17 カクリス魔法学校(一) ③
馬車は止まることを知らず、ルーカスたちが話し込んでいる間も常に走っていた。ユーがルーカスたちとカクリスの板挟みになっていたことは理解した彼女らであったが、それだけで彼を仲間として歓迎できるはずもなく、むしろ敵を見るような目で彼の動きを警戒することとなった。
「ようやくシーナの言っていたことがわかった」
ルーカスは隣のアオイに耳打ちした。他の4人は黙ったまま外を眺めていたが、馬車の走る騒音で、彼女の声は誰にも聞こえていないようだった。
「どうして世界皇帝御陵と世界皇帝御所に私たちを行かせたか。私たちの何がわかると思っていたのか」
アオイは顔を向けず、小さく頷いて聞こえていることを示した。
「シーナも、具体的にユーの何かを知っているわけじゃなかった。だけど、シーナは現代魔法研究所指導官。なんらかの交渉がカクリスで行われていて、その結果が出たことも把握していた。シーナは実際にユーとカクリスの間でどのような交渉が行われたのかは知らなかったと思うけど、ユーがその交渉人だったこと、彼の仲間が絡んでいることは知っていたはず。そこで、道中自然とその話が出るように、私たちに世界皇帝御陵と御所に行くように仕向けた。突然ユーの故郷の話を持ち出すことは不自然すぎるからね」
ルーカスは唾を飲み込んだ。
具体的にシーナが知らなかったことは事実だろう。もし、この話のすべてを正確に把握していれば、きっとユーと距離を置くように直接伝えてくるはずだ。だが、そうしなかったということは、シーナの中にも不確かなことがあって、それを不確かなままにしておくことで、ルーカス自身にすべてを確認させることとしたのだろう。
直接ユーのことを名前に挙げなかったのも、シーナらしい。不確かなことは不確かなままにするし、確かなことは確かにするのが彼女だ。
「お母さんも詳しくは知らなかったけど、私たちがこの事実を知ってどうすべきか自分たちで判断すると思ったし、判断できると思った。だから、あえて遠回りなことをさせて、真実を探るように仕向けたの。そういう考えなんだろうとわかるし、もし私がお母さんの立場だったら、同じようにすると思う」
「ルウのお母さんは優しいけど、最終的な判断は自分でするように促すタイプだったよね。……話はわかった。それで、これからどうする? 彼とまだ行動を共にする?」
アオイもかなり声を殺して話した。彼女の声もまた、ルーカスにしか届かなかったのだろう、誰も反応する者はいなかった。
陽が沈み外が真っ暗になってきたからか、ソフィア・カクリスは客車内中央部にぶら下がる紐を引っ張り、車内を明るくした。車輪から電力を得ているのだろうが、弱々しい光がそれぞれの顔を照らし出した。小刻みに揺らぐ灯りは、心の安らぎを求めるには心許なかった。
「……あとどれぐらいで着きますか?」
ルーカスはソフィアを見て声を出した。
「途中どこかで馬を休ませて、明日の昼にはカクリスに着くだろうね。急にどうしたんだい、うさぎちゃん」
「そうですか、お婆さん」
ルーカスは「うさぎちゃん」と呼ばれたことに腹を立てた。イザベルと同じタイプにここで出会ってしまうとは、彼女にとって不覚だった。しかし、反対に、「お婆さん」と呼ばれたことに対して、ソフィアは腹を立てているように見えた。
「警戒しなくていい。カクリスに着くまで、私は何も手を出したりしない」
ルーカスが自身を睨みつけていることに気が付き、ソフィアは弁解するように付言した。だが、ルーカスは、そこではなく呼称に対して睨みつけていたのだった。
「ユー、これからどうしたいの? 私たちと一緒にいたい? それとも、カクリスと仲良くしたい? ……カクリスがあなたをどのような形で受け入れるのか、そもそも受け入れてくれるのかは知らないけど」
「……できることなら、みんなと一緒にいたい」
気を取り直してユーに話しかけたルーカスに対し、まるで鼻につくような答えだった。
「この状況で、みんなが受け入れてくれると思う?」
ルーカスはそう言いながら、アオイ、エマ、ベンと視線を交わし合い、視線をユーに戻した。
「難しいと思う」
「そうよね。だって、正直なところ、全く信用がないもの。仲間として最低でも必要な信頼関係が、ついさっき、崩れ落ちたの」
ルーカスは視線をベンに移し、彼に続くよう促した。
「ああ、ルーカスの言っていることは確かだ。俺だって、お前のことをもう信用していない。ともすれば、横を歩くなんて、もってのほかだ」
ベンは冷静な口調になっていた。とうとう困惑の状況が過ぎ去ったのだろう。
「ごめんだけど、私ももう信じていない。ルウが信じられない人のことを、信じることができない」
アオイが珍しく素っ気ない様子だ。
「だって。そして、もちろん、私もあなたのことを信用できないでいる。意味はわかるわよね?」
ユーは黙ったまま頷いた。
エマとソフィアは黙ったままだった。エマはともかく、ソフィアは、ルーカスたちがどういった対応をするかを見ておきたかったのだろう。そして、想定どおりか不明だが、彼女らはユーに手を差し伸べるのを躊躇う結果となっていた。
「昨日まで仲間だと思っていた人物が、実は自分たちを敵に売っていた、という事案の結末はこれかね。非常に面白くて、つまらない」
ソフィアの目は笑っていなかった。結末が想定と同じすぎてつまらないと言ったのだろう。だが、それに忖度する謂れもない。




