18 カクリス魔法学校(二) ①
シーナが使うアープは、ルーカスのものよりも遥かに正確だった。ちょうどカクリス魔法学校の目の前に8人は姿を現した。
「ご苦労様。さて、あなたの処遇は私が好きなように決めるとして、まずはあなたの娘たちを拷問にかけないとね」
「私たちはそのために来たんじゃないから」
ルーカスは噛み付くような目で言い放ったが、ソフィアは不動だった。
「知ってるわ。けど、まずは知っていることを洗いざらい吐いてもらって、これまでの罰として、死ぬかもしれない程度に痛みつけてやるわ。その後も生きていれば、お前たちの好きにすればいい。……ほら、さっさと歩いて」
ソフィアが跪いているシーナを後ろから蹴り上げたが、彼女は動けなかった。こちらに着いてからも膝は溢れ出た血溜まりに浸かり、極度の貧血状態で全身に力が入らず、視界さえ奪われていたのだった。だが、ソフィアはそんなことにはお構いなしに、後ろから蹴り入れている。
「おい、やめろよ」
ベンがフィーレでソフィアを焼こうとしたが、見向きもしないままに時間を巻き戻し、フィーレの炎を見ることすら一瞬に終わってしまった。
「全く歯が立たない……」
ルーカスの呟きはソフィアには聞こえなかっただろうが、ルーカス自身の頭の中で何度も繰り返されていた。
数名の生徒がソフィアに気が付き、校内から出てきた。
「ソフィア様、そちらは?」
「ダランのバカ共よ。まずはこいつを私の部屋に、このチビ共をそれぞれ独房に入れて」
「かしこまりました」
「学校なのに、独房なんてあるの?」と、アオイは目を細めて言った。
「あるよ。ここはカクリスだからね。お前たちの貧弱な学校とは大違いなの」
ソフィアはアオイの顔を見ずにそう言い放つと、シーナを投げるように1人に預け、ルーカスたちは手錠をかけられ目を隠された後、地下へ連れて行かれた。
目隠しが外されたとき、ルーカスは自分が独房に入っていることに気が付いた。他の全員の足音は途中で消えたこと、また、歩いてきた感覚から察するに、彼女は最も奥まで連れてこられたようだ。とはいっても、想像するに、入っている独房は全員同じようなものなのだろう。
見たところ、この狭い独房の外の廊下は、フィーレの炎が続いており、同じフロアには他にいくつか独房が並んでいるようだ。そして、まばらに生徒たちが立っている。
驚くべきことは、ここの監視を生徒が行っているということだ。監視用の職員がいるのではなく、生徒がまるで働いているかのようにそこら中に立っているのだ。
この異様な光景を目の当たりにし、ルーカスは半ば安堵を感じていた。もし自分がカクリスに入学していれば、この胸糞悪く狭い廊下に立ち尽くす必要があったかもしれないからだ。このような綺麗でもない地下で、大した理由もない人々を偉そうに睨みつけるなど御免だった。
「あんた、何をしたんだい?」
突然、隣の独房から老婆の声が聞こえてきた。このタイミングということは、ルーカスに話しかけているのだろうとすぐに判断できた。
「……何もしてないんだけどね。なぜか、捕まったの。あなたは?」
「あたしはね、ここの情報をダランに流していたんだよ。そしたら、ある日突然バレちまった。それで、死ぬまでここに入れられるんだとよ」
老婆は軽々しく笑った。
「……死ぬまでここに? ここにいる人はみんな?」
「そうだよ。少なくとも、このフロアにいる連中は、みんな死ぬまでここだよ」
「ということは、私も?」
「だろうね。悪いことは言わんから、黙ってあいつらに従っておけばいい。そしたら、ちゃんと食べられるし、死ぬことはないさ」
ルーカスは、老婆の独房側の壁に背をつけて座った。
「そうかしらね……。ここに入れられる前、死にそうなほどの拷問を受けて、それでも生きてたら好きにすればいいって言われたんだけど」
「それは知らんわい。そうならそうで、あんた死ぬんじゃないかい?」
軽く言うなよ、とルーカスは内心思ったが、口には出さなかった。
「死ぬかもしれないわね。あなたはここで死ぬのでいいの?」
