19 カクリス魔法学校(三) ①
ルーカスはカクリスのローブを羽織りながら周囲に立っている看守たちに確認して回っていたが、一向にベンのいる牢の鍵を持っている者は見つかっていなかった。さらに、どこにあるか聞いてみても、どの者も知らないと答えるのみで、全く埒が開かなかった。
「牢の鍵ぐらい、誰か持っていてよ……」
ルーカスは走り回っていたが、その階にはないものと判断し、この階に登ってきたときの階段の前に戻ってきた。
彼女の頭の中では、ベンの居場所を伝えてくれたあの老婆に助けを乞うか、あるいは上階に行って鍵を探すか、どちらを選択するかで思考が繰り広げられていた。だが、今は大事な仲間を助けるために無駄な時間を割きたくない。ルーカスは下に降りていった。
例の老婆のいる独房の前にルーカスがやってきたことに気が付き、老婆は独房の奥から鉄格子の目の前まで出てきた。
「あなたの言うとおり、彼に会うことができた。だけど、牢の鍵がなくて、困っているの」
「そうかそうか、それは大変だったな。ところで、あんたが会うべき人間が、この学校に来ている」
「そんなことより、まずは鍵の場所を教えてほしいわ」
「まずは本館の中庭に行きな。鍵はそれからでいい」
「……ここに戻ってきたら、すぐに教えて」
ルーカスはそう言い残し、先ほどの階段を、今度は1階まで駆け上がった。
1階まで登ってから気が付いたことは、やけに静かだということだった。ここが本館の裏側にあることも要因の1つだったのだろうが、それにしても静かだった。地下にこのような施設がありながら、誰とも会わずにここまで来れたのは怪しむべきことだった。
「まずは中庭に行かないと……」
ルーカスは急いで本館の中庭に向かった。カクリスの巨大な本館が、直線距離ではそれほど遠くないこの距離に、妙に長い道のりを生み出していた。
彼女が中庭に到着して目を丸くしたのは、そこに父親のイールス・ダランがいたからだった。
「お父さん……、どうしてここに?」
ルーカスはイールスに駆け寄った。彼の横にはベル・シュタインバーズが立っており、フィーフェ・ルーの両手を縛ったロープを手に持っていたが、そちらには全く気にも留めなかった。
「ああ、ルーカス。いろいろと話したいことはあるのだが、まずは、どうしてここのローブを着ているのか教えてほしい」
「え? あ、これはね」
ルーカスはここの独房に入ったときからの一連の出来事を話した。無論、イールスはルーカスがカクリスのローブを着ていることに不信感を覚えたわけではなく、半分冗談だった。
「ところで、ルーカスはどうしてここにいる?」
「ダン・カクリスの妻、ソフィアに捕まったの。それで、一緒に行動していたみんなも捕まって、お母さんもどこかに……」
「シーナのことなら把握している。これからそこに向かう予定だ」
「私はみんなのところに……」
ルーカスはその場を離れようとしたが、イールスが彼女の肩を掴んだ。
「牢の鍵は、地下にはない。集中管理室という場所にすべての鍵が保管されている」
「……わかった、先にそこに行くわ」
ルーカスは駆け出し、集中管理室を探した。
ユーはすでに独房から出ていた。
「どうしてまだここに?」
「一旦はエザールに戻ったんだけど、また来たんだ。ユーがここに来ているだろうと思って。それに、カクリスのローブを持っていたから入るのも簡単だった。これを着ておけば、ここの生徒になれるからね」
「君であることは、誰にも気付かれなかったの?」
「もちろん。フードを深めに被れば、あまりわからないから」
ユーを独房から出したのは、エザールから彼と同じく派遣されたカクリス魔法学校の元生徒だった。ユーがオリアークの街を歩いているところを見たため、急いでここに来たという。カクリスに来ることは予想できたようだ。
「絶対来ると思ったよ。だから早く来てずっと待っていたんだ」
「ありがとう、キール。それより、早く他のみんなを助けよう」
「他のみんな?」
廊下を走る2人は、地上と地下に続く階段の分岐点に差し掛かった。
「早くここから出よう。エザールに戻れば、またみんなでゆっくり過ごすことができるよ」
「キール、僕たちの使命は、学校に入るだけじゃなかったよね」
「そんなこと言っていたら、手遅れになりかねない。早く行こう」
ユーは地上に戻ろうとするキールの手を振り解き、地下に続く階段を進んだ。
「ユー! やめておけ!」
「……ありがとう、だけど、僕はこっちに行くよ。君もわかるだろう? しないといけないことがあるから」
ユーが振り返らず進んだので、キールも後に続いた。
「……やめておけばいいのに。……ちょっとだけなら手助けするから、用事が済んだら早く帰ろう」
2人は牢の鍵を持ち、薄暗い階段を降りていった。




