シュタインバーズが言うことは正しいようにも思えるが、そうでない部分もあるはずだ。少なくとも、ダランが、カクリスが、と一律に話をすることは難しいのではないかと彼女は感じ始めていた。
お読みいただき、ありがとうございます!
「二つの世界」はまだ続きます! 引き続きお楽しみください(^ ^)