「あたしはここでいいさ。もうしばらくここにいるから、何とも思わなくなったんだよ。皮肉なものだね」
老婆はまた軽々しく笑った。老婆の開き直り具合に、ルーカスも何だか笑えてきた。
「そうかもしれないわね。慣れたら一緒かもね」と答えると、とうとうルーカスも声を上げて笑ってしまった。
そこに看守の生徒がやってきた。
「ルーカス・ダラン。こっちに」
「おや、あんた、ダランの子かい。いろいろと訳ありなんだろうねえ」
独房の扉が開くと同時に老婆は声をかけてきたが、ルーカスは何も答えずに看守の後ろに続いた。
行き着いた先は、イレージュ村で見たような薄汚い部屋だった。この狭い部屋の中央部分には、テーブルと2つの対面する椅子が置かれていた。いずれも古くから使われているのか、金属部分は錆び付いていた。
「座っておけ」
言われるがままに奥の椅子に腰を下ろすと、すぐに鉄格子の扉は閉められ、おまけに鎖も取り付けられた。
「そこまでするのね」
「簡単な鍵ぐらいじゃ逃げられると聞いているからな」
「逃げたいと思ってしまう環境を作っているのはあなたたちよ」
ルーカスの言葉を聞いて唾を吐くと、この生徒は廊下に消えていった。
数分は経ったのだろうが、しばらくして、ソフィアが現れた。
「ここに来るまで威勢が良かったけど、随分と弱ったものね」
「ええ、お陰様で」
ルーカスはニヤリとして見せたが、不機嫌そうにソフィアは扉を乱暴に開けると、対面する椅子に腰を下ろした。扉は外にいた生徒によって再び厳重に閉じられた。
「何するつもり?」
「まずは、これまでやってきたことについて、弁解を聞こうかな」
「弁解することなんてないわ。第一、あなたたちがこんな世界を作ったんじゃない」
ソフィアはそれを聞いて、テーブルの上に身を乗り出すと、目にも止まらぬスピードでルーカスの頬を平手打ちした。
「弁解があるのか、ないのか」
「……ないわ」
ソフィアは「そう」と言うと、また平手打ちした。鼓膜が破れるかと思うほどに容赦なく打ち付けた。
「私たちはね、お前たちのようなダランの雑魚共と違って、ここ、崇高なるカクリス魔法学校で、世界の安定のために活動しているんだよ。世界皇帝を暗殺するようなバカはいないし、無駄にオームに肩入れするような連中もいない」
「そもそも、どうしてそこまでしてセリウス家に執着するの。ルードビッヒ家が嫌いなわけ?」
「セリウス家は、カクリス魔法学校の前身、リラ第一魔法学校に資金援助をしていた。恩があるってわけさ」
「……それで、お金がもらえなくなったから、ダランにケチをつけているってこと?」
「そんな野暮な考えは私たちにはないよ。むしろ、このような恩あるセリウス家を、ふざけた理由で途絶えさせたお前たちに腹を立てている。お前たちのように、世界にとって何が重要で、何が本質的なのかを理解できない人間が、世界を壊したって言いたいんだよ、この間抜けうさぎが」
「……そうですか、それは失礼しました」
ルーカスは、「間抜けうさぎ」と呼ばれたことに対し腹を立てていた。が、ここで争ったところで勝ち目は皆無だということを認識していたので、それ以上何も言わなかった。
「面白くないね。ダランの娘であっても、この程度の人間だとは思わなかった。実に面白くない」
ソフィアは立ち上がり、部屋を出ていった。
「この娘は処刑でいいわ。処刑は明日の朝、本校舎前で行う。こういう人間がどうなるかを、世間に見せつけてやるわ。明日のその時刻までは、こいつを好きにすればいい。あんたたちで遊んでおきな」
ソフィアはそう言い放つと、部屋の前で扉の開閉をしていた生徒が、ニヤつきながら部屋に入ってきた。
「いいの? この人、死ぬけど」
歩いて行こうとするソフィアにルーカスは言った。しかし、ソフィアが「あんたたち、って言ったの聞こえてた?」とだけ答え見えなくなると、どこからともなく数名の生徒たちが現れた。
「数が増えても意味ないんだけどね」
ルーカスはそう呟くと、入ってきた生徒たちを1人残らず気絶させていった。




